140 戦車の洗車 1

年明けの2日目。
相変わらずクソ寒い朝が訪れた。
確か今日からスタバがオープンしてたっけ?では、さっそくMap信者でドヤラーの俺が活動を始めますよ、っと。いつものように机の上に置いてあるMBAを手にとって異次元空間へと放り込んだ、その時だった。
『姫ぇ!!!』
ボリューム最大限で一瞬だけ、俺の脳に電脳通信が届いた。その衝撃で俺はキミカ部屋(異次元空間)から抜けた時にそのまま膝を床についてパタリと倒れてしまったのだ。
「き、キミカちゃぁぁぁぁん!!」
まだ寝起きだったマコトが完全に意識をはっきりとさせてしまう事態になってしまった。揺り起こしてくれるも、俺は息絶え絶えで、
「あとは、おねがい…」
と意味不明な事を言って後、
「がくっ」
と言い、そのままぐったりと身体の力を抜いた。
「キミカちゃん!一体何が…何が起きたっていうんだよォォ!!」
「頭の中に凄まじい声が響いたの」
「誰なの?」
「姫ェ!って叫ばれた気がする。キミカ部屋に入った時だよ」
「キミカ部屋の中から…声ェ?!」
「意味がわからないよ。あたしは誰かを閉じ込めたままにしてたんだっけ?そもそも普通の人間がキミカ部屋の中で生存できるのかな?」
「えぇ〜っと…キミカちゃん…」
ん?
なんかマコトは既に何かわかった風にしてるぞ?
「な、なに?」
「それはきっと…キミカちゃんが所持してるあの戦車の声じゃないのかな?多脚戦車タイプのドロイドだよ。キャラクターボイスは有名な声優さんじゃなかったけ?えーっと…かなえみか、とかかなわないみかとかそんな感じの」
「あぁ〜…タチコマかぁ」
俺の事を姫だのキミカ嬢だの言うのはタチコマ以外ではありえないからなぁ。そういえば戦闘とかでしか外に出してあげてないから、たまには散歩にでも連れてって欲しいのかな?
「ったく、しょうがないなぁもう…」
俺は頭をボリボリ掻き毟りながら2階の窓から外へとでた。そして、
「さぁッ…むぅ…」
と言いながら、屋根を伝いに庭のほうへと歩いて行く。
「き、キミカちゃん、さすがにタンクトップとショートパンツだけじゃ寒いんじゃないの」と優しいマコトは俺のところへとコートを届けてくれる。パジャマ姿の上にコートを羽織るマコト。
「ヘッ…っくちッ!」
くしゃみをする俺。
その後ろからマコトがコートを着せながら、
「くしゃみも可愛いよォ!!」
などと言ってる。
「んじゃ、このへんでいいかな…口寄せの術!」
俺の目の前の空間が歪んでねじれながら、タチコマが俺が今いる次元へと転送されてくる。庭の上にはにぃぁがひなたぼっこをしていたのだが、その上空に巨大な戦車が降り立つ。
あわててにぃぁがダッシュで逃げる。
(ズゥン…)
住宅地の中に突如現れる戦車。
向かい側の家で洗濯物を干していたおばちゃんが慌ててケータイで警察に電話している。さっさと用事を終わらせないとまた俺の家の前にケーサツや軍が押し寄せて戦争が起きてしまうぞ。
「なんだよォ、タチコマ。用事があるなら早く済ませて」
「早く済ませてじゃないよォォォ!!!」
その図体に似合わない声で手(ガトリング砲)を振り回す。
と、その時だ。
ぶわッと埃と据えた臭いが周囲に沸き立つ。
「うッ…クッ…セェ…」
俺は思わず口を塞いだ。
マコトもコートで口を覆って、
「どうなってるのコレ…」と言ってる。
タチコマは腕を振り回しながら、
「ずっと洗ってないからこんな事になるのはわかってるはずじゃないかァァ!!たまにはボクを洗ってよォォォォォォ!!!」
「あーはいはい。で、用事はなんなの?」
(ズゥン…)
タチコマ吉本新喜劇ばりにズッこける。戦車がズッこける。もう隣の家の塀まで思いっきりぶち壊している。隣の家のジジイはボケてるから気付かないからまだ大丈夫だけど、隣の隣の家のジジイはそういう事に敏感だからすぐに警察に通報するぞ!!ヤバいってばタチコマァ!
「え?…エェェェェェ?!」
と、起き上がってから腕を振り回しながら俺に向かって言うタチコマ
「な、なんだよォ…」
「『なんだよォ…』…じゃないよォォ!!今の話の流れでわからなかったの?!コミュ障なの?!アスペなの?!」
「え?洗車しろってこと?」
「そうだよォ!!」
「洗車って言われても、あたしは車持ってないからやったことないよ」
「やったことなくても、今は車持ってるんだからやらなきゃダメなの!」
車に洗車しろって言われたこともないわ。
っていうか車っていうより戦車じゃん。
タチコマはやたら自分の身体が汚れてる事を気にしているらしく、足を伸ばしたり手(ガトリング砲)を上げたりして、「ホラァ!洗わないからこんなところにまで埃が溜まってるよ!っていうかキミカ姫が土の中に召喚するから泥だらけになってるじゃないかァ!!」などと言う。
そう言いながら足をあげた時だった。
(チューチューチュー)
なんだか嫌な声…っていうか嫌な音がタチコマの身体の隙間からしてくる。それから、ガサガサという音と共に、不自然にもキャラメルコーンの袋が動いているのだ。タチコマの足の上を。
「うわぁ…それ…きっとキミカちゃんが2ヶ月前に食べてたキャラメルコーンだよ…」とマコトが言う。
「え?そうだっけ?まさかぁ…もう、マコトは冗談が旨いんだから」
と俺はマコトの肩をぐいと叩く。
「…」
タチコマは固まっていた。
「わ、わかったよわかった!そんな目でみないでよ!わかった!洗うよ!洗えばいいんでしょ?!」
このクソ寒いなか、俺は洗車を戦車しなければならなくなった。いや、戦車を洗車しなければならなくなったのだった。