117 コミュニケーション障害 4

俺の「手を触っててもいいから」という一言に、男子水泳部キャプテンことアキラは静かに「お、おう」と答えた。
温かい手の感触が俺の手を包む。
それから5分ぐらい経過しただろうか…。
この間、会話なし。
なんてこった…ダメだ考えるんだ考えるんだよ!人間は考える生き物なんだよ!!話題に詰まったときは…えっと、確か天気の話をするんだっけかな?昔おばあちゃんが言ってたよ。天気の話さえしとけばとりあえず知らない人でも話せるって。
よし、天気か。
天気は…暗くてよくわかんない。でも蒸し暑いな。
そうだ、暑いねぇーって話をしよう。
「えっと…なんだか、暑いね」
と、俺は手の団扇でパタパタと自分を仰ぐ仕草をする。
「あ、ごめん、手、熱かったか?」
いやそっちの熱いじゃなくて、暑いのほうだってば、俺のジェスチャーを見ればわかるだろうが、手をパタパタと動かしてるんだから。説明が足りなかったのかな?では、服がベトついてるから、
「もうなんだか…パンツとかもびしょびしょ」
「ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、パンツも、びしょびしょ…?!」
「う、うん」
しばらくして(ごくり)という生唾を飲む音がアキラから聞こえた。
「え、えっと…その、このままここでじっとしとくのもなんだから、どっか歩こうよ」
と俺は一言、言う。本当は歩こうとかどっか行きたいとかどうでもよかったんだけどここでじっとしておくのも周囲の空気が苦しくてもしかしたらじっとしてたら全ての酸素を吸い尽くして窒息するんじゃねーのかって思ったりするほどに空気が重たかったからなんだよ。
「そ、そうだな」
手を繋いだまま歩き出す俺とアキラ。
えーっと、会話…会話…会話…っと…。とりあえず天気の話はもう終わったから次のネタは…ーえっと…っていうかなんで俺がこんなに真剣に考えなきゃいけないんだよ、友達同士なんだから深く考えなくても次から次へと話題がでてくるものだろうがー!っていっても体育会系のアキラとヲタク系の俺とでは交差するであろう話題が限られてくるのだ。
そもそも体育会系の話題ってなんだろうか?この前レイプした女はーとか、ひ弱な後輩をこの前ボコってやったとか、やっぱ万引きのスリルはたまんねーやめられねーわ!とかそういう話題?
って、どんな犯罪者やねん!
と俺は一人でツッコミをしていた。
「?」
そんな不思議な光景をアキラは気づいて頭の上からハテナマークを出す。いや、まてよ、水泳部キャプテンと共通の話題があるぞ。水泳部部員としての話題だ!!しかし泳ぎに関しての話題はNoだな、俺はそういうスポーツのアレコレはさっぱりわかんないから…。
「夏祭りってさ、」
「は、はい!」
お、おい…。俺が話しかけたら突然、周囲の空気を緊張させるのはやめてくれよ…は、はい!じゃないよもう…。
「えっと…毎年、部員のみんなで行ってるの?」
「あ、うん。そうだな、でも普段はそれぞれの水泳部で行ってて、男女揃って行こうって言い出したのは今回が初じゃないかな…」
「へぇ〜…そうなんだ」
…。
…。
お・わ・り…提供NNK。
…。
終わったよ、はえーよ!!会話短すぎるよ!もう少し伸ばせよ!!いや、待てよ、今のは俺のターンじゃないか?ヤバい!俺のターンだった!えっと、ちょっと待てよ待てよ?へぇ〜そうなんだ。って終了フラグじゃないか?もうちょっと次への質問を繋げるような答え方をしなきゃいけないんじゃないのか…クソ、失敗した。
えっと、最初の俺の質問は『毎年、部員のみんなで行くのか』で、答えが『男女で行くのは今回が初』ってところだ。
国語の教科書的に言うのなら、
問.4「キャプテンがキミカに一番伝えたかったのは何か?」
答え「男女で行くのは今回が初」
つまり…キャプテンことアキラは「男女で行くのは今回が初」ってところに俺の次の話が繋がるのを望んでいるわけだよ、アキラもそこに興味があるんだろうからさ。つまり男女の話がアキラは好きって事になる、いや、アキラに限らず体育会系の人間はそういうところが好きなんだろう。昨日はセックス何発やったかとかそういう卑猥な話題が。
しかし俺は文系(オタク系)なので卑猥な話は残念ながら進んではできない、よって一番卑猥じゃない聞き方で、
「男女の水泳部部員で恋人同士になっちゃう人っているのかな?」
と聞いた。
突然立ち止まるアキラ。
何が起きたのかと見れば、アキラは顔を真赤にして困惑した表情で俺のほうを見つめて、「え…あ、ぅ、え…えっと…その…」などと言っている。何か聞いちゃまずいことを聞いてしまったのだろうか?
「ん?どしたの?」
俺がアキラのほうを見上げて聞いてみる。
「ど、どどど、どど、どうなんだろうなぁー?そりゃ、中には居るんじゃないのかなぁ?!」
と慌てた声で言っている。
何か変な話をしたっけ?俺は男同士では当たり前のように話されているであろう話の一つをしただけであって…いや、俺が中学の時には誰と誰が付き合ってる系の話はさんざんされてたから違和感はなかったけど、意外とこのお嬢様系学校(元)ではこういう話は公じゃなくてもタブーなのかもしれない。男子の間でも。
それから、キャプテンは直立不動になってから「ふぅーふぅー」と腹式呼吸などをしながら呼吸を整え、そして俺に向かって、
「ふぅー、ふぅー、藤崎はどうなんだ?その、好きな男とか、そういうのはあるのか?付き合ってるとかそういう…」
「え?ないよ?」
あるわけないじゃん、ホモじゃあるまいし。
「そ、そうか!…そうなのか…!」
「?」
それから俺に見えるか見えないかのところでアキラはガッツポーズみたいなのをしたように見えた。