124 陽の下へ 3

直径が1メートルほどの穴の中には総理が入って天井のほうを向いてパネルを操作している。
パネルから漏れる光が総理の顔を照らしている。
その顔は泥水や泥に汚れていて何も事情を知らない人間が見たら汚らしい感情が沸き上がってくるだろう。
しかし俺はどうして総理の顔が汚れているのかを知っている。
皆を助けるために汚れている。
だからそれがとても輝いてみえた。
パネルの光からの反射なのか、目はキラキラと輝いていた。
普通の人の感覚なら…そう、例えば映画の1シーンなどで緊張感高まる中、生死を掛けて行動を起こそうとしている人の目はどう見えるか?
きっとそこには迷いや、恐れ、悲しみ、嫌悪…様々な負の感情が目に現れて、それは映画を見る観客と一体化して、観客をより一層に映画のストーリーの世界へと引き込んでいくだろう。
しかし総理の目はそんな迷いや、恐れや、悲しみも、嫌悪も全て消え去ってしまっていて、まるで初めてオモチャを与えられた子供が興味深々で無心で触りまくる時の表情に似ていた。
そこにあるのは興味や楽しみ、喜び、希望、夢…。
テレビの中ではあんなに『大人っぽく』居るのに、今、俺の目の前にいる総理はまるで子供だった。
でも、そこが大切なんだ。
…と俺の心の奥深くの何かが叫んだ。
俺が今、俺に出来ることは総理に次に何が襲いかかってくるか、予測して恐怖に震えることか?
そうじゃない。
次に何が襲いかかってこようが、全ては跳ね除けてやるという意気込みと、自分は絶対に失敗しないという自信。
『失敗を恐れるな』と誰かが言った。
それはただの受け身だ。
『失敗を楽しめ』
『失敗のないゲームは面白くない』
『誰でも最初は挫折し、それでも何度も挑む』
『しまいには挫折そのものが楽しみになるぐらいに何度も何度も。失敗を繰り返して自分が望む結果を手に入れる。でもきっとその時は、失敗していた時の自分も好きになる』
トラブルなら喜んで受けようじゃないか。
それが今の俺の仕事だ。
俺が今、出来ることはトラブルを跳ね除けていくことだ。それならむしろトラブルが来てくれたほうが俺が俺として活躍出来る場があっていいじゃないか。
さぁ、来いよ!!
「やはり私が予測していた通りだ。トンネル内の予備電源を使ってハッチを解除出来るぞ。これで水は引く」
総理がいきいきとした目でそう言ってパネルを操作した後、キュォォーンという何かの機械が作動する音が聞こえた。するとトンネルのどこかでゴゴゴゴゴ…と何かしらが吸い込まれるような音がする。
よくわからないけどどうやら成功したみたいだ。
しかし、次の瞬間…。
(ミシッ)
地響きが起きた。
これは…山の上のほうで何かがまた崩れているのか?
衝撃が伝わってきて、パネルの表面がもっこりと盛り上がってくるのが俺にはわかった。
ついにきたか。
「ぉぉぉおおりゃぁぁぁぁあぁ!!!」
俺は全力で総理をグラビティコントロールで引っ張りだした。
(ズゥゥン…)
今しがた総理がいた場所が押し潰された。大量の泥水が泥に混じってその管理用通路から飛び出してくる。もし1秒でも遅れてたらぺっちゃんこになっていたところだ。アッブネェ…!!
「すまないな、助かったよ」
俺の背後で立泳ぎをしながら息を切らして言う総理。
「こちらこそ助かりましたよ。っていうか、総理、この程度で息が上がってるんですか?ちゃんと運動したほうがいいですよ」
「そうだな。まぁ、今日はいい運動になったじゃないか」
そう言って総理は笑った。