119 遺作 5

木を降りてから再び空を見上げる。
いくら夏の森で木々が鬱蒼と茂っていても空は確認出来るし、そこにロープウェイの形跡(それらを支えるロープも)があればわかるのだが、まったくそれが無いというのはおかしい。
「ねぇ!絵を描かせてよ!」
上を見上げている俺に近寄ってきた画家風の女はそう言った。
「今そんな事をしてる場合じゃないんだけど…」
「ロープウェイがどうとか言ってたけど」
「友達とロープウェイで高原まで登るところだったんだけど、テロリストが接合部分を爆破してそれで戻りのロープウェイが落とされて、…あ、そうだ!戻りのロープウェイがこの近くに落ちてるはず!」
もうグダグダやってる場合じゃない。
どうせこんな山の中に一人だけいる画家風な人に俺の正体がバレたところでどうということはないだろう。俺はこの画家風の女性の前でドロイドバスターに変身した。
「す、すごい」
そう言ってすぐさまスケッチブックを持ってカリカリと俺の姿を描き写そうとしてる。が、誰かのモデルになるために変身したわけじゃないし。そのまま空高くまで飛び上がって近くを見下ろしてみる。
そんな間にも画家風の女は、
「ねぇ!降りてきてよ!あなたをモデルに作品を描きたいの!」
と言ってる。
「おかしい…近くに落ちたはずなのに…」
何も見当たらない。というかロープウェイのあの重量を支える太いロープも中継地点の塔みたいな奴も、ロープウェイ駅も見当たらない。ただ、俺達が車でやってきたところには道路はあるのだが…。
首を傾げながら俺が下へと降りてくると、
「お願い!このとーり!!」
そう言って画家風の女は土下座している。
「ここって恐羅漢国立公園だよね?」
俺はその女にそう質問してみる。
「そうだよ?」
「ロープウェイがない…」
「ロープウェイはないよ?」
なんだ…?
俺はパラレルワールドに巻き込まれたのだろうか…。
とりあえずaiPhoneを取り出して見てみる。
ん?あれ?電源が入らないぞ…??
「あ!!aiPhone…!!神様もaiPhoneを使うんだ?」
何を言ってるんだこの女は。
「さっきからその神様っていうのはなんなの?」
「神様は神様だよ!それよりあなたをモデルに絵が描きたいの!」
「こんな事してる場合じゃないんだけど…でもパラレルワールドみたいなところに紛れ込んだっぽいしなぁ…」
「ま、そのうちなんとかなるでしょ?モデルになってよ!」
あぁーもうしつこいなぁ、きゅうべぇかよお前は。
その画家風の女は年齢は20〜25歳ぐらい。大学生あがりの世の中色々まだわかってない風な(俺が言うな的なものはあるけど)感じで、画家風って俺が表現したのはベレー帽をかぶっててチェック柄のブラウスにジーンズというカントリーないでたちをしていたからだ。顔はお世辞にも美しい部類には入らないエラの張ったような顎をしてて、顔だけで判断するのならどっかの田舎から出てきました様子。
「いいよ、わかったよ。ちょっとだけだからね」
「やったー!!」
ガッツポーズをする画家風の女。
「あたし、サヨコっていうの。よろしくね!」
そう言って、これまたお世辞にも女の子の手とは呼べないようなガッチリとした手にガシッと強制握手された。
「あ、あたしはキミカ。よろしく…」
「キミカ?女の子みたいな名前だね」
「女の子だからしょうがないじゃん」
「もっと神様っぽい名前かと思ったのに」
「その、さっきから神様神様って人を神様みたいに呼ぶのやめてよ」
「だって神様じゃない?あたしにはわかるんだ〜」
「?」
俺とサヨコは森の中を歩きながら進んでいく。どうやらさっき俺を描こうとしていた木はカラスの巣があって、親鳥がいない間に杉の木によじ登って(それもそれで凄いが)ヒナをスケッチしていたらしい。で、そこに俺が落ちてきたが、何故か創作意欲が沸いて…。
「よくあんな高い木によじ登ってカラスなんて描く気になれるね。落ちたら死ぬよ?写真をとってから描けばいいのに」
「写真?あっはっはっはっは!!面白いね!」
「な、なにが?」
「写真からじゃ魂が感じられないじゃん」
「たましいねぇ…」
「そう!魂!すべての生きとし生けるものには魂があるの。あたしが描いてるのは光が反射して目に飛び込んできたものじゃなくて、その生命の魂そのものを描いてるのよ!いや、魂っていうとなんだか安っぽいかなぁ、神様かな?神様を描いてるのよ」
「神様ってあたしの事じゃなかったの?」
てっきり俺が人間離れした凄い力(グラビティコントロール)を使って見せたから俺の事を神様だと呼んだのかと思ったが…。
「キミカももちろん神様だけど、あのカラスだってそうだよ」
「じゃあサヨコも神様なの?」
「そうね!あたしも神様かな?」
「あ〜…日本に古くから伝わる八百万の神々信仰ってやつだね」
「『ものには全て神が宿ってる』?」
「うん」
「それとは違うかな。あれは全ての物質に神が宿っている前提でしょ?あたしのはね、全ての生命に神が宿ってるって意味だよ」
「ふぅ〜ん…」
「見せてあげよっか?」
スケッチブックをちらっと俺に見せて言うサヨコ。
「うん」
開くと、先ほどのカラスのヒナがいる。それだけじゃなく親鳥がやってきてカラスのヒナに餌を上げているシーンが描かれてある。
「親鳥がきてる時に描いたんだ」
「違うよ。っていうか、親鳥がきてる時にあたしがいたらまずスケッチなんてできないよ。さっき言ったでしょ?あたしが描いてるのは『神様』だって」
「?」
「ヒナは親鳥に餌をせがんで、親鳥はヒナに餌をあげる、この『ことわり』そのものが神様なんだよ。あたしが描きたいのはそこなの。あたしにはそういう『ことわり』が見ただけで理解できるの」
ことわり…ねぇ…。