132 孤高のヒーロー 12

俺の意見を聞いて、スカーレットは決して笑いも困りもしなかった。
あれだけ俺をぼっちだと罵ってたくせに。
でも、あれは本気じゃなかったんだろう。スカーレットの持つ『平凡』のテンプレートから逸脱している俺を避難するのには『ぼっち』が一番有用な攻撃材料だっただけだろう。
「私もアンタも同じね」
と言ったのだ。
「スカーレットも孤独なの?」
「私は孤独や自由について言及したことはなかったわ。ただ、今の社会の仕組みが『おかしい』っていう事だけを考えてた。結局、それはキミカ、アンタと同じ道だったってことよ」
「?」
「集団の中にはルールがある。常識がある。空気がある。それに従わないものは集団から蹴り落とされる。でもね、それらのルールや常識…空気、それは本当に正しいものなのか、誰がそれを証明できるの?昔に決められたルールだから今は状況が変わって有効じゃないかもしれない、昔はそれでよかった常識が今では別の常識があるかもしれない、誰かが利益を得るためにルールや常識や空気を流して、守らない奴は集団からハブられるように仕組んでいるのかもしれない」
「そこまで…考えたことはなかった」
「アンタはまだまだ子供ね。でも、これから考えることになる。アンタはもう、その下準備を済ませているから。私も、アンタと同じく、いつの間にか下準備を済ませていて、ソレを考えることになった。集団から逸脱したものだけ、集団の意識から逸脱することを許され、改めて合理的・客観的に問題に対して前向きに思考することが許される」
問題って?
「何の話をしてるの?」
「資本主義について」
はぁ?
「銀行強盗をすることが資本主義とどう関係あるの?」
スカーレットはドヤ顔でフンッと鼻息を吐くと、
「ま、アンタがまだまだ小娘だから親切丁寧に教えてあげるわ」
と言った。
Powerpointのスライドショーで教えてよ」
「そんなものはないわ。…そうね、身近な人を使って物語を造りましょう」
「身近な人って…」
「アンタの友達のメイリンと、あの金髪ツインテールの…」
「コーネリア?」
「そう、その二人。そしてアンタだけがこの世界に存在すると考えて」
「う、うん…考えた」
「コーネリアが1000円、メイリンが1000円、アンタが1000円持っていたとしましょう。最初はアンタ達はアンタ達それぞれが生活の手段を持っていたから、1000円には手をつけなかったわ。でもある時、コーネリアがaiPhoneを開発したとするわ。アンタならどうする?」
「そりゃぁ…奪いとるね」
「だからぁ…資本主義の話だって。コーネリアがそれを1000円で売ってくれると言ってきた。アンタはそれを買うでしょ?」
「うん。もちろん買うね」
「で、コーネリアは2000円、アンタは0円、そしてメイリンは1000円。まぁ話を簡単にするためにaiPadも造ったとするわ。メイリンはそれを買って、ここでコーネリアは3000円、メイリンとアンタは0円の所持金」
「それでも生活には困らないんでしょ?」
「そうね。今のところは」
「ただ…aiPadが無いのはちょっとなぁ…」
「aiPadも欲しいとする。で、アンタは食べ物を売ってお金を得ようとする」
「ふむふむ…」
「アンタの家にしかない珍しい食べ物だからと、コーネリアはそれを1000円で買ってくれる。土地ごと買ってくれる」
「えぇ?土地もォ?!」
「そう。土地も。アンタが血迷って土地まで売ったとするわ」
「そんなことするわけないじゃん…」
「あくまで架空の物語よ。血迷って土地まで売ったアンタは代わりにaiPadを手に入れた。メイリンも馬鹿だから何か馬鹿らしいものが欲しくて土地を売ったとするわ。で、世界の富をコーネリアが手に入れた…もうこの頃になるとコーネリアは働くのがバカバカしくなって今まではアンタ達から食べ物を買ってた。アンタ達はどうなったかっていうと…野垂れ死んだわ」
「許せないな…コーネリア…」
「でもそのコーネリアに天罰が当たるわ。アンタ達から富を奪って、そして自らは食べ物をつくる事もやめた。アンタ達が既に存在しないから、お金は沢山あるのに、それを使うところがなくなってしまった」
「あ…あぁ…そうなるのか」
「これが資本主義よ」
「え?」
「資本主義の最終ステップ。資本主義の終焉」
「でも実際は…」
「そう、実際はもっと複雑だから私がわかりやすくしてあげただけ。世界の登場人物もたったの3人にしたし。お金だってトータルで3000円だけにした。登場する物だってaiPhoneとaiPadと食べ物と土地だけにした。現実はさらに複雑なのよ。それでいて巨大で、そう簡単には動かせない。今の物語には3人しか登場人物が居ないから、3人がルールを作ればなんとかなるような気がするけどね、実際はウン十億人いるんだから。ルールなんてあってないようなモノ…。資本主義はね…人が創ったシステムだけど、もう人では制御できないのよ。もうその時点で『神』以外の何者でもないのよ」
「…」
「でも、1つだけ、この物語にはみんなが助かる方法があるのよ」
「まさか…」
「幼稚園児でもわかる。そう、アンタとメイリンがコーネリアからお金を奪えばいい。お金はね、1つの場所にずっと留まっているとダメになるのよ。人の世界は、お金が1つの場所に留まることでダメになってしまうの」
どこかで雷が鳴った。
ピリピリとした空気が雨に混じって伝わってくる。
スカーレットは銀行を見つめていた。
銀行。
お金が1つに集まるところ。
お金を使ってお金を産み出すところ。
資本主義の終焉があるところ…。
「ドロイドバスター・キミカ。自分のアタマで考えなさい。今までのアンタはきっとこう考えている…『資本主義だとか政治だとか法律だとか、そんなものはどこかのエライ人が考えてくれる』って。どこかのエライ人が考えた結果が今の世界なの。どこかのエライ人達にとって有利になるように考えられた世界が今の世界なのよ。アンタは自分の考えを持たない『柵の中の羊たち』じゃない。与えられた平和を享受して、柵の外の連中がどうなろうか知ったことではないと思っている羊たちじゃぁ…ないわ。人は考える動物なのよ」
スカーレットの揶揄はどう考えても今の世界を指し示していた。
一部の人間に集まる富。
多くの人がドロイドやアンドロイドに仕事を奪われている、いや、それは別にいいんだ。ベーシック・インカム制度のある日本では国から金が貰えるから。でも日本人以外はどうなんだ?
『そんなの知るかよ』か?
『何偽善者気取ってるんだよ』か?
俺はテロが全て、前の大戦の恨みによるものだと思ってた。
本当は違うんじゃないのか?
資本主義の欠陥が人を殺してるのが『戦争』であり『テロ』じゃないのか?
それを無視してテロと戦う…テロから人を守る…?
わからない。
わからなくなった…。
俺は本当に何のために戦っていたんだろう。
スカーレットの部下の中国人は、何のために銀行を襲ってたんだろうか。
『悪意』で銀行を襲っていたのか?…命と引き替えに金を手に入れなければならない、それほど逼迫した状況なんじゃないのか?
スカーレットは最後に、俺にこう言った。
「マコトが言うとおりアンタは一匹狼よ。世界を変えてしまうほどの力を持っている狼。だからと言って私はアンタに重荷を背負わせるような事はしない。好きにしなさい。自由が好きな狼だからね…。そんな自由好きのアンタにアドバイスを1つだけしてあげるわ。…『自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の頭で考えて、自分の声で言いなさい』。『考えること』が自由への第一歩よ」
スカーレットはそう言って、俺の前で変身を解き、蓮宝議員の姿でビルの屋上非常口から消えていった。