124 陽の下へ 1

「持ち上がりそうにないか?」
総理が俺に問う。
トンネルを突き破って落下した巨大な岩のせいで完全に出口も塞がれてしまった。入り口は入り口でまだ試しては居ないが巨大な岩と土砂で塞がれたのであろう。トラックの荷台を押し潰している。
まずはバスの前に落下した岩の方をグラビティコントロールで持ち上げようとしてるのだが、この巨大な岩の上にもまだ他にも何か大きなものがあるようで、ドロイドバスターに変身している俺でもこれを持ちあげられない。
「大きすぎて持ちあげられないや…異次元に飛ばそうとも思ったけど、この岩と飛ばしてさらに上から大きなものが落ちてくると支えきれるか…トンネルの他の部分も崩れるとヤバイし」
「ふむ…入り口のほうはどうだ?」
「試してみます」
さきほど崩落したトンネル入り口のほうに向かう俺。
しかし、雨水はさらに崩落を起こさせているようだ。
先ほどの巨大な岩以外にも土砂が次から次へとトラックの後方に落ちてトンネルの幅をせばめている。これはグラビティコントロールで持ち上げる前に入口側に押し出さないとダメだな…。
「外からならなんとかできそうだけど…」
「さすがにドロイドバスターの力をもってしてもダメか」
総理がそんなキーワードを言うからバスの乗客は目をきらめかせて、
「「「ドロイドバスター?!」」」
と言う。
「テレビでは見たことはあるけど、間近で見るなんて」「本当に居たのか…」「あ、握手してください!」
小学生の男の子が握手を求めてくるのでそれに応じた。
「ま、今は何も出来ませんどね。フヒヒ(ゲス顔」
それから俺達はトラックの運転手を運転席からおろした。もう既に亡くなってはいたが…。
「水に浸かれば体温が奪われる。みんな歩道のほうに上がるんだ」
総理がそう言って皆を歩道へと誘導する。
あのサラリーマン風の男はケッとか言いながらも渋々と総理に従って歩道へと上がった。
しかし救助した中にいた老夫婦だけは総理には従わず、バスの側に背中を掛けている。何か言いたそうにしているが声も出ないようだ。
「何やってんだ、さっさと来いよ!」
とサラリーマン風の男。
相変わらずムカつくな…。
確かに老夫婦が総理の言うことに従わないのも不思議だけども。何かわけがあるのか?と俺は思って二人の近くに近づいてみる。
すると夫のほうが「妻が…」と弱々しい声で言うのだ。
おばあさんのほうを見てみると、腹部に裂傷がある。そこから大量の真っ赤な血が漏れているのだ。切腹でもしたかのように。
「ち、血を止めないと」
どうすりゃいいんだ?
包帯?服で縛るのか?どこを?
「あぁ、あぁぁぁ…」
そんな声を出して声にならないような泣き声を出して泣き始めた。
妻の方はもう息絶えていた。
二人のご老人を歩道のほうへと連れて行く。しかし妻はもうぐったりとして呼吸もしていない。誰がどう見てももう助からない状態だった。それでもまるで生きているかのように、おじいさんは妻を抱きかかえてしくしくと泣いている。
これが人のサガか。
みんなは可哀想にとは少しでも思ったのだろうが、それでもいまの打開されない状況は人を心配している余裕などないのか、誰も「妻を亡くした夫」に話し掛けるものはいない。
暗闇の中、しくしくとご老人の泣き声が聞こえるだけだった。
トンネル内はかろうじて通行用の証明が照らしていて、バシャバシャという水が流れこむ音が聞こえている。
さっきまで見えていた道路は茶色の水の中に沈んでしまったので俺達は歩行者用の歩道の上に退避した。
「これってまさか、水がどんどんトンネルに貯まってしまうことないですよね…?」
「それはわからんな。今の時点で既に道路が見えなくなっているからどこか排水管が詰まっているのかもしれん」
「…」
「しかしトンネルの崩落は既に消防へ連絡が入っているはずだ。センサーやカメラで監視されているだろうから、今はもう外で掘り出し作戦が検討されているだろう。それまでの辛抱だ」
と総理は言ってるけれども…この雨水が俺達を溺死させるのと外の救助隊が掘り起こすのといい勝負になってきてるぞ。最悪はグラビトン砲(マイクロブラックホール)とグラビティコントロールの複合で入口側の崩落をなんとかすればよさそうだ。これは運に頼るって意味だけど。まぁ、俺だけならそれでも生還できそうだな。
などとゲス顔になって考えていると、さっきまで静かにしていたサラリーマン風の男が騒ぎ出した。なんだぁ?仕事に疲れてて早く家に帰って寝たいとかいうわがままさんかぁ?
「クソッ!なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ!」
おいおいよしなさいよ、他にも嫌な目にあってる人がいるのに、そのなかに小学生もいるのに、何も文句言わず救助を待っているでしょう。
「心配せずとも必ず救助はくる。騒いだところで体力を使うだけだ」
総理は落ち着いた声で男にそう言った。
「そもそもあんたのせいだろうが!!」
はァ?
なにいってんのコイツ…?
「どういうことだ?」
「あんたを狙ったテロに巻き込まれただけなんだよ!」
テ、テロォ?
そういえば確かにさっきトンネルに入った時、何かが爆発するような音は聞こえたけども、雷の音と被ってたから俺ぐらいにしかこの違いはわからないはずなんだが…。
「なぜテロだと断言できる?トンネルの上の山が雨水で地盤が緩んで崩落したようにも見えるのだが」
「いやだから、総理を狙ってるテロリストが山の上に爆弾を仕掛けていて、トンネルを崩落させたとか考えられるだろうが!」
俺も間に入って応戦してみるか。
「総理と一緒にいたらテロに巻き込まれるんだったら、さっきあんたが好き屋に居た時もテロに巻き込まれる可能性があったってことになるじゃん。さっきは何も言わないのに今になってブツブツ言い出すのは変な話だよ。もしかしてテロが起きるのを知ってたんじゃないの?」
カマをかけてみた。
「ち、違う!だいたい俺がテロを起こしたならなんでここに俺がいて、しかも怪我を負ってるんだ?!説明出来るのかよ!」
「それは坊やだからさ」
「全然理由になってない!それに俺は坊やじゃない!」
「朝曰の社員なら総理を根に持ってそうだからテロでもなんでも起こしそうなんだけどねー」
これには他の人達が反応した。
「朝曰の社員?」
OL風の女性が俺に聞いてくる。
「そうそう、さっき好き屋でね、」
と俺が話しだそうとすると、
「俺が朝曰社員だって証拠があるのかよ?!」
さすがに自分の立場が危うくなったのか弁明を始める男。
「でも朝曰の社説とか読んでそうじゃん?」
そう俺がツッコミを入れてみる。
「読んじゃ悪いのかよ!?」
サラリーマン風の男がそう反論する。
一方で、さっきは土砂で顔が泥だらけで判別不可能だった乗客の男がそれを雨水で洗い落しながら、
「朝曰の社説はいつもアレが悪いだのコレが悪いだの、悪い悪いをダラダラと書き綴っていてなんら解決策を導き出さない。提示するとしたら中国や朝鮮と仲良くなったらなんとかなる、だものな。どうせこの事故が解決したら社説に『トンネル崩壊はメンテナンスを怠っている政府や総理が悪い』だの言い出すんだろう」
そう口調を強めて言った。
確かに滑稽だな。
政府が悪いっていうのはいわば日本国民が悪いと遠まわしに言っているようなもんだし、そんな社説を国民受けするものだと勘違いしているところがまた痛い。連中の庶民感覚はズレてるんだよ。