119 遺作 7

サヨコのアトリエっぽい廃屋から飛び出した俺はすぐさまユウカ達の乗るロープウェイも目測した。
空から見下ろせばわかる。滑車の部分がキリキリと音を立てて壊れそうになっている。既に爆破されたようだなのだ。
政府との交渉は失敗したのか?
全速力でグラビティコントロール射程範囲内まで飛んで近づいた俺はロープウェイの下からその力を働かせた。
間一髪でロープウェイが落下するのをキャッチした。
見ればロープウェイの中からユウカとナノカが見ている。俺の方を見て歓喜の表情である。
「ドロイドバスターキミカ!!」
ユウカが歓喜の声をあげる。
泣いていたメイが顔をあげて俺の方をみる。
俺はグラビティコントロールを働かせてゆっくりとロープウェイを地面に下ろした。
「もう駄目かと思った!キミカ!ありがとう!」
涙を混じらせる瞳で俺にいうユウカ。俺は一瞬「キミカ」と言われたから正体がバレたんじゃないかと思ってたが、どうやらユウカも他の人達も俺を少し前までこのロープウェイの中にいた乗客とは思っていないようだ。
「えと、キミカがね、えと、キミカっていうのはね、私の友達のこれぐらいの小さい女の子で…私達を助けるために下に降りたの!」
そう心配しているから。
しかしメイは興奮して、
「キャァァァァ!!キミカ様ァァァ!サインしてくださいィィ!!」
と俺に飛びついて来るのだ。
俺はそれをグラビティコントロールを働かせて止めた。
「え?あれ?あれ?」
宙で止まっているメイが不思議そうにしている。
「あたしはサインとかしてないから」
と俺はクールに言う。
「バカ!まずかキミカの安否が先でしょ?」
と、宙に止まったメイの頭をペシッと叩くユウカ。
「どこかしら?この辺りの樹の枝に落ちたような気がしたけど」
やばいな。
そろそろ俺(変身前)が登場しないと…。
「助けを呼びに山を降りたのかも?あたしが探してみるよ」
そう言って俺はそのまま地面を蹴って空へと登った。
どっかで変身を解いてユウカ達と合流せねば…。
さっきの廃墟に行くか。
とりあえずユウカ達が見える場所に着陸するとまたメイが駆けつけてきて抱きついてくるだろうから、そうなると変身がいつまで経っても解けなくなる。よって俺は一旦思いっきり離れた場所まで飛んでから着陸して変身を解くことにした。
さっきサヨコが居たアトリエも気になるし。
ある程度飛んでからゆっくりと着陸、しながら変身を解く。ククク…ここで変身を解けば俺の正体を知っているのは森のリスぐらいのものだろうな…。などと思いながら俺はゆっくりと森の中を歩く。
そういえば…さっきまではセミの声が聞こえてなかったような気がする。今はとても騒がしいのに。
やがてあの小屋が見えてくる。
やっぱり、サヨコはいない。居る形跡がない。何年も、何十年も…下手すりゃ100年ぐらい放置されたような小屋だ。誰もこんなところに好んで住もうとは思わないだろうからなぁ。
サヨコ以外は。
小屋に入ってみてもやっぱりさっきと同じ。小屋の中まで生えている雑草が『俺がサヨコと出会っていた時』と『今』の違いを見せつけている。あれはなんだったんだ?夢か?
でも、サヨコが描いていたこの絵…俺の絵だけは何故か新しいような、いや、時間が経過していないような気がする。
絵を見てみると、そこにはドロイドバスターの戦闘服を着た俺の姿がある。黒い波動が周囲にあふれるように描かれており、ブラックホールのような黒の円が俺の周囲に浮かんでいる。
グラビティコントロールしか彼女の前で披露してないのに、マイクロブラックホールも描かれてるとは…。
「でも…こんなに笑顔だっけ…?」
俺をそのままスケッチしてるわけじゃない、というのはわかってはいるが、こんなににっこり微笑んでいたっけ?
あ、そういえばaiPhone…電源が切れてたのはやっぱり故障か?
俺はaiPhoneを見てみる、が、特に不思議な事はない、普通に電源が入ったし一旦シャットダウンされたような形跡もない。
やっぱり夢でも見ていたのか、って、これ、俺の絵だしな…。
なんだったんだ?
サヨコって、誰だったんだ?
幽霊か?
俺はaiPhoneを見ているついでに検索をしてみる。
サヨコと片仮名でとりあえず検索するか…って芸能人の名前がズラズラと並ぶから意味ないか。山口、画家…も追加してと…。
ん?
Wikipediaのページがヒットしているぞ。
島倉小夜子…。
これか?
島倉小夜子(2256年2月22日)は日本の画家。本名同じ。山口県周南市出身…っておいおいおいおいおいおいおい!!!
100年以上前じゃないか!!
2272年3月、八百万の神々絵画コンクールにて出展し優勝。20代の若さで多くのファンを持つデザイナーになるが、2274年1月「神々の絵を描く」と言い残して山口県・四熊ヶ岳へと入山し以後行方不明。
彼女の残した絵はフォーベアの四天王のデザインとして近代芸術へ復活し、再び多くのファンを生んでいる…って、どうなってるんだ?
そのページの下の方に絵がある。
サヨコが描いた作品…なのか?
これって、俺が前に本屋で見た「フォーベアの神々に関する本」に描いてあった絵じゃないか?
目の前にある俺の絵と見比べると、確かに画風が似てないわけでもない、けれども…あの気持ち悪い熊だかなんだかが変化したような絵と比べると全然違うな。こっちのほうが萌えるし。
本当か?本当にサヨコの絵か?
そのWikipediaの絵を拡大表示してみる。
右下にsa.yo.koと描かれてある。サインだ。
俺は目の前にある俺を描いた絵の右下を見る。
sa.yo.ko。
字体もそっくりだった。
もう一度、俺は周囲を見渡した。
誰もいない。
100年…は経過しているんだと思う。
(ごくり)
俺は生唾を飲み込んだ。
この絵…。また誰かがこの廃墟に訪れていたずらするかもしれないし、せっかくサヨコは今までで一番描きたかった絵が描けたと喜んでいたんだ。ここに放置しておくのはちょっとアレだし…。
俺はサヨコが描いた絵をキミカ部屋へと転送した。
小屋を出てからも俺はaiPhoneで調べ物をしていた。
Wikipedia以外のページで「島倉小夜子」が最もヒットしているサイトは2ch系のオカルトサイトだった。
サヨコが行方不明になったのはフォーベアの宗教団体に連れ去られたからだとか、四熊ヶ岳とフォーベア(4熊)が何か関連があるだとか、何故か最後は狂ったように熊が変化した絵を描いていた狂気の画家だったとか…。
画像検索ではヒットするのはあのフォーベアの神々のような熊が変化したような気持ち悪い絵ばかりで、俺を描いたような美少女萌絵なんてひとつもなかった。
仮に俺が今持っているサヨコの絵を絵画界の鑑定士かなにかに見せたとしても偽物だと言われるだろうな。本人はそういう画風をまったく生前に見せてないんだから。
今俺が予測できるのは、
あのサエコは幽霊のようなものだ。
100年以上前に俺の絵を予測して描いたとしか…。
でも、キミカ部屋に保存した絵はどう見ても、100年もあの『小屋』に放置したような絵には見えない。
「ん〜…わからない…わからない」
俺が唸りながら歩いていると、
「あ!キミカ!!無事だったのね!」
そう言って俺に駆け寄ってくるユウカ。
「あぁ〜…みんな無事だったの?」
「ドロイドバスター・キミカが助けてくれたのよ!」
興奮した顔でユウカが言う。
そしてメイも、
「いやーん!!もっとロープウェイにいればおねぇ様もドロイドバスター・キミカに会えましたのに!!」
などと頬を赤らめて言う。
一方でナノカは、
「ん〜…キミカっちが居なくなってからドロイドバスター・キミカが現れて、ドロイドバスター・キミカが居なくなってからキミカっちが現れて…これはどういう…」
とかおいおいおいおいおいおいおい!!!
ヤバいぞ!バレるぞ!
「そレいじョう…かンガえなぃデ…(黒目」
俺はナノカを睨みながら言う。
「う…うん…考えない…考えないよ…」
ユウカはそんなナノカの思考を塗りつぶすかのように、
「何言ってんのよ、このバカ(俺を指さして)とドロイドバスター・キミカが同じ人なわけないじゃないのよ?」
おいおいおいおいおいおいおい!!!同じ人だよ!!
「そうかーそうだよねー」
クッソゥ…。
「それより、アンタさっきから何見てるのよ?救助ならもう着たわよ?もう助けは呼ばなくてもいいのよ?」
とユウカが俺の持っているaiPhoneの画面を覗きこむ。
そこには2ch掲示板が…。
「アンタ!!私達を助けに行くとか言っておきながら…!なんで2chとか見てるのよ!!」
「いや、これは調べ物を…」
「そんな事なら家に帰ってからやれェェェ!!(チョークスリーパー・ホールド)」
「ギギギギギ…ギブ…ギブアップ…」
「お、おねぇさま…助けに行くからといってロープウェイから飛び降りたのは、2chVIP板とかに書き込む為でしたの…?『ちょっwwwやべwwww今テロされてるなぅwwww』とか」
不安そうな顔で俺を見つめてメイが言う。
「ち、違ッ、違うよ!助けを呼んだんだよ!」
誤解をとこうと俺が本気で否定するも、
「なんで助けを呼ぶのに電話じゃなくてネットの掲示板に書き込んでるのよ!!そんなところに書き込んで誰が助けに来てくれるのよォォォォ!!(チョークスリーパー・ホールド)」
「お、おっぱいが、おっぱいが当たる」
「ち、ちぃ…」
「ひぃー!背中がユウカの汗でビショビショだよォ…(枯声」
そんな声を出すものだからユウカはようやく俺を放した。
命の恩人を殺そうとしやがって…。