124 陽の下へ 2

俺は水をマイクロブラックホールで吸い取っていた。
しかしこれ、引き寄せる力はあるけれども一度に吸い込める(重力域)範囲が小さくて俺が吸い取っている一箇所だけじゃぁ追いつけない。さっきに比べてどんどんトンネル内に水が流れ込んできているみたいだし。
そして俺の努力は虚しく、時間の経過に従って水はどんどんトンネル内に蓄積されてバスの屋根に登らざるえなかった。
時計は既に朝の6時だ。
そろそろ外は朝日が覆っているだろう。
なんだか色々と疲れてマイクロブラックホールを消滅させた。
こりゃ無理ゲーでしょ…。
「すいません、ボディガードなのに」
そう言う俺。
他にも手段はいくつかあるのだろうが、もう後は最後のとっておき、一か八かで確率的には50%ぐらい総理が死ぬ。
他の人は80%の確率で死ぬ。
これが人々に「ヒーロー」だと崇められたドロイドバスター・キミカの出した結論だ。
そもそもこの体は何かを『倒す』ために都合がよくできてるみたいで、誰かを『守る』ために働かないんだよな。
そんなイライラしている俺に向かって総理が話を始めたのだ。
俺は最初は総理の話に顔を向けずに、耳だけ向けていた。
「私の学生時代はドロイド工学に没頭した。たかが学生のやることだ。自分の思うとおりに動くロボットを見るのは楽しかった。なんら目的を持っているわけじゃない。ただ楽しかった」
「…」
「それから気がつけば私は父の会社で人を殺す道具を作っていた。ドロイドを戦争に投入して殺戮をさせるのだ。だが、私は別に人を殺したかったわけじゃぁない、ただ、技術の革新を願っていた。それを使う側の気持ちや『使われる』側の気持ちなんて考えていなかった。政界に入ってからも防衛や軍事費の重要性について説いてまわった。結局、総理になった今も、本当に何が大切で何が大切でないか、分からないままだ。私はただ、今できることを今しているだけだった。そこに夢も無ければ目標もない」
「…」
「キミカ君。私は間違っているのか?」
「どうでしょう…人間なんて所詮そんなもんじゃないですか」
「一部の人間は君の事を神と崇めているらしい。その君の目には、人間たちの愚行はどう映る?」
「どうって…今できることを今しているだけじゃないかな…それでできない自分を責めたり悔やんだり、泣いたり…。あたしはヒーローだのなんだの言われてるけど、救えなかった人も山ほどいますよ。だから自分に期待するのはやめたんです。ただ、今できることを精一杯しようと。後で後悔しないように。精一杯してダメなら、それはそれでその人の限界なんでしょ…ダメな自分を全部受け入れて前進するのが一番素直な生き方だと思います」
「素直な生き方…か…そうだな。そりゃぁそうだ。『たかが人間』だ。私は総理だた、この『文明の途絶されたトンネル内という空間』、肩書きも立場も泥に汚れて見えなくなる。だからこそ出来ることがあるのかもしれないな」
その時、バスの乗客だった一人がトンネルの上部を指さして言う。
「あそこに通風口みたいなものがあるぞ!」
見れば確かにビル内などの天井や壁の上部に設置してある通風口「みたいなもの」がある。ちなみに天井に垂直に設置してあるのではなく、トンネルの壁の上部に水平に設置してある。ホコリまみれの汚らしい金網が封をしている。
そこに辿り着くには通常ならハシゴが必要だが、今は水かさが増しているので泳いでそこまで辿り着けそうだ。
しかし総理は、
「あれは通風口ではない…おそらくは工事関係者のトンネル内設備の制御パネルだろう。何かしらの問題がある場合は重力に従って下のほうが『マズい』事になるという想定をして、上に設置してあるのだ」
そう自分で言っておいて、少し考える素振りをする。
「ただ…ひょっとしたら…これは事がうまいこと進むかもな」
そう考える仕草をした後に、いきなりバスから水面に飛び込んだ。
「総理!」
「心配ない、私はこう見えても機械の専門家だ」
「もし崩れたらどうするんですか!」
俺が止めようとするが、総理はスイスイと通風口らしき制御パネルのある場所まで泳いでいってしまった。
「首都機能として、水害時に地下のトンネルへ水を流す仕組みがある。このトンネルにもそれが設置してあるはずだ!何らかの理由でハッチが正しく開いてないのだろう。ここから手動で開くことが出来るはずだ!」
俺はグラビティコントロールで自らの身体を宙に浮かしながら総理のいる場所まで飛ぶ。が、もう水かさは天井まで届く勢いなので飛んでいても仕方ない。総理の横に着水して、
「あたしが代わりに行きます。もし崩れて押し潰されたらどうするんですか。総理のミンチなんて見たくありませんよ」
総理はビショビショになった顔の水を手で払って髪を押し上げながら、「君は制御パネルを操作できるのか?」
と息を切らしながら言う。
「いえ、できません…」
「君はさっき言ったな?今できることを精一杯する。後で後悔しないように。ダメな自分を全部受け入れて前進するのが一番素直な生き方だと。私は今自分が出来ることを今しているだけだ」
確かにそれは言ったけど…。
総理が死んだらどうするんだよ。
死んだら何もかもおしまいじゃないか。
しかし、総理は制御パネルのある通風口らしき小さな穴へと入っていった。
俺にはそれを止める事はできなかった。