121 愛は盲目 4

俺達が岸田とリウのツーショット写真を見ている時だった。
バトウが専用回線で電脳通信をしているようで、突然、
「ん、オヤジからだ」
と言った。
ちなみに、バトウの所属する公安8課ではボスであるハラマキさんのことは『オヤジ』という愛称で呼んでいる。
その『オヤジ』からの連絡でバトウの表情が険しくなる。
「まずいことになった」
そう俺達に向かって言うのだ。
「何があったの?」
俺がそう聞いてみると、
「リウが国内で殺人を犯した可能性がある。まだ誰が殺したのかまではわからないが、このタイミングで台湾の一件と同じ殺し方だからなぁ…。こりゃぁ、ひと嵐くるか」
この時点では俺はバトウの言う「ひと嵐」の意味がわからない。後々、これは殺人が起きたという事以外にも「嵐」に形容される色々な事象が発生することを意味していたのだ。
ハラマキの指示により俺達はその足で世田谷まで行く事になった。殺人現場がそこにあるらしいのだが、今更ながらそこに足を運んだとして犯人がいるわけでもない、しかし、犯人に繋がる何かしらの証拠がないか探る必要がある…とのことだった。
俺にはそれは無意味に思えるんだけどね。
もし鑑識やら色々と通したところで、タイムスケジュールは待ってはくれないんだよ。次の殺人が起きたら「まぁ、起きちゃうものは仕方ないし」っていうのが本来の警察だ。
俺達の指名は悪い奴を逮捕する警察とは明確に違う。
悪い奴が悪いことをする前に逮捕(または殺害)するのだ。
警察は世田谷のとある一件の家を取り囲むようにしてパトカーで駆けつけている。その周囲にはマスコミがいる。
報道規制もあったもんじゃないな」
そうバトウが言うとトズサが合わせるように、
「政府の連中は今頃テレビみて卒倒してるんじゃないのかな」
などと言ってる。
俺達は人混みと警察をかき分けながら中へと侵入。そこはトズサが持ている警察手帳が有効だった。
「よ〜っし、現場はそのままで通してくれっかな?そして速やかに家の外へ出てくれ。緊急案件なんだよ」とバトウは苦笑いをしながら『白い目』で見てくる警察官の連中をかき分けて家の中へと侵入する。なるほど、『ひと嵐』のもう一つの意味はこれだったか。
どうやら公安は警察とは違う組織で、同じ事件を追っているが国の意図で動く公安と、たた単純に犯人を追っている警察とでは仲違いをするらしい。警察同士の縄張り争いよりも過激な気がするな。
「なんで公安がここにいるんだよ…」
バトウに聞こえるか聞こえないかの声で刑事の一人が言う。
負け犬の遠吠えのように、ぞろぞろと刑事・鑑識たちは外へと出ていく。が、途中で一言、「おい、現場を荒らすなよ?」年配の刑事が一言そう言ってゾロゾロと出ていく列の後ろにつく。
「わかってるッつぅの!」
バトウが刑事たちに向かって怒鳴った。
「おたくも色々大変だねぇ」
トズサが慰める。
家の奥に進む。
土足で上がったほうがよかった。
そう思えるほど、廊下はドロと血で汚れている。靴型がはっきりと現れている、かといってこれが犯人が今どこにるのかに繋がることはないのだが…それにしても、おびただしい量の血だな…。
「あのさ、私は外で待機しててもいい?」
ミサカさんがそう言い出すほどに。
「ああ、いいぜぇ〜」
バトウがそう言った。
「え?いいの?」
俺が二人の会話に反応して言うと、
「警視庁テロ対策課の刑事の『ゲロ』を現場に証拠として残すわけにはいかないからなぁ」などと冷やかす。
「いや、マジで途中で血の足跡を見ただけで吐きそうになったの」
「キミカちゃんも外に出ていたほうがいいんじゃないのか。女の子にはキツい絵が見えると思うよ」
おいおいおい…俺は中身は男の子だし、グロ画像には耐性があるんだよ。チェチェン首斬り動画だって知ってるし。
「全然平気だよッ!」
「それじゃぁ、開けるぜ」
バトウが血が漏れている扉をゆっくりと押して開ける。
あれ…?
普通じゃん?
俺はてっきりDiablo(ネットゲーム)のように部屋中に血が散ってるのかと思ったけど…ォォォ!?!
部屋の中心に30代か40代ぐらいの男女が正座させられてる。腕は背中で縛られて、一瞬、まだ生きてるのかと思ったぐらいだ。しかし、これは既に死んでいる。首を斬られて血がそこから吹き出て、血の襟巻きというか血のエプロンを着ているみたいだ。
それだけじゃない。
その2体の遺体の前に子供がいる。
年齢は中学生ぐらいで喉にはナイフが突き刺さった状態で寝転がっている。レイプしたのだろうか、精液が股の間から流れ出ていて、しかも処女だったのだろう、血の線が精液に混じっている。
親の前で子供をレイプして殺している。
「こりゃ、捕らえろっていうのが無理だな。俺はまともな人間だからな、こんなん見せられたら殺すしか選択しがなくなるぜ」
バトウがそう言う。
トズサは、
「不謹慎かもしれないけど、もし同じ殺されるのなら親が先であってほしいな…目の前で子供をレイプして殺して、その後に親を殺したんだったら…なんていうか、地獄以外のなにものでもない」
「どうだろうな、俺は『地獄』のほうだと思うぜ」
「それは、アンタだったらそうするって意味なのか?」
「同じ殺すのに少しでも正義をちらつかせる事はしないだろうな、ってな。クズは色々見てきたが、こういうタイプのクズには常識は通用しないんだよ。そうだろう?」
「それでも俺は『人の土俵』でクズを語りたいよ。これは人のすることじゃぁないが…まだ人の心が残っていると信じたい」
地面についている血の靴跡。それを追っていくと、犯人である男は、ここで家族を殺した後にその足で台所まで向かっているようだ。俺はその足跡を追ってみる。
他にも殺しているかもしれない。
しかし、台所には死体はなかった。
ただ、一旦冷蔵庫の前まで足跡が続き、そのあと、キッチン前のテーブルの椅子に腰を下ろしてから休憩しているようだ。
なぜそう思うのか。
アイスクリームの袋がテーブルの上に置いてあるからだ。
「こいつ…人を殺した後にアイスクリーム食べてる…」
俺がそう言うと、バトウとトズサが俺の元へとやってきた。
「どう思う?警視庁の刑事さんとして」
「どうって…犯人のプロファイリングか?」
「あぁ。だがその前に『人を殺した後にアイスクリームを食べる』って心境が『人の土俵』に含まれているか聞きたいところだ」
「…どうだろうな。それでも俺達と同じように『人の形』をしてるってところが、なんだか異常にムカついてくるよ」
「まったくもって同意だ」
どういう環境に育てば、人を殺した後にアイスクリームを食べれるんだろうか…。彼らテロリストにとってはターゲットである日本人は人ではなくて家畜のようなものだということか?それとも、普段から中国人同士のマフィア抗争として、日常茶飯事なのかな?