119 遺作 3

高原と俺が想像していたものとは異なっていて日本でいうところの夏の高原は鬱蒼と木が生い茂るジャングルのような場所であった。
その上をロープウェイがゆっくりと移動していく。
緑の木々は競いあうように空へと枝葉を伸ばしておりこれを俗にいうところの生命の息吹というか、人で例えるのなら夏祭りで普段はどこにいたんだよっていうぐらいの老いも若きも男も女も多くの人達がワサワサと一箇所に集まって来てパニック症候群な人はそれを見てるだけで吐き気を感じるような、つまり、人によっては鬱蒼と生い茂るジャングルのような熱帯性気候の日本の山の木々は見ているだけで気分が悪くなるものなのである。
俺もまたその一人だ。
季節でいうのなら俺は冬が一番大好きだ。
冷たくて乾いた空気と昼間の太陽とそこらじゅう一面を真っ白に染め別世界に変える雪、朝のまどろみのベッドの中。
人は寒い中でもある程度は生きていけるが、夏は言うまでもなく暑いので、言わば「イージーモード」のゲームのようなものだ。
人以外の様々な動物・植物が「調子に乗って」生を謳歌している…例えば、我が物顔で家の中に侵入してくるであろうゴキブリや蚊、ハエ、ムカデ、ゲジゲジ…お前らが調子に乗れるのは夏のおかげだろうが、と言ってやりたい。
もちろん、自然の摂理を考えるのならそのようなイージーモードの夏があるおかげで作物が収穫でき、冬に備えることができるのだが、自然の摂理と好きか嫌いかは別の話であって、純粋に言うのなら俺は冬が好きで夏が嫌いだった。
次に好きな季節は秋だ。
一年で寿命が尽きるタイプの生命は、あれだけ調子に乗っていたが悲鳴を上げながら死に絶えていく。そうではないタイプの生命はしたたかに真剣に、冬に備えて色々と生きていく算段をしている。まさに夢のようなひとときから現実に引き戻されていく感じだ。
人で例えるのなら祭りだから何しても許されるだろうと物を壊したり人を脅して金品を奪っていたアホどもが祭りの終了と同時に警察に連行されてその後の一生を台無しにするような、そういうリアル。
まぁとにかくだ。
俺は鬱蒼と生い茂る夏の森林よりも、悲鳴を上げている秋の紅葉のほうが好きだったりする。ただ、その季節にここへ来ればきっと紅葉目当ての客が沢山いて紅葉を見に来てるのか人を見に来てるのかわからなくなるだろうな…。
へぇ…意外と夏場に来てる人が多いんだな。戻りのロープウェイと交差しようかって言う時に乗っている人を見てみたんだが定員を満たすぐらいに乗っている。ま、朝に高原を楽しんで昼までには脱出するっていうのはなかなかどうしてよく考えられたものだと思ったよ。
その時だった。
パスン、という音と共に戻りのロープウェイの上部から黒い小さな爆発のようなものがあって、金属片などが俺達の乗るロープウェイの窓などに叩きつけられたのだ。
最初はみんな「え?なに?ww」と半開きの口から笑みまで溢れるような感じだったし、戻りのロープウェイの乗客達も全然笑顔で、子供なんかこっちに向かって手を降っているようだったのに、一瞬で空気が締め付けられるように固まった。緊張で口の中が乾く。
ガクンと戻りのロープウェイは傾いた。と同時に中の乗客は体勢を維持するために棒を握ったり椅子の背もたれにしがみついたりする、が、それは無駄だった。
小さな埃を上げてロープウェイのロープとの接合部分が離れて、戻りのロープウェイは重力に従って下へと落下したのだ。
俺達の乗るロープウェイの乗客は悲鳴をあげた。
ロープウェイは緊急停止した。
「ななな、何?!どうなっていますの?!」
メイは今にも泣き出しそうな声で叫んだ。
「落ちたわよ?!どうなってんのよ!設備不良なの?!」
ユウカは怒りが混ざった声で叫んだ。
「…」
ナノカは口をぽかんと開けた状態で固まっている。
その視線の先にはロープウェイがある。鬱蒼と生い茂った木々がクッションになって、ロープウェイ本体は地面への直撃は避けることが出来たが、定員を満たすほどに乗客が乗っているロープウェイがほぼ真横になって木々にダイブしたのだ、言うまでもなく、下側にいる人達は上側にいる人達の重量で圧死する可能性がある。
今すぐにでもドロイドバスターに変身して助ければなんとかなりそうだけれど、ここで変身したら俺の正体がバレてしまう、なんて思ってたら、もう俺が助ける必要がなくなってしまった。
木々の枝はロープウェイの重量に耐え切れず折れて、無残にもロープウェイは地面へ叩きつけられたのだ。
この位置からは見えないが、小さい木々が生えていればまだ助かっている可能性がある、が、どう考えても森の中にそんなものがあるようには見えない。間伐もされているだろうから、おそらくそのまま地面へとダイブしたのだろう。
「いやぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!」
誰かが叫んだ。
誰かが泣いている。
メイは震えていてその肩をユウカが抱いている。
緊急停止は解除される気配はなかった。片方のロープウェイが落ちたからそうなるように設計されているのか、自然の法則に従って機械が動かなくなったのかは不明だが。
しかし本当に事故なのか?
俺は戻りのロープウェイと交差する前に、ロープとの接合部分(滑車の部分)が爆発のようなもので吹き飛んだ気がしたぞ?
俺はaiPhoneを取り出してニュースサイトを見る。
事故は今、起きたばかりだからニュースサイトに乗る確率は低いだろう。だが、もしこれが「テロ」なら…ニュースサイトにはそれが起きた事が真っ先に掲載される。
犯行声明が出されるからだ。
…4秒前の記事だ。
あった。
『中国系テロリスト「黄金の龍」が日本で裁判を受け死刑を宣告された同士の解放を要求。恐羅漢国立公園ロープウェイに爆弾を仕掛け一つは既に爆発させたと犯行声明。警察では事実を確認中…』
…テロだ。
「どうしたの?!何見てるの?」
ユウカが俺のaiPhoneを覗きこんだ。
「テロだ…」
ユウカは目を見開いて、そして唾を飲み込んだ。
一瞬、ロープウェイ内は空気が凍りついたように静かになったが、俺が言った意味を悟ったのかあっという間にパニックになった。
「こ、ここにも爆弾が仕掛けられてるってこと?!」
ユウカが天井を見て言う。
「もうひとつのロープウェイって言ったらコレしかないから、犯行声明が事実ならそうだよ…ヤバいな」
ていうか、さっき戻りのロープウェイが落ちたのを見せられたばかりで「次はお前らの番だ」って言われたらパニックになるだろう。俺はこれを黙っておくべきだったと後悔した。