127 魂と英知のドロイドバスター 5

「キミカぁ…」
テーブル席には中二病(キリカ)と俺のふたりきり。
そんな状況で情けない声で俺の名前を呼ぶのはキリカだった。
「な、なんだよ…」
「今度またここに連れてってよぉ…」
まだ言ってるのかよもう…。
「わかったよわかーった。今度連れてってあげるよ」
「やったー!」
素直に喜ぶキリカ。こういうところは子供っていうか、このまんまでいれば全然痛くない普通の、というより滅茶苦茶可愛い女の子なのに、どうして痛キャラになっちゃうかなぁ。
なんて思いながらも注文していたスウィーツを楽しむ俺。ちょっとコーヒーが欲しくなるな。コーヒーだけだとこの喫茶店は楽しめないけど甘いものとコーヒーなどさっぱりしたものはとてもよくあうのだ。ちなみにお酒と甘いものも意外と合う。
その時だった。
突然、(カチャッ)とスプーンをパフェグラスの中に落としてしまうキリカ。何が起きたんだと俺はキリカの表情を見てみるが、店の入り口のほうを見て固まっていた。
それは一瞬だけで、普通の人間ならよくわからなかっただろうが、俺はドロイドバスターとしての超高速動体視力を持っているから、微妙な表情の変化を見逃さなかった。
相当焦っていた。
キリカは何かに怯えるような顔を一瞬だけしたが、その後は普段の仏頂面へと戻っていった。
「何かあったの?」
俺はそう聞いていた。
「なんでもない」
すまし顔でスプーンをとってアイスクリームを口に運ぶキリカ。
「わかるんだよぉ…あたしは動体視力がいいから。一瞬すっごい不機嫌な顔したでしょ?どしたの?」
「キミカ…」
「ん?」
「喫茶店入って右のテーブル席を反射だけで確認できる?」
反射だけで…ってこれまた難しい事を言うな。まぁ、光の角度の計算んとかは弾道計算に比べたら些細なことだから…オープンテラスの出入り口にある席のカップルが座ってる場所にある、水の入ったグラスから店の入り口付近の席を確認できる。
40代かそこらの女性が1名。50代かそこらの男性が一名。腰を下ろして談笑しているのが見える。そして彼等は夫婦のようにも見える。
「教団の追手がきた」
「追手ぇ?!」
俺はもう一度反射で彼等を確認してみるも俺が抱いてる『教団』のイメージから掛け離れていていまいち中二病患者の言ってることが飲み込めない。
ちなみに俺の抱いてる『教団』のイメージはすっぽり身体を覆い尽くすフード・ローブに覆われて十字架とロウソクを左右の手に持っててブツブツ呪文を唱えながら並んで街を歩いて…ってそんなヤツが居たら警察に連れて行かれるな、うん。
「とりあえず…追手をまく」
「まくって…喫茶店でるの?」
「ここで」
ここで?
するとキリカは眼帯をとって中二病臭いカラーコンタクト入の目を俺の前に曝け出した。
「『アカーシャクロニクル…パラダイムシフト』」
「え、ちょっ…」
俺の目の前の黒髪の美少女が…クリーム色のロングヘアーのちょっと背の高い美少女へと変化してしまった…。
これって、どういう…。
「キミカと私の概念を書き換えた」
「え、マジ…でぇぇ?!」
俺は驚いていた。
何に驚いたかっていうと確かにパラダイムシフトを発動させたキリカには驚いたが、そして黒髪ショートヘアーの美少女がクリーム色ロングヘアーの美少女に変化したことも驚いたが、それよりも、俺の発した声に驚いたのだ。
「え、ちょっ、俺の声が…男の声に…えぇぇえ?!」
「キミカの概念も元の『男』に書き換えた』
「お、おいおいおい!俺、俺が『俺』のことを『俺』って言えてる!!」
「キミカ…何を言ってるの?」
「いやだからさ、今まで変なプログラムが間に挟まってたせいで俺は自分の事を『俺』って言えなかったんだよ!!」
「概念を男に書き換えたからそのプログラムも無効になってるはず」
「ま、マジで…!!マジでェェエェ?!」
「ちょっと…大声を上げないで」
目の前のクリームロングの美少女が言う。なんだか元の中2病のキリカと違ってどこにでもいるような美少女って感じだな。どこにでもいる美少女っていう考え方はちょっと変かもしれないけど。
「えっと、鏡ある?鏡?」
迷惑そうな顔をしてキリカが俺にバッグのなから鏡を手渡す。
「おぉぉおぉぉぉ!!!こ、これ、俺の顔じゃん?!」
「キミカ…やめてよ、恥ずかしい。鏡を見て『俺の顔じゃん』って、一体いつの時代の人なのよ」
「おおおおおお!!!おひさしぶりです」
俺は鏡の中俺に挨拶をした。
「くぅぅ…これを待ち望んでいたんだよ、これを!!」
「そんなに男の子に戻りたかったの?」
「当たり前じゃん!!!」
それから俺はそわそわし始める。
とにかくだ、この喫茶店を出て…。
「今度は何なの?」
「ちょっとソープランド行ってくる」
「え、ちょっ!!」
顔を真っ赤にするキリカ。
「男には捨てなければならないものがある…」
「キミカ…」
「ん?ん?」
「概念を書き換えただけだから、身体は女の子のままだよ。物質として…その…ペニスは認識されない…」
顔を真っ赤にしてキリカが言う。
「なん…だと…」
「今は物質と概念がちぐはぐな状態になっている、ある程度しか効果を維持できない…アカーシャクロニクル・パラダイムシフトにも限界はある」
「そこ、めっちゃ重要なのに!!」
俺は机に突っ伏した…。