125 虚構新聞 5

朝曰新聞の社員食堂としても使われているというカレー屋。
想像していたよりも随分とカントリー風な風貌でいかにもお金持ちが来そうな感じがする。ただ東京はどの店もだいたいこんな感じで外観は立派だけどそこにお金を掛けすぎて売ってるものがショボイというのは県民である俺からの視点だ。
ふむふむ。
高級カレー店「マラスカ」か。
蹴破るようにドアを開けてデモ隊の人間達が店の中へと侵入していく。もうそれは勢いだけでいうのなら暴徒である。
店員も店長も驚いてすぐさま出てくる台詞は、
「今日はもうダメです!貸切なんですよ!」
とか適当な台詞だけ。はっきりいってそんなウソは通用しないっての。貸切とかいってもデモ隊の中の誰かが既に客として入ってきてるじゃないか。
あっけにとられた客(デモ隊参加者の一人は)、
「そうなんですか?聞いてませんよ?貸切だなんて。普通に案内されましたけど?」とカレーを食べながら言う。
ぐぬぬ
もう言い返せなくなったぞォ?
デモ隊の一人が言う。
「朝曰新聞のクソ記者が総理が食べてたものを批判してたけどさ、あいつらが普段からどんなものを食べてるのか気になってここに来たんだよ。どんなのを食べてるの?メニュー見せてよ?」
顔は笑っているが声は非常にキレ気味で店長に言う。
「(おい、メニュー持って来い)」
バイト君らしき男にそう小声で指示する店長。
それから暫くするとバイト君らしき男が俺達にメニューを配る。
どれどれ…。
『カツカレー:35000円』
あれ?
これゼロが2つぐらい多くない?
俺はメニューの35000円の後ろの00の部分が汚れてるのかと思って指でゴシゴシしてみるがそれは確実に印刷されており、汚れではないし取れもしなかった。
それを知った瞬間、俺は頭に思いっきり血が上ってしまって気がついたらテーブルをひっくり返して床に転げていた。
「な、な、な、な…」
俺がなんじゃこりゃーを言うよりも先に、
「「「なんじゃこりゃァァァァァァ!!!」」」
デモ隊の連中が口を揃えてそう叫んだ。
総理が好き屋でお新香に加えて味噌汁を注文するかどうかを迷っていたのに朝曰新聞社員は毎日このカレー屋で3万5千円もするカレーを食べてたっていうのか?ちょっ、おまッ、ありえないだろ!!
他のページもめくってみる。
きっとカツが高いんだ。カツのないカレーなら…。
『カレー:30000円』
俺は再びテーブルに向かって垂直に倒れてかち割ってしまった。
テーブルの破片の中に転がる美少女の身体、それは俺だった。
「ささ、ささささ、ささ、」
と俺が言いかけた時、
「「「さんまんえんだとゥゥゥゥ?!」」」
デモ隊全員が口を揃えて叫んだ。
俺達が何に対して驚いているのか、もう店長は把握しているのだろう。慌てて俺に向かって、
「これはですね、高級食材の、」
と言いかけるが俺はそれを制して、
「ちょっと待って。ちょっと待ってね。今、カレー以外のメニューも見てみるから。それから話をして」
そう言ってページをペラペラ捲って『いくらなんでも飲み物は安いだろう、例えば水とかタダのはずだ』と飲み物のページを見た時、目ん玉がアニメよろしく飛び出てメニューを貫通するかと思ったぐらいに驚いてしまった。
『水:1000円』
俺は勢いでメニューを真っ二つに裂いてしまった。
全員が気を失いそうになるその前に、数名のデモ隊隊員は店長の身体を後ろから羽交い締めにして、
「キミカさん、殺っちゃってください」
と言ってる。
俺はグラビティブレードを引っ張りだして店長の喉元に近づけて、
「おかしいよね?カツカレーごときが3万5000円って?どんな素材を使ったらそんな値段になるのかなァ?あと水が1000円だったけど、1000円の水ってどこにあるの?見せてよ?まさかスマイルも1000円とかじゃないでしょうね?どうなの?」
「す、スマイルは500円です」
と店長は汚らしい笑みを零した。
「「「笑うな!!!」」」
「と、とにかく、素材がしっかりしたものを使ってるんです。それにマスコミ関係者の方々がいらっしゃるので、場所代も料理に含まれているんですよ」
と店長が言いかけたその時だ。
「こっち!こっちみて!こっち!!」
デモ隊の一人が既に店の厨房に侵入している。そして何かとんでもないものを発見したようで発狂しそうな声で叫んでいるのだ。
「ダメ!ダメだよ!そっちに入っちゃ!」
店長が慌てて止めに入るが羽交い締めにされているので動けない。店員(バイト)君達は命がけで厨房を守るような教育はされていないようで、のほほーんとその光景を見ているだけだ。
「何?何があったの?」
俺も厨房の奥まで歩いて行く。歓喜の笑みを零しながら。
だってほら、ゴキブリとか出てきちゃうんじゃないの?客を馬鹿にするような値段をつけてる店って案外中身はそんなもんでしょ。
デモ隊の男が皆に手招きして呼んだ先には棚の扉が空いており、中から直径が20センチかそこら、厚さが1センチぐらいの箱が積み重ねられて置いてあるのだ。
ラベルには…。
「チョンカレー…?」
俺は訝しげな顔でその一つを取った。
こんなのは見たことがないなぁ…。
っていうかレトルトカレーじゃんこれ。
「これ、ミスターモックスとかで大量に売られてるレトルト製品ですよ!えっと、あの、これ、中国産なんです」
そう俺に説明するデモ隊隊員。
震える手でそれを俺に手渡す。
俺も震える手でチョンカレーの箱を受け取る。
「ま、まさか…これを3万5千円で売ってたの?(震え声)」
店長にそう聞いてみる。
「ま、まさかぁ…」
「じゃぁ今から作ってみて。ここで見とくから」
「えっと…今は食材がなくて」
「今たまたま食材が無くなったの?」
「はいぃ〜」
ほんとかよ。
店長じゃ話にならんな、バイト君に対して、
「えっと、この水(1000円)が飲みたいな」
「あ、はい。かしこまりました」
バイト君はとことこと歩いて厨房からコップを取り出してくると、水道の蛇口を捻って水を入れた。
「はい」
それを俺に手渡す。
俺はそのコップの水を飲んだ。
普通の水だ。しかも生ぬるい。
ちょっと塩素の臭いがキツいな。
「えっと、では、普通のカレーた食べたいな。1分で作れる?」
「あ、はい〜」
バイト君はチョンカレーのパックを開いてカレーを熱湯の中に袋ごといれる。それをじっと待っている。
俺達はその光景をじっと睨んでいた。
店長は顔を覆ってもう何も見ない、聞かないという姿勢である。
バイト君は温め終わったカレーを取り出してハサミで切り口を入れると、冷たいご飯の上にデロデロと流し込んだ。
その光景を俺やデモ隊隊員達は睨んだ。
「できました」
完成した。
気がつくと俺達は死んだ魚のような目で店長を睨んでいた。