121 愛は盲目 8

ラブホテルの豪華なつくりの廊下を歩いて行く。
「キミカ嬢はこういうところは初めてか?」
と相変わらずいつもの調子でからかってくる。俺もそうだが、バトウも相当に現場慣れしてるなぁ。今からogrish.comも真っ青のグロ画像が画像じゃなくてリアルに目に飛び込んでくるかもしれないのに。
「えと、まぁ、初めてだけど」
「ほほぅ、彼氏と一緒にいかないのか?家でする派かぁ?」
おいおいおいおい、俺が中身が男だからいいけど、中身が女だったら今頃ブレードで八つ裂きにされてるぞ、おい。
「もう、そういう話はいいかr…おおおおおぅ!!」
俺は危うく何か変なものを踏みそうになった。
足を途中で停めて後方へとグラビティコントロールでジャンプ。
「どした?」
バトウがにやけながら言う。
「ななな、なにこれ?焼肉がナマのまま落ちてるよ?」
「はぁ?」
「って、バトウさん!踏んでるよ!焼肉踏んでる!」
「ん?おおおおお!!」
バトウが足をあげる。
俺が焼肉の切れ端だと思ってたものは、焼肉の切れ端なんかじゃなかった。もうこれだけ言えば何か想像がつくだろう。
人の鼻だ。
鼻が顔から削ぎ落とされて、鼻と顔の接合部分の赤白い肉がバトウの靴からはみ出していたのだ。俺が最初にみたのはおそらくは人の肉片の一部だろう。バトウが踏んづけていたので不恰好にその人の鼻はへしゃげてる。恐ろしい…。
「おい、キミカ、aiPhone取り出して何するつもりなんだ?」
「ちょっと写真撮ってからTwitterにポストしようと思って」
「おいおい!」
「わぁーったよ、わぁーった」
「お前も女の子なんだからソレらしい反応しろよ…」
女の子じゃないけどね。
「っていうか、どういう殺し方したらこんな風に肉片が飛び散るの?」と俺は、その『人の鼻』をまじまじと見ながら言う。
周囲には鼻意外にも皮膚の一部と思われる肉片だの腸の一部だと思われる肉片だのが転がっているのが見えた。まるで肉片をまき散らしながら廊下を走り回った『誰か』が居たような感じだ。廊下に敷かれたカーペットが真っ赤なので最初は肉片に気づかなかったよ。
どおりでホテル自体を警察が閉鎖してると思ったら、そこらじゅうが殺人現場になってるってことなのか。
血や肉片の数はおそらくは惨事が起きたと思われる部屋に近づけば近づくほどに多くなっており、部屋の前ともなるともう赤いカーペットだからという理由で肉片が見えないとは言えないほどに壁、廊下に飛び散っていた。そして廊下に置いてある花瓶と小さいテーブルの下に人の生首らしきものが転がっているのが見えたのだ。
髪は黒で長く、血が付いてるのか赤黒くベトベトになっている。その髪が叩きつけたれたかのように四方八方に広く広がってくっついている。殺されたのは今のところ、女らしい。
「よし、入るぞ」
ドアノブを握ってからバトウが言う。
俺は黙って頷いた。
ゆっくりと部屋に足を踏み入れていく。
玄関にはスリッパがひとつと、男物の靴がひとつ、女物のパンプスがひとつ、揃えておいてある…ということはここには少なくとも男女の遺体があることになる。
それを覚悟した上で、バトウの大きな背中の後ろから俺はゆっくりと部屋へと入っていった。
ラブホテルの中はお城の一室のような豪華な造りになっている。が、それもそこら中に飛び散っている血で凄惨なものにしか見えない。初めてのラブホテル体験がこんなカタチでキマってしまって、俺はいま猛烈に吐き気を催している。
「こりゃぁ娼婦だな」
バトウがベッドの上に転がっている女性の胴体を見てから言う。それは首も手足もない、女の体だった。それだけ見て判断するに年齢は高校生ぐらいか。
「なんで娼婦ってわかるの?」
「こっちにある遺体の年齢は60かそこらだからな。これだけ年齢が離れて恋人同士には見えない」
「なるほど」
俺はタオルが腰に巻かれているご老体の男のほうへ歩みよる。腹が鋭利なもので切り裂かれはらわたがそこらじゅうに散らばっている。廊下にあった鼻の持ち主がそのご老体であることが今わかった。
何故なら、ご老体の男の顔は鼻どころか顔の皮は剥ぎ取られていたからだ。
ん…?
わずかに胸が上下したような…?
「おいおいおい…まだ生きてるぞ!キミカの嬢ちゃん!救急車だ!」
「え、ちょっ、救急車?えっと病院の番号番号…Coogle先生に近場の病院を…えーっと…鼻が取れてるから耳鼻科、いや、顔の皮が剥がれてるから皮膚科に行ったほうがいいのかな」
「バカ、緊急ダイヤルだよ!」
「緊急ダイヤル?!119だっけ100だっけ?!119は時報だよね?!」
「いや…もう俺が呼んだ」
「すいません…」
さらに顔の皮が剥がれているご老体の胸の動きが激しくなる。激しく呼吸しながら苦しそうに、
「その声はバトウか?」
そう言ったのだ。
「榎本さん…か?」
「知り合いなの?!」
「警視庁のOBだ」
俺の頭の中はぐるぐるしはじめた。警視庁のOBがターゲットにされた?いや、それよりも重要なことは警視庁のOBがラブホテルで売春婦でしかも未成年と淫行をしてる?いやいやいや、それじゃなくて、最初の世田谷の殺人の件は?ただ地理的に殺しやすいからじゃなくて、何かしらの繋がりがあるんじゃないのか?
「犯人に心当たりはあるのか?リウは次に誰を殺すって言ってた?!」
老体、いや瀕死の重傷を追った警視庁OBに向かって怒鳴りながら質問するバトウ。ちょっとそれは無理があるような気がしなくもない。
「知らん…突然部屋に入ってきて、目の前で女を殺して…」
「何か話していたか?」
「いや何も…」
確かに警視庁OBは仮にリウの話を聞いていたとしても、どこの誰かもわからない(顔も変わってるし)台湾人の男の話になんて興味があるわけもないし、日本語を話していたかもわからないだろうし、残念だけど何も聞き出せないのはしょうがないことなんだろう。
目が見えてない…いや、目玉も一緒に繰り抜かれているのか、目の奥は漆黒の闇のようになっている警視庁OB。目の前にバトウがいることも声からしかわからないようだ。
弱々しい声で、
「なぁ、わしは今どうなっとるか?なぁ…」
と言った。
「どうって言われても…」
バトウが俺のほうを見てからそう言う。
え、なにそれ…俺に何か回答を求めてるの?
「ええっと…その顔を何か別のものに例えるのなら…バイオハザードタイラント第二形態みたいになってる」
バトウは困ったような顔をして俺を見て後、
「あの、バグでロケットランチャー一撃で死ぬ奴か?」
「え?そうなの?」
「あぁ」
そんな話をしている最中に、大きく息を吸い込んだ警視庁OBの榎本はそれをゆっくりと吐いた後、二度と呼吸をすることはなかった。