117 コミュニケーション障害 1

終わりなき猛暑。
日本を電子レンジでチンするかのようにどこへ逃げても熱風はそこらかしこで吹き荒れて体中を汗と湿気に包み込む。
逃げ場といえば家のクーラーが効いている室内だけで廊下まで贅沢にもクーラーを効かせている裕福な家庭では無い限りはドアから一歩でも外に出たらシャワーを浴びて冷たい飲み物で喉を潤さなければ熱中症の死傷者数の一つにカウントされるというぐらいの夏のある日、突然の電話が俺のaiPhoneにかかってくる。
音から察するとクラスメートの誰かだ。
ちなみに外国人組(マコトやメイリン、コーネリア)や下級生(メイ)やキミカファンクラブなどは音を変えているのでこの音はユウカかナノカのどちらかという事になる。
『もしもしー』
『キミカっち!』
ナノカだ。
『どしたの?部活?出ないよ?』
とりあえず断っておく。
『早ッ!違うよ!まぁ、部活繋がりだけど』
『出ないよ?』
『早ッ!部活のみんなで夏祭りに行こうよって事になったんだよ!行こうよ!楽しそうだし!行こうよ行こう!!』
うわぁ…なんだか前にもこんな感じで忘年会みたいなのに参加させられて嫌な思いをした気がするよ。
体育会系はとにかく騒げればそれでいいって感じだから嫌なんだよね。目的は何なんだよ?明確な目的が無いのなら時間と体力の無駄なんだよね。
…などと言っても体育会系は常に体力が有り余っていてしかも時間までも有り余っている人達ばかりだから、俺の言うことには説得力がないのだ。だから他の理由を考えないと…。
『えっと、ちょっと用事が…』
『何?何の用事があるの?ナツコちゃんに聞いたけどキミカっちは今日は特に用事がなくてずっと家に居てクーラーの効いた涼しい部屋でまたネトゲをして遊んでっていうつまんない日々の繰り返しを相変わらず送ってるって言ってたよ?』
おい、それ本当にナツコが言ったのかよ?!本当かよ?!
っていうか体育会系から見たら「ネトゲ」は用事にカウントされないんだ…ネトゲも立派な用事なんだけど…。
というのを説明するのもなんだかダルいので、
『えーっと…まぁ、特に予定は無いんだけど…』
と言っておく。くそう…。
『じゃあ行こうよ!楽しいよォ!』
ま、次は必ずそう来ると思ったよ。
そんな事もあろうかと俺は次の回答を用意しているのだ。引き篭もり御用達の超便利な面倒臭い事除けの回答が。
『夏祭りに行くための服がない』
これだよこれ「着ていく服がない」系。
出掛けるのが億劫なときは一言「服がない」って言えばいいんだよ。で「じゃあ服買えばいいじゃん?」って言ってくるから…。
『じゃあ服買いに行こうよ!浴衣を買いに行こうよ!』
『浴衣を買いに行くのに着ていく服がない』
これ!これだよ!
服がないならしょうがないねぇって話になる。
そもそもニートとかは家の中にいるときは全裸で過ごすわけで、最初っから家の中にしかいない人達にとっては服は不要な存在、つまり服がないから出掛けないんじゃなくてそもそも出掛けないので出掛けるのに必要なもの(服)がないという、それって最初っから出掛けたくないだけじゃね?的な話である。
『服がなかったら全裸でもいいから!』
そう来たか…。
『じゃあ…ネクタイだけはしていってもいい?』
『いいよ!正装だもんね!』
結局、俺はお祭りに行く事になってしまった。
しかも浴衣をナノカと買いに行かねばならないというクソ面倒臭いオプションまでついて…。
男だった頃からオシャレには興味が沸くわけでもなく、ネットで「母親に服を買ってきてもらう系」と揶揄される男子に分類されたが、あれは本当なのかと友達に言われても「そんなわけねーじゃん」と返した事もあった。実はあれは本当なのだ。
男だった頃は母親に服を買ってきてもらっていたというより、さらに酷く、母親がいつの間にか服を買ってきてたのでそれを着てた、というほうがわかりやすい。
もう服が欲しいっていう意思すらないっていう。
じゃあそんな俺が女の子になってからどうしたかというと、まさか女の子の服やら下着やらを俺が買いに行けるはずもないわけで、相変わらず自分で服は買いに行かずケイスケが調達してた。
というか、なんでケイスケは調達出来るのかは不思議だけど突っ込んで聞こうとは思わない。大人の汚い部分を見てしまいそうだから。
服のセンスがいいですね、と言われるとそれは俺のセンスではなく、ケイスケのセンスなのだ…いや、ケイスケのセンスでもないか、ケイスケがエロゲから得た2次元の美少女達の服の知識をもって俺に服を選んできてるわけだから、2次元の美少女を創りだしたクリエーター達のセンスという事になる、どうりでセンスがいいわけだ。
クローゼットの中に用意してあるのは夏服。その中には残念な事にジーパンなど男の子でも着るような服はするわけがなかった。中から適当に選ぶと着る手間を考えて一番楽なもの…白のワンピースを着た。
小学生が着るなら違和感ないけど高校生が着てるとなると、これはインパクトがあるなぁ…。
しかしじゃあ何を着ていけばいいのかと問われると考えるだけ時間が勿体ない。一応は思考回路を働かせるにもカロリーを消費するのでカロリーも勿体ない。
「き、キミカちゃん、そんなおめかしして…まさか」
服を着替えている俺に向かってマコトが言う。
「いやいや…デートとかじゃないって」
「ほんとう?」
「ほんと、ほんと」
「ほんとうかなぁ…」
おい!
疑うなら聞かないでよ!!…まぁ可愛い女の子(マコト)が嫉妬しているところもまたいいのだけどね。