116 ヲタク・ロックンロール 8

「さて、テレビの前の皆さん、このテロリストさんが本物のテロリストさんだという事をわかってもらえたと思います。メイドさんもちょっとお手伝いをしましたけど」
そう言ってしりあがりアナが続ける。
「主義主張を言ってもらいましょう、はい、どうぞ!」
カメラがデブのほうを向く。
「ぼ、僕はですね、今日、秋葉原の街を歩いていたんですよ。そしたら警察官が2名、僕に職務質問をしようとしてきた。別にそれは普段からアキバでは行われてることだから、それが点数稼ぎだっていうことも、本来ならアキバに巡回するはずのない他地域が所轄の警官である事も知っていましたけどね、何よる許せなかったのは僕の大事なフィギュアをですね、こうやって地面に並べて、写真を取ったり、今までそういう生き方をしてて恥ずかしくないのかとかですね、説教を始めたんですよ?そしたら、通りかかったバイクがフィギュアを破壊したんです。警察が僕の大切なフィギュアを道路に並べなきゃ、並べてゆっくりと写真を取らなきゃバイクに轢かれて粉々になることなんてなかった!!そのフィギュアは予約限定発売で、再販の可能性は低いんですよ!弁償するって言われてもね!お金渡されてもね!はいそうですか、ってわけにはいかないんですよ!!」
「はい、ありがとうございます。えっとですね、いまテロリストさんが言われてるフィギュアのシリーズがここに別のがあるんです、『ドロイドバスター』シリーズのキミカフィギュアですね」
ってそんなのがあるのかよ!
さっき轢かれたのって俺のフィギュアだったのかよ!!
「はい、いま、フィギュアのCMが流れていると思います、これですね。ドロイドバスター・キミカの水着バージョン。夏ですからねー」
え?水着バージョン?水着なんて着てなかったよ?
「水着って着てなかったよ?」
と俺がデブに言うと、
「あのフィギュアは服を着た状態で売られてて、服を外すと下からスク水になるようになってるんだよ…」
「うわぁ…」
いや、うわぁ…だけじゃない。うわぁ…ってレベルの話じゃないぞ!今日、俺のフィギュアを買った連中が服を外してスク水になった俺のフィギュアを見ながらハァハァと一人エッチをしてるかと思うとおぞましいってレベルじゃないぞおい!!
「どうしたんですか?メイドさん、髪が逆立ってますよ」
しりあがりアナに心配されている。
「邪悪な波動に支配されています…」
俺は震えながらそう答えた。
「それで、テロリストさんは警察に復讐を誓ったんですね」
「僕は、どんなに待ってもキミカのフィギュアは戻ってこないと諦めています。この悔しさの気持ちに覆われたまま、半年後にオクにでるであろうフィギュアを待つしかありませんし。でもね、一つだけ望みが叶うのなら言いたい!彼等にはもう二度とアキバでこんな真似をしてほしくないと思ってるんです!これ以上の僕のような被害者を増やさない為にも!!無意味な職質も説教も買ったものを路上に並べたりするのも!やめてもらいたいんです!!」
「はい、ありがとうございます。視聴者の皆さんに、彼の声は届いたでしょうか?でも視聴者の中には『警察がそんな事をするわけないじゃねーか、オタクザマァwwww』とか思ってたり、思ってるだけならまだしも2chの実況板とかに書き込んでいる人がいるんじゃないですか?そこで!!番組では警察に削除される前に路上に設置してある『監視カメラ』の映像を入手しました。それでは、ご覧頂きましょう。問題のシーンです」
俺達もそのシーンをカメラの液晶映像パネルから見た。
たしかに、路上でデブが職質を受けていてバッグの中のものを『警察』が路上に並べてケータイのカメラでニタニタしながら撮っている。証拠が全部揃っている。
「酷いですねぇ…」
しりあがりアナもドン引きだった。
バイクに俺を象ったフィギュアが破壊された後も警察は謝る素振りすら見せず「いくら?」とデブに聞いてるのだ。
ちょっとだけ外のほうをチラ見してみる。すると、警察は敏感にも今の放送を見ていたようで急いでフィギュアが木っ端微塵になっているであろう道路を箒ではいてテレビに映らないようにしている。保身だけはしっかりしている。仕事はろくにしないくせに。
さて。
ここで俺はaiPadを取り出して掲示板を見てみた。
今までヲタク・警察で支持派はそれぞれ五分五分といったところだったのが一気にヲタク指示へと逆転した。そりゃそうだ、ヲタクじゃなくてもその理不尽さや不可解さに疑問点が出るような職質で、アキバにちょっとした観光に来た人でも「自分が」警察のターゲットにされる可能性も示唆しているのだ。黙っているはずもない。
こりゃぁさっきの「箒」での掃き掃除のレベルじゃないぐらいの警察の保身が見られるかもしれないぞ…って俺が警戒してたら案の定だ、しりあがりアナは外を見ながら大声を張り上げたのだ。
「みてください!警察が、今にも突入しそうです!」
建物の中に雪崩れ込むような準備をしている。外ではヘリが飛んでいて屋上から侵入することも検討しているとしか思えない。デブは慌てて銃を構え、ビルに侵入しようとする警察に狙いを定める。
「あ!」
しりあがりアナは叫んでから急いでカメラマンに窓側へ近づくように手招きする。カメラが近づくと、
「見てください!ヲタク達です!ヲタク達が…ビルの入口を固めています。警察と睨み合いをしています!!侵入させまいと、ヲタク達が…!!今ビルの前に陣取っています!!」
カメラは銃を構えたデブの顔をじっくりと撮る。
デブは泣いていた。
それは困惑でもなく恐怖でもなく怒りでもない、感動による涙。
彼と志を同じくする者達の気持ちは彼と共にあったのだ。知りもしない、話すらしたことのない、ただアキバに居たというヲタク達が何故かデブを守るために警察の突入を邪魔している。
「みんな…」
銃を構えたデブは感動で震えて涙を流す。その様子をカメラはじっと撮った。しりあがりアナも何故か押し黙って少し前までやっていたうるさい解説は一切しなかった。
ただ黙ってデブの涙を見つめていた。
俺は静かにaiPadの掲示板の更新ボタンを押した。
「アキバに行ってくるわwww」「みんなで警察の邪魔をしようずwww」「あのビルの入口に用事があったの思い出したわwwwww」「なんか面白そうなので行ってきます。もうアキバにいるけど」
ビルの外から撮ったであろう写真なども掲示板にアップされはじめる。次から次へとその数は増す。あの人混みの中にいるのだ、ただの野次馬に見えるがヲタク達が、彼の仲間が、ネラーが。
そしてカメラは捉えた。東京テレビのカメラだけは、警察が一般人に…ただビルの前に陣取っているオタク達に、銃を向けて「どきなさい」と指示しているシーンを。
どんなに隠し通していても本音はなかなか隠せないものだ。数多の行動の中で規律を守り通す事などなんら信念もない人間ならなおさら無理なのだ。警察はミスを犯した。
重大なミスを。
すぐさまようつべ(動画サイト)にそれらの映像がアップされた。
すぐに消される。
だがまたアップされる。
そしてすぐに消される。
しかし、それでもまだまだ、アップされる。消すほうが追いつかないほどに、消せば消すほど、まるでそれらの行為に過剰に反応する免疫機能のごとくどんどん膨れ上がっていくコピーの嵐。
警察は突入を諦めた。