122 ハード・ターゲット 5

世田谷警察署に戻ってからはトズサとミサカさんが岸田の取り調べをして俺とバトウはそれをモニター越しに見ながら休憩していた。
「いやぁ、さっきのはマジになったなァ、久しぶりに」
と余裕をかましているバトウ。ずっと本気だったくせに。何が「本気出しちゃった♡」だよ、俺が最後、マンションへ飛んでいかなきゃトズサの奥さんは今頃死体になってただろうに。
そういえば取り調べではリウが死んだ事をミサカさんが岸田に伝えたところだった。岸田のおばちゃんは『ショックを隠せない顔』…というわけでもなく、あぁ、『やっぱりそうなったか』という表情で涙をこぼしていた。
「結局、リウがなんでトズサの奥さんまで狙ったのかわからなくなったな…キミカの嬢ちゃんが殺すから」
「どうせろくでもない理由だよ。日本人なら誰でも良かったんじゃないの??あぁ、あれだよ、アレ。あたし達がリウを追っているのを警察のデータベースか何かで知ってうるさいからとりあえず黙らせる為にトズサの奥さんでも殺しとくかーって感じ」
「ま、この4人のなかで既婚者はトズサだけだからな。守るべき者がいる人間の大切にしてるものを壊すっていうのは、悪党から見たら一般的な事なのかもしれないな」
「そうだよ。で、失敗する、と…。物語のセオリー的には悪党は調子に乗ったら死ぬ運命にあるんだよ。今回の調子に乗った部分はやっぱりトズサの奥さんに手をかけようとした瞬間じゃないかな。黙ってりゃまだ生きていたかもしれないのにね」
「生きててもどうせ死刑だろ」
「まぁそうだけど…。そうか。死刑にしたほうが自分が死ぬまでの間の恐怖っていうのを感じる時間が長くなるからそっちのほうがよかったかなー!まいったなー!失敗しちゃったなー!」
「いや、お前の判断は正しい。トズサの奥さんが殺されてから死刑になるのはトズサにとっての死刑宣告みたいなもんだからな」
そんな話をしていた時だった。
俺達の任務が終わったのを知ってかハラマキが現れたのだ。
「お!オヤジ、お疲れさん!」
「お疲れだったな」
その表情は一仕事終えた後の安心が漂う。
そして若干の疲れも。
「二人は取り調べ中か」
「あぁ。最初は非協力的だったが、今はしおらしくなってるよ。リウに付いて他に知ってることが無いがキッチリ吐かせてるところだ」
「ふむ…。ところで世田谷署の志筑がバトウと話がしたいとわしのところに来たのだが…」
「あぁ、そういやそうだったな。世田谷の『陸の孤島一家惨殺』について何かわかったら教えてくれって頼んでたんだ」
「ふむ。今、ちょうど戻ってきてるらしいから呼んでこよう」
「あぁ」
暫くすると一人の刑事が部屋に現れる。
顔は見覚えがある。
世田谷署の志筑という刑事は、最初、世田谷で惨殺事件が起きた現場で俺達と入れ違いになった刑事のうちの一人だった。
あのタバコを吸ってかったるそうにしていた年配のデカだ。
開口一番に、
「バトウ、どういうことなんだ?この事件、上から圧力が掛かって調べようにも調べられなかったよ」
とグチを垂れた。
「あぁ、わるぃわるぃ。今度酒でも奢るわ」
「で、早速、話なんだが、圧力が掛かる前まででわかっている事だけ話す。バトウ、お前が言っていた『岸田』という女の名前が捜査線上に浮かんだよ。これは偽名だ。いや、正確には『通名』と言ったほうがいいだろう」
俺とバトウはまゆを顰めて取り調べをしている映像を見た。映像の中ではまだ岸田が泣いている。
「この女は朝鮮と日本に国籍がある。戦乱の中でどさくさに紛れて日本に不法入国しているようだな。朝鮮人と日本人のハーフであることを利用して日本国籍を得ている。それが10年前だ」
「しかしこの女は平和維持活動と称して戦地で写真を撮って回ってたんだぜ?雑誌でも名前が乗るぐらいだし、それが…」
「雑誌に名前を載せるにはちゃんとした『肩書き』が必要になるからだろう。少なくとも朝鮮人の名前がそこに乗るというのは今の日本ではありえない。まして反戦を訴える写真の雑誌には」
「…」
「最初に惨殺された世田谷の一件、『梶本白水』一家は岸田と交流があった。家族ぐるみで。しかも…聞いて驚くなよ?」
「もう色々驚き過ぎて驚くのに必要な体力を使い切っちまったよ」
「梶本白水は岸田と同じく、いくつかのテロに関与しているのを警察にマークされていた。結局はわからなかったが」
「つまり…仲間割れってことか?」
「この一件だけで言うのならそうだな。だが、他のケースは…まだ調べては居ないが、当時、岸田が仲間と共謀していたテロ活動の関与について立件しようとしたメンツが今回殺された人間と一致する」
「…」
なるほど…俺の予測が当たったわけだ。
真の黒幕がいる、しかも女だっていう。
「あはははは、ほらほら、あたしの言うとおりでしょ?」
ドヤ顔で悔しがってそうに見えるバトウの肩をペシペシと叩く俺。そしてドヤ顔のまま、俺は取調室で『嘘泣き』をしているであろう岸田を哀れな目で見ようとして、映像が表示されているパネルを見た。
「え、ちょっォォォォ?!」
俺が見たものは、取調室でミサカさんを人質にしてトズサに銃を向けられている岸田の姿だった。