121 愛は盲目 7

泳がせてみる、というのは岸田を釈放した後にその後を尾行するという意味だったらしい。
俺達4人は岸田の後をついていく。
バレないように車で2手に別れて、一方が岸田の後を通り過ぎて、それが終わったら一方が岸田の後を通り過ぎて…徒歩だからそうなるのだろう。あくまで自然に、行き交う車の中の1台であるように通り過ぎるという綿密な尾行計画である。
俺はバトウとペアを組んだ。
「どうだ?あの女、絡んでると思うか?」
バトウは運転しながら俺にそう言う。
「主犯じゃないのかなー」
「おっと、それは意外な意見だな。いや、キミカ嬢の存在が意外だから意外なところからの意見はまともということになるか」
「何その『頭がオカシイ人がこの人変です!って人のことを批判したら、批判された人は普通』理論は…」
「まぁまぁ。で、どうしてそう思うんだ?」
「ん〜…カンかな」
「ほほぅ。女のカンって奴か」
女じゃないけどね。
「それに、大抵の場合は悪い事を企むのは女で、実行するのは男なんだよ。歴史の偉人達も裏では女が暗躍してるって話はよくあるじゃん。アレクサンダーだって侵略する背景には女がいたんでしょ?」
「まぁ、確かにそうだが、今回の場合だとレイプとか殺人も提案したのは岸田ってことになるのか?」
「それはしないでしょ。女が裏にいるっていうのはそういう意味じゃなくてね〜…なんだろ、例えば女が『あたし、服が欲しいのォ』って言ったとするじゃん」
「ふむ」
「それで、高い服だったらそれを買うお金は男は持ってないわけだけど、だからと言って女は『お前!今から銀行強盗してこい!』とは言わないんだよ。ただ『服が欲しいのォ』って言うだけ。後は男が女の願いを叶える為に計画と実行をするの」
「女は卑怯だな。自分の手はまったく汚してねぇじゃねーか」
「卑怯だよォ。女は。でも、考えつく限りの方法の中で一番自分に被害が及ばない方法になるんじゃないの?本人は色々考えあぐねてその方法を導き出したわけじゃなくて、女っていう生物の中の能力として備わってるの」
「さすが…女が言うだけあって説得力があるな」
女じゃないけどね。
その時、俺達の車が岸田の後ろを通り過ぎるタイプの尾行をするターンだったのだが、岸田がケータイを取り出してどこかに電話を掛けたのだ。
俺はその一瞬を見逃さなかった。
別に相手先の電話番号が見えたわけじゃない。
岸田の持ってるクソみたいなガラケーの待受画面には『リウ・イエ』の写真が飾ってあったのだ。
花がらの枠がついたキモい画面だった。
「どこかに電話してるみたいだな。さっきのふてぶてしい顔とは違って随分と神妙な顔だったな」
「なんかケータイの待ち受けに…」
「お前、よく見えるな?!」
「ん、まぁ動体視力がいいからね」
「まぁ、銃の弾道が見えるぐらいだから当然か。で、ケータイの待ち受け画面に何が映ってたんだ?」
リウ・イエの顔が映ってた。ハラマキのおっちゃんがミッションコントロールルームで見せてくれたホログラムと同じ」
「やっぱり岸田とリウはデきてるんじゃねーのか?」
「ん〜…そうなのかなぁ…」
「ん?!」
バトウが突然運転するのを停めて道の側に停車。少し上のほうを見て黙っているのだが、たいていそういう時は電脳通信をしてる時だ。しかもまた神妙な顔をしてる。デジャヴか。
「クソッ!まずいことになったぞ」
「まさかまた?」
「まただ。ここは一旦トズサとミサカのねぇちゃんに任せて俺達が現場に行くぞ」
「え?逆はないの?」
「お前、ミサカのねぇちゃんにゲロ吐かせたいのか?」
「あはは、そうだねぇ」
俺達は尾行を中断して、車を飛ばす。
バトウは滅茶苦茶車を飛ばす。
100㌔はゆうに超えててこのまま正面衝突したら俺は助かるけどバトウは木っ端微塵になるんじゃないかっていう速度だ。警察はこれだけの速度で飛ばしても文句言われないからいいよなー。
ものの5分程度で(途中で信号無視もしながら)俺達はホテルへと到着したのだ。ホテルっていうか、ビジネスホテルでもなく、一般の旅行向けホテルでもなく…ラブホテルだった。
警察の車両がホテル前に並んでいて、テーピングされて立ち入り禁止になっている。殺人が起きたのはおそらくホテルの中の一室だろうけども、こうやって入り口から塞ぐって事は…?
世田谷の時とは違う警察官達が入り口を出入りしているが、そこでバトウはニヤニヤとしながら「公安だー。通してくれ」と手帳を見せてから言う。
それを見た時の刑事たちの顔、めっちゃ睨んでる。バトウが嫌われてるのか公安が嫌われてるのか、それとも俺が嫌われてるのか、いや、それはあり得ないか。きっとバトウか公安か両方が嫌われてるのどれかだ。うん、そうに違いない。ほら、現実に、
「公安がなんでここにいるんだ?」
ってヒソヒソ声が。
「なんだ?いちゃー悪いのかよ?」
うわぁ、バトウ…。
でもさっきの世田谷署の警察官がここにいなくてよかったなぁ。公安がのんびりしてるからこうやって次の事件が起きただろうがクソがー!って言われたらたまったもんじゃないよ。
すると、バトウと同じぐらいの体格の男が、おそらくは刑事の一人であろう男が、バトウの前に腕組して立って睨んでいる。
「どいてくんねーかな?」
バトウも負けずと男の前に立って睨む。
「アンタが絡むと死体の山ができるな」
その刑事はバトウに一言そう言った。
「あぁ?」
「世田谷署からも聞いてるよ。向こうでも人が死んだんだって?今度は何を追ってるんだ?結局星もわからんまま、事件は終わるんだろうがなぁー」と他の刑事にも聞こえるような大声で言う。
新米の刑事もいるんだろう、今までそういう経験がない人向けの発言で、意味は「お前らよく聞いとけよ、この男が絡むと犯人が不明なまま事件が終わったことになるからな」である。
言いたいことを言い終わったら巨漢は道を開けた。
俺まで刑事たちに睨まれてるような気がした。
いや、実際、バトウの子分みたいな140センチ〜150センチぐらいの小さな身長の女子高生みたいな(女子高生だけど)女の子が後をついていくんだから公安の誰かだって思われても仕方ない。
なんとかターゲットになるまいと俺は、
「ティヒヒヒ、すいません、フヒヒヒ…」
と苦笑いをしながら刑事たちの突き刺さるような視線の雨の中を巨漢のバトウの後を付いて通り抜けていった。