139 白子のコミケ 8

俺とマコトは今日の任務を終えた。
だからさっさと家に帰りたかった。
コミケで買えるであろうアニメグッズの大半には興味がなかったし、コミケ限定モノにも大した価値が見いだせなかったからだ。
「ケイスケェ…任務終わったよ。帰ろうよ」
と、ケイスケに言うが、ケイスケは『こいつ頭イカれてるんじゃないのか?』という表情で俺に向かって、
「こいつ頭イカれてるんじゃないかぉ?!」
と言った。いや、そのまんまだった。
「任務終わったから用事はないじゃん?」
「いやいやいやいやいや、コミケスタート前に来て用事がないとかありえないですぉぉ!!」と俺の肩を両手でガシッと掴んで揺らした。相変わらず俺の軽い身体はケイスケに掴まれる事でガタガタと揺れまくる。
髪型が乱れるぐらいに揺らしまくった後、俺はフラフラになってブースの机にもたれかかると、「じゃあいつになったら終わるのォ?」と言う。
「まだ始まってもいないですぉォ!!」
目を血走らせながら言うケイスケ。
「んじゃ、終わるまでどうしてりゃいいのさァ…」
「そこら辺を走り回っておけばいいじゃないですかニィィ!!!」
おいおい、俺は犬か何かかよ。
ケイスケは俺と話してる時間が勿体無いという仕草で腕時計を見る。しかし腕時計は腕にはない。ケイスケはケータイで時間を確認する派なのだ。それでも腕時計を見る仕草のまま、
「うわぁぁぁ!!武器屋のコミケ限定フィギュアがまだ買えてないにぃ!!」
と再びコミケスタッフが慌ただしく働く中へと消えていった。
ぽつんと俺とマコトはフロアに取り残される。
「どうしよう、キミカちゃん」
「ぬぅぅ…」
俺はだんだんイライラがマックスになりつつあった。
結局、俺達ドロイドバスターはコミケに呼ばれたけれども俺達が居なければならないような事態にはならなかった。それはそれで総合的に見てよかったのだと第三者は言うのだろう…しかし、俺達にとってそれは「来て!…あ、せっかく来てもらったけど、やっぱいいわ。お金も払わないよ。だってお前何もしてないじゃん?」的な事態。
もうブチキレ寸前の事態。
「なんかめっちゃムカついてきたんだけどォ…」
「ぼ、ボクもだよ…」
これもあれもテロリスト野郎のせい以外の何物でもない。そもそも論で言うのならテロリスト野郎の周囲の奴等にも責任がある。白子だか黒子だか知らんけど、そんな同人誌がなければこんなことにはなかったのだし、コミケがなければ俺達が年末のこの時期に呼ばれることなんてなかった。
もうなんか、めちゃくちゃにして帰らないと気がすまない。
「フヒ…フヒヒィ…」
「き、キミカちゃん…(キミカちゃんがゲス顔で笑っている時はとてもダークな事を考えている時なんだ…フォースの暗黒面に堕ちている…)」
「いいこと考えちゃったァん!」
「な、何をする気なんだよキミカちゃん!」
そろそろコミケは開催する時間となる。
毎年Vipper板などを見る限りは、コミケには必ず行列が出来るブースがいくつか存在する。それはコミケ開催待の行列と比べ物にならないぐらいに長い長い列だ。とても人気なのでそれらのブースでは在庫を沢山用意するのだ。
その行列は時として会場前の広場を通りすぎて街路を通りすぎて駅まで伸びることもあるのだ。いや、ほぼ確実に伸びる。
「ぜんは急げ!!」
俺はダッシュコミケスタッフの備品が収められている倉庫へと向かった。実はさっき廊下でそれらしきものを見かけていたのだ。
100メートルぐらい走ってから、倉庫へと辿り着くやいなや、さっそくプラカードを2、3枚拝借する。
「キミカちゃん、これで何をするの?」
「フヒヒィ…」
準備は出来た。
会場を出て空へと飛び上がる俺とマコト。
「やっぱりね!ほら、コミケの列が企業ブースの列へと変貌しつつあるよ」
「ほんとだ…あの一番長い奴はなんだろ?」
「なのは列だね!その隣はまどマギ列かなぁ」
「どうするの…まさか…いや、そんなことは…」
「ふふふ…」
会場の外まで伸びているなのは列の延長線上に降り立つと、
「大変長い列のため、2列に分けまーす!」
と言って俺はプラカードを出した。
プラカードをには『なのは列』という文字と魔法少女の萌え絵。
途中から列は分断され俺のほうへとついてくる…いいぞォ…いいぞォ…ついてこいィ…お前達がついていく先を、商店街の中にある行列へと続ける。
「あら、別の行列?」
気づいたか。
俺はなのは列の途中を別の行列へとくっつけた。
早速その場で空へと飛び上がって、こんどはまどマギ列へ向かう。
商店街の中からは歓声があがる。
まさかコスプレと思っていたのが本物のキミカだったから。
「キミカちゃん、どこへ接続したの?」
「ラーメン一郎の行列」
「!!!」
「(ゲス顔)」
「キミカちゃん…君って人はァ!!犯罪レベルだよォ!!」
「さてと、もうひとつの長い奴はどこへ接続しようかな?」
…。
小一時間掛けて、まどマギ列を途中で分断しMappleStore年末在庫処分市へと接続した。
その後、様々な列をコミケ仮設トイレの行列へと接続を試みたが、何度かやっていると頭の良い奴はそれに気づくらしく、元の行列に戻るようになった。
そろそろ飽きた。
ケイスケも十分買い物を終わらせたはず…。
俺達は元いた場所へと戻った。
「ケイスケェ、終わったぁ?」
コミケ開始から2時間ぐらい経過したが、ケイスケは既に体力の限界を迎えていた。まるでフルマラソンを走った後の芸能人みたいな真っ青な顔をしてぜぇぜぇと息を切らしている。
「お、終わったぉ…萌えつけたにゃん…真っ白に…」
「はいはい」
さて、帰りますかァ。
「ミサカさん、ヘリで山口まで送ってくれるんだよね?」
俺がミサカさんの元へと行き、そう聞くとミサカさんは予想外に真っ青な顔をしているのだ。仕事が終わったあとなのに縁起でもない。腹でも空いているのかな?何かノートPCを見ながら真っ青になってるっぽいけど…。
「キミカちゃん…大変な事になってるわよ…」
「は?」
震える手でノートPCを俺に見せるのでディスプレイもガタガタ震えてよく見えない。仕方ないので俺が手でディスプレイを掴み、震えを抑えてみる。
以下、ディスプレイに記述された内容。
<【速報】なのは完売。途中でドロイドバスター・キミカがコミケスタッフに扮して列を分断、ラーメン一郎の列へと接続した為、なのはファンがブチ切れ。コミケ運営局宛にキミカ殺害予告が大量に届くwwwww>
<キミカやらかしたなwwww>
<クッソワロタwwww>
<おい、買えなかったのなんとかしてくれんだよなおい?>
<ワロチンコwwww>
<何やってんだよwww暇なのかwwww>
これはひどい
<(俺がコミケスタッフに扮してプラカードを出している写真)>
<怪しいと思ってたよwwww>
<俺がラーメン一郎の列に並んでたら後ろにアニメのパンフレット持ったヲタが来てて店の中まで入ってそこで初めて気づいてブチ切れてたなwww>
<もっと前に気づけっていうw>
<MappleStore前にも列が出来てなかった?>
<MappleStoreに行こうとしてた客が列を伝って行ったらコミケ会場に辿り着いたとか、Map板で発狂してた奴がいたな>
…。
俺はディスプレイが震えないように手で持っていたのに、俺の手はどんどん震え始め、もうまともに字が見えない状態になってしまった。
「キミカちゃん、電話が鳴り止まないわ…あなたを殺すとかいう電話がさっきからコミケ運営事務局の回線を埋め尽くしてるわ!!」
「ひぃぃぃぃ!!!」
俺は耳と目を塞ぎ、口を噤んで、そのまま空へと飛び立った。
ひたすら、逃げた。
遠くまで、遠くまで。