123 庶民感覚 5

台風が近づいているのか外は朝から風が強かったがいよいよ雨が降り出していた。
「そろそろ家に帰られます?」
俺がそう問うと、
「そうだな。もうそんな時間だな。私の家は節電の為に夜間もなるべく電気を使わないようにしているので、早く帰らねばならない。暗いと色々と不便だからな」
マジ…かよ…。
「総理が節電しても微々たるものだから大丈夫ですよ」
そう俺が言うと、
「私の家の電気代を新聞社各社がチェックしているのだ。ちょっとでも使いすぎると庶民感覚の話をされるのでな…」
酷いなぁ…。
帰りも同じようにバスで帰るらしい。
バスの中からはバケツをひっくり返したような凄まじい雨を見ることが出来た。時間は17時過ぎ。
本来ならこの時間でもまだ日は照っているはずなのに、雨雲と雨のせいで真っ暗になっていた。
でも、さっきと違って立って乗らなければならないような状況じゃなくてとりあえず安心したよ。俺が立つ分には全然構わないんだけど、総理は立ったり座ったりどちらにしても新聞沙汰になるからなぁ。それもそれでどうかと思うけど、
と、俺はふと、今のこの空いたバス車内で総理も俺も椅子に腰をおろしている状況を例えば朝曰新聞などはどうニュースにしてるのか、見てみようと思った。
見なきゃよかったと後悔したよ。
<17時頃から都内を雨雲を覆い酷い夕立が降るなか、総理はバスで悠々と帰宅。この土砂降りの中、仕事中の人もいるというのに>
うわぁ…。
もう中の記事も見る気力がないよ。とにかく色々とこじつけて批判してて、ここまでくるともう芸術の域と言っても過言ではない。
バスは都内の中心部を離れていく。
トンネルに差し掛かった時、バスのフロントガラスからトンネルの入り口に差し掛かるのが見えた。大雨の為か茶色の水がトンネルの上から降り注いできて、バスの車体を汚い水で洗車するかのようだ。
その時だった。
普通の人なら雷だかの音に聞き間違えそうにもなるはずだが、俺は爆風と雷の音はちゃんと聞き分けられるぐらいに(残念なことに)経験を積んでいるからわかる、トンネルの上のほうから何かが爆発するような音が聞こえたのだ。
すぐに振り返ってトンネルの入口のほうを見てみる。
すると、真っ黒い土砂と共に大きな岩が入口を塞いで、たまたま通りかかる途中だったトラックの荷台を押しつぶした。スピードもほどほどに出していたからトラックは腰を捻られるような形になり、運転席の部分がトンネル内を転げる。
叫び声。
トラックの運転席がバスの後部に衝突したのだ。
バスはトンネル内で半回転して止まった。
幸いにも止まったバスに向かって突撃してくる車は居なかったようだ。トンネル内には一応は照明があるものの、殆ど暗く、トラックの運転席のライトがバス内を照らしている。
「総理、だ、大丈夫ですか?」
椅子をグラビティコントロールで押しのけながら言う。
「う、うむ…多分大丈夫だ…足は挟まれてはいるが」
とりあえず総理の上に覆いかぶさっている椅子をどけないと。
透視してみるかぎり座席が衝撃で外れて足に覆いかぶさってきてる。力学的に言うのならこの体勢だと足をへし折ってそうだが、何故かそれはなかったっぽい。
ブレードで器用に椅子を切断してグラビティコントロールでひょいひょいと取り除いて車外へと捨てていく。
「けが人を外に運び出そう」
総理がそう言って立ち上がった。
バスは「く」の字に折れ曲がっていて衝撃に耐え切れなかった側面は避けて、いくつかの座席が外に飛び出していた。
本当に助かった人はいるのか?
不安になりながらも「大丈夫ですかァ?」とか「生きてたら返事をしてください」とか言いながら椅子を一つ一つ取り除いて外へ放り投げていった。しかしそれにしても、消防署のレスキュー隊員がやったら1時間ぐらい掛かりそうな作業を俺はスラスラこなしていくな。テレビでは車体に閉じこまれた人を助けるだけでも一仕事なのに。
一人見つけた。…って、さっきのサラリーマン風の男じゃないか。同じバスに乗ってたのか。
「バチが当たったねぇ」
と言いながらぐったりしているサラリーマン風の男の身体を車体と椅子に挟まれた中から助け出す。まだ死んではいないが、腹部を怪我しているっぽい。
その向こうには手がピクピクと動いている。
ここですよーと言いたげに動いているので俺がそれを握ってみると、相手が強く握り返してくる。
「こ、これは…」
俺はその時、バスの車体にバスにはあるはずのないものが思いっきりめり込んでいるのが見えたのだ。
岩だ。
雨で濡れている巨大な岩が車体にめり込んでいる。どうやらこの岩に直撃して「く」の字に折れたようだ。
しかもその岩、雨が内部に染み込んでいるのか「岩」から「土砂」に変わりつつある。このまま放っておけばバスは土砂の中に消えてしまう。…こりゃぁマズいな。
「総理、下敷きになってる人達を引っ張りだしてくれませんか」
「わかった」
その声の後、
「私も手伝うよ」
「手伝います」
俺達の乗っている座席の後ろの方から声が聞こえた。
泥だらけの顔の男の年齢不詳の男、それからOLっぽい20代ぐらいの女性、あとはランドセルを背負っている小学生。
「そこのサラリーマン風の人は手伝わないの?」
そう俺が問うと、
「俺は怪我してるんだぞ…無理に決まってるだろうが」
そう言ってお腹の辺りを抑えている。下腹部に裂傷があるのが透視(光学スキャン)でわかった。
ふむふむ…それなら仕方がないか。
「今から岩を持ち上げますので」
そう俺が説明する。
「そもそも岩を持ち上げることが出来るのか?」
総理が俺に聞く。
「まぁ、これぐらいの岩なら」
俺は外に出てこの巨大な岩がどのようにトンネルを突き破ってバスに直撃したのかを見てみた。老朽化していたのだろう、トンネルのあちこちには水が噴き出している。その一番水が噴き出しているところは岩が貫通してる。
「それじゃぁ行きますよ?」
「いいぞ!」
俺はグラビティコントロールをフルに働かせて巨大な岩を持ち上げる。岩以外にも土砂も一緒に。重力が消え去ったかのように、岩や土砂が宙に浮かび、泥水も綺麗な円となって宙に浮かんだ。
その間も、
「そっちを上げてくれ、そっちだ」とか「もうちょっと引っ張って」とか「よし、一人助けたぞ」とか色々と声が聞こえる。そんな中、俺は鼻くそほじりながら作業が終わるのを待っていた。
俺がここでグラビティコントロール解除したら全部押し潰されてしまうからなー。
「キミカ君、全員助けたぞ。いや、違うか。運転手は既に亡くなっていた。だがもう岩を下ろしてもいい」
「いちおう危ないかも知れないからバスから離れてください」
総理や乗客が離れたのを確認してグラビティコントロールを解除。
すると岩がバスを押しつぶしたのはもちろんの事だが他にも岩が落ちてきて、完全に俺達の行く手を塞いで締まった。
「あら?」
これは想定外だ…。
「キミカ君…出口を塞いでしまったな…」
「あぁ、はい…そうみたいですね…」