139 白子のコミケ 7

コミケ会場にスタッフ用の小さな休憩室がある。
その一つを貸しきって取調室としてもらった。
さっきぶっ倒れたメガネのデブな売り子さんが意識を取り戻してから、その取調室に入れ、対面にはミサカさん、脇には俺とマコトがいる、という構図で話を進める事になった。
いわゆる自白。カマカケ。
日本の警察では古くからカマカケと自白が愛用されてきた。
警察が捜査力に力を注ぐのは時間もコストも掛かるため、デフレ時に企業がとるような『とにかく質の悪いものを安く売る』戦略と同じく、多少の冤罪は起こったとしても検挙件数は上げれる。
「正直に言ったほうがいいわよぉ?」
ミサカさんは余裕の表情で言う。
「私ではありません…」
俯いているデブメガネの売り子。
「さっきキミカちゃんが言ったこと、冗談だと思ってるの?あぁ、言ってなかったわねぇ…。今のご時世、この日本ではテロに対しては結構厳しくなってるの。『テロをします』って言うだけでも場合によっては死刑にできるのよ?やってないから大丈夫じゃんって思うかも知れないけどねぇ…警察に掛かる負担が大きくなるの。それはつまり『本当にテロが起きるケース』を未然に防げたはずなのに、それを邪魔することになるのよ…つまりテロ幇助の罪」
「しょ、証拠はないじゃないですかぁ!」
「証拠はあるのよ。ヘマをしたわね?」
「!?」
今思いっきり顔が歪むぐらいに反応したな。
こりゃ、この人が犯人だ。
「実は証拠は既に出てたんだけど、わざわざ逮捕しなかった」
「な、なんの証拠があるんですか…。逮捕出来てないってことは証拠なんて、見つかってないんじゃないですか?」
「私はどう見える?どう見えた?会ってからの第一印象は?」
「はぁ?まぁ…忙しそうな人だなって…」
「そう。忙しいのよ!!」
迫力をつけるためにミサカさんは机をダンッ!と叩いた。
それから話を続ける。
コミケみたいなオタクの集まりをテロしますだとか、そんな事に構ってられるほど暇じゃないのよ!!カップリングが気に入らないからって脅迫状出すような奴に構ってるほど暇じゃないのよ!!証拠があるからってそれで捕まえて、ちょっと刑務所に入ってれば罪が償えると思ってる。それで出所してまた犯罪を犯すの、アンタのような人間はね!!…警察は捕まえるのが仕事よ。でもね、そういうバカが刑務所を入っては出て入っては出ていたらいっこうに仕事が減らない…で、上にお願いして、法律をちょっと変えていただいて。確実な証拠が揃っていて、やらかすであろうテロの規模が大きいと判断された場合はテロをたとえ実施していなくとも、その場で死刑に出来る」
売り子のメガネのデブ女は目を見開いてミサカさんを見つめている。
蛇に睨めれたカエル状態。
ミサカさんはさらに追い打ちを掛ける。
「さっき、キミカちゃんが同人誌を真っ黒な空間の中に吸い込んだでしょ?あれはね、マイクロブラックホールって言って、最新の軍事技術なのよ。空間の中になんでも吸い込めるけど、アレがどこに繋がっているか誰にもわからない。ひょっとしたらこの地球上のどこかかもしれないし、宇宙のどこかかもしれないし、そのどこでもないかもしれない…同じ『死ぬ』でも、そういう死に方したくないわよねぇ?それに…もしかしたら…死ねないかもしれないわね。だって、マイクロブラックホールの先がどういう事になってるのか、誰にもわからないんだもの。ひょっとしたら永遠に続く苦痛が待っているのかもしれない…」
とうとう泣きだしてしまうメガネのデブ女。
「で、ここで、温情処置。あなたが自分がやりました、って言えば…死刑も無し。さぁ。どうするの?」
震えながらメガネのデブ女は、
「わたしが、やりました…」
と言った。
ミサカさんは勝ち誇った顔をする。
「やりました、だけじゃダメでしょ。何をやろうとしてたのか、ちゃんと言いなさい。温情処置は警察による強制自白じゃ無効になるの」
そこで俺が介入する。
「もう茶番はいいよ。さっきミサカさんが言ったとおりだよ。こういう輩は刑務所をすぐに出てきてまたやらかす。また人に迷惑掛けるんだからここで始末しておくのが世の為人の為になる。温情処置とかはもういらない。あたしがここで『処置』する」
俺は手のひらにマイクロブラックホールを創りだす。
「早く言いなさい!!何をやろうとしてたの?」
それから早口で聞き取れなかったが、メガネのデブ女の売り子野郎は白子のバスケ同人誌の間に薄いプラスティックボムを仕掛けた、と自白した。指を吹き飛ばす程度なら出来るぐらいの爆発力がある爆弾だ。
ミサカさんが部下に調べさせると、確かに本の表紙がすこし厚くなっており、中には爆弾が仕掛けられていた。
まるでのりづけが失敗したかのようにページが捲れない箇所(ホモシーン)があるので、それを無理に捲ろうとすると爆発する仕掛けだ。
かくして…無事、犯人は逮捕された。
動機はやっぱりカップリングが気に入らないから、だった。自分が気に入らないカップリングをしている絵師がいるので脅迫などをやってたが、いっこうに絵を描き続けるので(そりゃ当然だけれど)脅迫もどんどんエスカレートしたそうだ。で、最後は無関係な人まで巻き込むコミケ・テロへと発展した。
だが、本人曰く『無関係』ではないらしい…。
自分が気に入らないカップリングを描く絵師の絵を買うのだから、それは自分が気に入らない人間である、という理屈らしい。
「さっきの話って本当なの?」
ミサカさんに聞く。
「ん?」
「ほら、証拠さえ揃ってて、やるであろうテロの規模が大きい場合は、その場で死刑に出来るっていう…」
「ん?あれは嘘よ。気迫に押されてマジだと思った?」
う…嘘だったのかよ…。