116 ヲタク・ロックンロール 9

突入を諦めた警察が次にどんな手を打ってくるのか?
しかし、どういうわけなのかドロイドも装甲車も警察車両も次から次へとその場を撤退していく。
「これって…?」
と俺が言うとしりあがりアナは、
「おそらくこれは…警察の上のほうからの指示があったようですね。上層部もかなりの圧力をかけられたと思われます」
撤退する警察の前に既に100人規模にまで膨れ上がっていたヲタク達の肉の壁も歓声をあげる。
しかしよく見ると一人だけスーツ姿の初老の男がヲタク達の肉の壁を前に立っているのが俺には見えた。歓声ムードの中で一人だけ険しい顔立ちをしているが、他の人間は警察は撤退したと思っているのであろうか、スーツ姿の男にはなんら触れることはなく、男は妨害に会うわけもなくビルの中へと入っていった。それから、男はマスコミのカメラマンの一人に話しかけている。
カメラマンはしりあがりアナにヒソヒソ声で話す。
今度はしりあがりアナは事件の首謀者であるテロリスト認定されたデブに話し掛ける。
「警察の方が話がしたいと言われています」
その初老の男が警察の人間である事が今、周知された。
デブは持っていた武器を床に静かに置いた。
そして初老の男…警察の男に近寄った。
二人の間を静かにカメラは捉える。
「僕を、逮捕しに来たんですね」
警察の男は静かに名刺を差し出した。
「私は警視庁テロ対策課の『針井』だ。皆は私の事をハリーと呼ぶ」
て、テロ対策課だってェ?!
ミサカさんの居る所じゃないか!やべ…俺の存在がバレちゃうかもしれない。けど、ま、いっか。ミサカさん最近うつ病が酷くなって出勤してないとか言ってたしな。
デブは男の名刺を受け取る。
「君はヲタクだと言ったね。私はアニメや日本のサブカルチャーについては詳しくはないが、君の気持ちはわかるつもりでいる。人は誰しも人生の中で好きなものをいくつも見つけるものだ」
男はそう言って、胸のポケットから何かを取り出したのだ。
黒くて手のひら大のサイズの美しいフォルムの…。
aiPhoneだった。
「かくいう私も好きな物はいくつも持っている」
そう言って男は懐かしいものでも見るかのように、aiPhoneを撫でた。
「aiPhoneですか…」
デブはハリーの持っているaiPhoneを見て言う。
「好きな物があれば好きな物を持つ喜びも、好きな物を失う悲しみも持つことになる。君が自分が好きなものを警察に馬鹿にされ、君の人生そのものまでも否定されて、くだらないトラブルで好きなものを破壊されたという悔しさや悲しみも、私は理解できると信じている。しかし、ここで君がただ暴れて逃げてしまっては世の中の多くの人には理解されない。ただマスコミやネットが騒いで有耶無耶に終わっていくだけ…私は今まで多くのソレを観てきた。だから私と共に、君が君の愛する者を守ろうとした『ストーリー』に終止符を打とうじゃないか。何が正しくて何が正しくなかったのか、はっきりさせようじゃないか」
そう言ってハリーは手を差し出した。
デブは静かに手を出す。
両手を拳にして突き出す。
これは…逮捕してくれという意味か。
「君に手錠は要らない」
ハリーは手錠はかけなかった。
俺はデブの横に立って、一言、デブに言った。
「この人は良い人だよ。aiPhoneを持っている人に悪い人はいない」
デブは静かに言った。
「わかってる…君もaiPhoneを持っていたね。ありがとう…僕の味方になってくれて。もしよかったら…君の名を聞かせてくれないか」
俺は笑顔で静かに後ずさった。
そして破壊されたビルの窓の前まで後ずさって、
「あたしはただの名もないヒーローだよ」
そう言って床を蹴飛ばして空へとダイブした。
デブもハリーもしりあがりアナもカメラマンも驚いて口をあんぐりと開けていた。
その瞬間、俺はドロイドバスターへと変身する。
「ドロイドバスター…キミカ!!」
デブは持っていたキミカグッズの一つ、キーホルダーをギュッと握りしめて驚いた顔で俺の方を見ている。
「あたしのフィギュア、手に入るといいね」
そう俺は言い「ばいばい」と手を降って空へと飛び立った。