124 陽の下へ 4

水は引いた。
最初にここに来た時のように道路にはまだ水が流れてはいるのだが、その流れは災害用の配管向けハッチまで流れているだけだ。後は災害用配管が詰まった時のことを考えればいいだけだ。
それにしてもかなりの時間が経過したなぁ。
昨日の夜ご飯は好き屋に行ったきりだよ。
俺は朝ごはんの代わりにと『キミカ部屋(異次元空間)』から取り出した『ちんすこう』を食べていた。異次元空間は宇宙空間と同じなのにちんすこう入れてて大丈夫なのかって?
完全にゼロ気圧で太陽の日も差し込まない空間、そこで俺の下僕であるタチコマ(多脚戦車タイプのドロイド)のハッチの中に俺の持っている様々な食べ物を格納しているのさ。
「キミカ君。何を食べているのだ?」
俺が『ちんすこう』をポリポリモシャモシャサクサクと食べている音が聞こえたのだろう、気になったのか総理が聞いてくる。
「あぁ、ちんすこうですよ。沖縄のお菓子の」
「そうか…すまないが昨日からお新香と味噌汁しか食べていないのだ…分けてくれないか(枯れ声)」
総理が枯れ声を出すので仕方ない、俺は持っていた『ちんすこう』24個入り箱から1つ取り出してわけてあげる。
「ありがとう…」
貧乏グセが抜けないのか、お菓子を食べる時も一気に口の中に放り込むのではなく、ちょこっとずつ口に入れていく。ネズミが何かを食べる時に端から少しずつかじって食べるのに似ている。
俺もその気持はわからなくもないよ。
俺の家は結構『お小遣い的』なものは厳しくて、例えば、目的も無しにお金をひょいと渡されることはなく、お金は何かを買うのが決まった時だけ渡されてそれを買うことしか使い道はない。
加えてお菓子なんてのは一日辺り一定量しか食べさせてもらえなかった。というのも俺がお菓子を食べたせいで夜ご飯が食べれなくなるというのを昔繰り返してたのが原因なのだが。それでからか、俺は与えられる僅かなお菓子を少しでも沢山楽しむ為に少しずつ少しずつ口の中に入れるようにしたのだ。
しかしこれが意外と美味しい。
何が美味しいかって、俺には理由はわからないのだが、よく『味見をする人達』はその対象を大量にわずかしか放り込まない。
大量に口に入れてしまうと微妙な味まで理解しずらいからだという理由だ。だから口の中に少しだけ入れて舌の上でそれを転がし味見をする。偶然にも俺がお菓子を少しずつ食べるという行為はそれと同じ事をしていたため、お菓子の微妙な味の違いまで理解出来ることとなり、今までよりもいっそうお菓子の味に拘りを持つようになってしまった。子供のクセに…である。
子供のクセに俺はお菓子のメーカーをひと通り覚えてしまい、どこのお菓子メーカーが得意とする分野…例えば飴ならフルボンがいいとか、西ハトはたまにヒット商品を出すがすぐに売り切れにさせて意図的に自社製品の市場価値を上げているだとか、たけのこの里きのこの山派の争いだとか様々な菓子知識を得ていった。
ちなみに俺はたけのこの里派である。
あぁ、たけのこの里…食べたいなぁ…。
朦朧とする意識の中で涎を垂らす。
その時、
「うまいな、この『ちんすこう』という菓子は」
と総理が言うのだ。
随分時間が経ったのにまだ1つめを食べてるのか?なんて思って総理の手元を見てみると既に2袋空いてるじゃないか。
「ちょっ、なにしてるんですか総理!これはあたしが購入したちんすこうですよ!一個あげるって言ったけど一箱上げるなんて言ってないよォォ!!後は自分で買ってよォォ!!」
ったく、油断も隙もありゃぁしない。
俺はちんすこうの箱をキミカ部屋の中(タチコマのハッチ内)に格納した。格納する時に『もー!ボクの背中に変なものいれるのやめてよねー!』とタチコマが電脳通信してきたが無視した。
「すまん、ついつい美味しくて無意識に食べてしまった」
「沖縄銘菓ですよ」
「ビスケットかと思ったらまったく異なる味で驚いてしまった」
「豚の油が入ってるお菓子です」
「菓子の中に豚の油をいれるという発想が凄いな…」
そんな平和な会話をしている時だった。
あの男がまた騒ぎ出すのだ。
せっかく水没(窒息死)から逃れたのに、今度はなんだァ?
「助けはこない…このまま死ぬんだ…死ぬ…このまま…死ぬんだ」
ウワァ…。
いいからそのまま死ねよもう。
災害が起きて色々なところで色々な人達が一生懸命助けを待っていて、一生懸命助けようとしてる人達もいる。そういう人達に申し訳ないと思わないのかコイツは。それとも『俺が人間なんだから恐怖するのは当たり前だ!』なんて後で開き直って言うのかな。助ける側からするとそういう奴は助けたくないんだよね。だいたいツンデレが許されるのはツインテールの金髪(コーネリアみたいなの)だけだ。
なんて俺が思っていると総理が言う。
「助けが来るのか来ないのか今はまだわからない。なんら改善策が無いのなら不安を口に出すな。未だ予測できない未来に対して恐れたり絶望したりするのは人生の時間を損するだけだ」
さぁ、これに対してガキんちょの朝曰新聞社員(予測)はどう返すのかなぁ?ファビョーンしちゃうのじゃないのォ?
案の定だ。
「何を偉そうに!!こんな状況なのに幸せな『妄想』をしながら死を待てっていうのか?!上等だな!大馬鹿野郎だよ!ヘラヘラと笑って死ねばいいだろうに!!それほどマヌケなものはないさ!」
「…他人にどう思われるかじゃない。自分がどう思うかだ。死の直前まで希望を捨てず笑顔のまま死ぬのと、絶望に包まれて周囲を恨んで泣きながら死ぬのと、どちらが自分にとって幸せなのか考えろと言っているんだ。私なら自分がどんなにマヌケに見えても希望は捨てない。絶望も希望も観測する人間のただの価値観の違い…どんな酷い状況でも感じ方一つで希望に満ち溢れたものになる」
「勝手にほざいてろ!」
それからサラリーマン風の男は(怪我をしていたのに)ウロウロとしている。
「何をするつもりだ?」
総理がそう聞くと、
「何もできないさ!しようがないじゃないか!」
と叫んだ。
「そうだろうな」
皮肉っぽく総理が言うと、
「あんたも何もできないだろうが!」
そう言った。
何もせず指を加えてみてたくせに。あの時総理が何もしなかったら今はお前も皆と一緒に溺死してるよ。
それからはみんな無口になった。
疲れてきてる。
寝ようにも寝れないし…身体は冷えてくるし。ここで眠くなってくるとヤバいんじゃないのかな…。
はぁ…。
…。
それから5時間は経過しただろうか?
何かしら水音以外の音が聞こえてくるのだ。
ウィーン…ウィィィーン…カシャ、カシャ…。
ウィーン…ウィィィーン…カシャ。
ウィィーン…。
何の音だ?
「そ、総理?」
「ん?」
「トンネル入り口のほうから変な音が聞こえません?」
「そういえば…そうだな?」
俺と総理は入口の方へ向けて歩く。
鉄骨とコンクリート、土砂に岩、木の根っこ…そういうものがごっちゃになって入り口を押しつぶしていて不用意に俺がグラビティコントロールで動かすと色々バランスを崩してトンネルが崩れそうになりそうだったのだが、その中から音が聞こえてくるのだ。
「こ、これは…」
総理が言ってその音がするほうへと近寄る。
その時だった。
もこもこもこもこと土砂が盛り上がって崩れると、中から光…人工的な光が入ってくる。そしてドロイド特有のあの目、カメラが付いた360度回転可能なあの視聴覚端子がキョロキョロと周囲を見ているのだ。人工的な光で俺達の顔を照らして。
「アースロプレウラか…」
総理はそう言ってドロイドに近づき、その機械の身体から泥を手で払いどけていく。柏田重工のマークが入っている。
ムカデだか蛇だかの姿をしてるからちょっと遠目にみるとキモいが、それはトンネルを掘ってしかもトンネルを自分で強化して、人をその穴から運び出すという災害救助を行う専門のドロイドだ。前に消防署の災害救助ドラマで見たことがある。
元々は、鉄や岩をも溶かすレーザー砲を搭載したドロイドで、瓦礫のやバリケードで塞がれた市街地でそれを溶かして中へと侵入し隠れている敵兵を焼き殺す目的で使われていた。
総理はそのドロイドを抱きしめて、
「こいつの初号機は私が大学にいた時に仲間と一緒に創ったんだ」
そう言って静かに涙を流した。
俺達はトンネルに閉じ込められて20時間後にドロイドにより救出された。