129 21グラム 2

俺は生唾を飲み込んでいた。
それは女の子の部屋に招待されて今にもセックスをするような雰囲気になっていたからではない。何かとんでもない事実を知りそうな、そんなギリギリの境界線に立たされている事が肌でわかるからだ。
もし俺が『普通の人間』であったのなら21グラムもアカーシャクロニクルもキリカの中二病臭いセリフも全部「ケッ」と一笑して跳ねのける事ができただろう。しかし、俺は間違いなくアカーシャクロニクルの一変に触れているのだ。
それはコーネリアが会ったことも見たこともない『誰か』を幽霊からの参考情報だけで検索して、その誰かが見ている景色を写真に写した時だとか。キリカがバレーのルールを書き換えて下着一枚をユニフォームにしたりとか…。
キリカは静かに話し出した。
「私ね、小さい頃、自分の見ているものはシュミレーターが創りだした幻覚に過ぎないんじゃないかって本気で思ってたの」
あぁ…俺は本気では思ってなかったにしても、実際に量子コンピューターが創りだした完全な世界シュミレーターが登場して、それからネットゲームが飛躍的に仮想空間として進化してから。
もしかしたら…
『この世界も誰かが創りだしたシュミレーターじゃないか?』
って。
キリカは続ける。
「私が発した声は空気を震わせて相手の耳に届き、鼓膜を震わせて、脳に言葉として変換されて届く。それはキーボードに入力した文字がゼロとイチの羅列に変換されて交換器を幾重も通過してどこかにいる誰かの画面に表示されることと似てる。何かに触れればその圧力が肌を伝って神経から小さな電圧を送受信して脳に『そこに物資具が存在する』と認識させる。仮想空間で何かに触れれば、その情報が交換器を幾重も通過して電脳ユニットに伝わって、圧力に変換して脳に『仮想空間で物質に触れている』と教えるのに似ている」
「それは確かに…似てるけど、この宇宙空間にある地球という惑星で育ってきた人達が仮想空間を造ったのなら、そこが自分達が住む環境と酷似しているのは必然じゃないかな」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
なんという無意味な会話だ…。
続けてキリカは言う。
「全ての物理法則は限りなくコンピューターで弾きだされた法則と酷似している。法則によって導き出される現実。法則によって導き出される未来。法則によって読み取れる人の心…。アカーシャクロニクルの能力を手に入れて、私はこの世界がアカーシャクロニクルが創りだしたものではないかと考えるようになった」
「確かに、ドロイドバスターの能力って物理法則を無視してるから、この世界を創りだしたって嘘とは言い切れないな」
「時空を創りだし、エネルギーを無から生み出して、エネルギーを物質に変換し、そしてそれらをアカーシャクロニクルと連結させた。それらの力は全て、ドロイドバスターの能力に帰結している」
「仮にそうだとして、アカーシャクロニクルって奴はどうしてそうしようと思ったのかな?」
「わからない。アカーシャクロニクルって『奴』と呼ぶべきなのかもわからない。ドロイドバスターの能力はアカーシャクロニクルの力を呼び出して使っているから、人の定義でいうところの人格のようなものを持った何かじゃなくて、クライアント・サーバコンピューティングシステムの中でのサーバのようなものっていう気がする」
つ、つまり、俺達はクライアント・アプリケーションっていう事か。クラウド化がいわゆるアカーシャクロニクル・ライブラリで…代理計算がサーバのバッチ処理を動かすようなもので…重力やら次元を創りだすのはサーバにある仮想空間をコントロールするクラス内にあるメソッド群をコールしてるって事になって、うわぁぁぁぁあ…。
「(白目)」
「…」
「じゃアカーシャクロニクルを造った奴はどういう理由で…」
「それを考えるとキリがない。というより、理由という概念はないのかもしれない。私達が生きているのは死にたくないとか生きているのが楽しいという『理由』をアカーシャクロニクルが創り出して私達の脳に機能としてもたせているだけであって、本来、生きている事になんら意味はないのかもしれない」
「そ、そんなこと言ったら人生つまんないじゃん?」
「うん…私もそう思う。何かに意味をみいだそうとする事自体が『神への冒涜』なのかもしれない」
神への冒涜…ねぇ…。
アカーシャクロニクルが神様?
サーバを神様って呼ぶのか?
もっと人格を持った何かをイメージしてたけど…いや、それ自体が勝手な思い込み・決め付けなのかもしれない。確かに神様がこの世に居いたらこんな残酷な事は起きないだろうって事が起きるからなぁ。
ちなみに、俺がネットゲーム内で沢山のキャラが死にまくったら画面の前で大笑いするから神様も大笑いしてるのかもしれない。っていうか自分のキャラがその中で死んでも大笑いしてるからな、神様も自分がコントロールするアバターが死んで「クッソwwww死んだwwwワロエナイwwっ」とか言ってるかもしれない。
まてよ…死んだら21グラムはなくなるけど、魂みたいなのはどうなるんだろ?
「ところで、死んだらアカーシャクロニクル的にどうなるの?」
死んだ人間がどうなるのか、なんて小学生が学校のセンセイに聞くレベルのアレな質問だ。大抵の人は答えられないが、アカーシャクロニクル・ライブラリを持つキリカなら、この質問に応えてしまうのかもしれない、なんて俺の僅かな怖いもの見たさみたいなのがここで勝手にひょこりと出てきてしまった。
そして後悔した。
「知りたい?」
暗闇でキリカは眼帯をしたほうの目を触って言った。
またさっきの寒気がした。