116 ヲタク・ロックンロール 2

それからまだおカフェで2時間ほどお酒を楽しんだ。
まだまだ時間があるのでアキバの電脳街にでも行こうかと思って店を出て歩いていた時だった。
何やら警察官が2名ほど一人のデブを職質していた。
そのデブはあのデブ(ケイスケ)と同じで180か190はあろうかという巨漢で周囲にいる警察官が小人に見えるほど。しかし態度は小人のほうが十二分に偉そうではある。
デブは狼狽(うろた)えていて頑(かたく)なにバッグの中身を見せようとしない。
警察官はデブがバッグの中に怪しいものでも隠してるんじゃないかと疑ってるのだろうか?でもどう考えてもアキバで萌え系アイテムを買って一応はカバーかかってるけど電車の中とかでカバーが透けて中身の萌えキャラが一般人に見られるのが恥ずかしくてバッグの中に入れて帰る途中のヲタクに見えるんだけど。
「いいからバッグを開けて中身を見せなさい」
とヘラヘラしながら警察官が言う。
「さっき見せたじゃないか!もういいでしょう?!」
見せたのにもう一度見せろとは…?
しかしそうこう言っている間に警察官のうち一人がバッグを取り上げて中身の商品を一つ一つ路上に置いたのだ。
ひとつは薄い同人誌の本。ひとつはフィギュア。ひとつはスクール水着?のようなものだ。多分アニメのキャンペーンか何かで話内に登場してるキャラが着てたって設定でスク水を配ってたりするアレだとは思う…けども、警察官2名はそれが珍しいのかそのままケータイのカメラに収めていたりもする。恥ずかしそうにするデブ。
「いい大人がこんなものを…キミ、歳はいくつ?」
そんな事まで言われるのか。職質って怖いな。
「27歳…です…」
「親は?同居してるの?」
「…」
「両親も同居してて、息子がこんなんで、親としちゃぁ世間様には顔見世出来ないじゃないの?どういう気持でこんな(スク水を手にとって)ものを買おうと思ったの?これ中学生のスクール水着だよね」
「それはアニメのキャンペーンで、」
「持ってて恥ずかしくないの?」
そんなやり取りが続く。
俺はその横を静かに通り過ぎようとした。
と、その時だった。
バイクがブーンと警察官の横を通り過ぎたのだ。
その時(バスン)という音が響いた。何事かと俺は音のしたほう(職質してた警察官のほう)を見てみたら警察官がさっき路上に広げいてたフィギュアがバイクに轢かれていたのだ。
バラバラになっていた。
「あ!」
警察官は「やっちまったな」的な顔をしていた。職質で持ち物を路上に広げなければこんな事にはならなかったのだ。バイクに乗っていた人に弁償でもさせようにも既にそこにはいないのだから。
「うわぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁあッ!」
突然、デブは狂ったように叫んだ。
さすがの警察官もビビる。
「限定品なのに、これしか売れ残ってなかったのに!!」
「弁償しますよ、いくら?」
警察がそう言うも、
「お金じゃ買えないんだよォォォオォォォォ!!!」
叫ぶヲタク…。
確かに、限定品が売れて切れてしまうとオークションではかなり高い値段でやり取りされるし、オクで買う場合でも買えるようになるのは最低でも半年後(業者がオークションへの転売対策として、箱を開封するのに国民IDを必要としているから)
「お金じゃ買えないって、それを今買ってきた店で買えばいいでしょ?」って言ってる警察官。やっぱりわかってないな。
「これは限定品だから!!オクに出るのは半年後なんだよ!!それに買えるのは最低でも10倍の値段だし!!」
もうちょっと説明が必要だとは思うけど…必死に言うヲタク。
「たかだか人形ぐらいで…ほら、弁償するから金額を教えて」
「弁償っていうのはなぁ!!(泣きながら)これを(ボロボロになったフィギュアを指さして)元に戻す事を言うんだよォォォ!!お金じゃ元には戻せないんだよ!!!」
うわぁ…デブ発狂してる。
しかし警察官はニヤニヤとそれを見てるだけだ。
何が面白いんだろうか。
いや、確かにこんな体の大きないいオトナが小人みたいな警察官の前で屈んで泣き崩れているのは面白い光景ではあるけども、それは当事者以外の人間からみたらであって、泣かせた当事者(警察官2名)はニヤニヤ出来ないだろう。警察官としてとかじゃなく社会人としてでもなく、人としてどうなんだっていう話だ。
「くだらない。あなたの遊びに付き合ってる暇はないの。はい、もう行っていいから」と冷たくあしらう警察。
これはさすがにヲタクじゃなくてもキレるところだぞ…。
周囲の人達も今までただ通り過ぎていたのにデブが叫びだすから何かと思って集まってきてる。
警察とデブの周囲には人集りが出来ていた。
ヤバいな俺まで関係者って思われたらアレだし、俺は人ごみの中にそっと隠れようかなーなんて思ってた。
その時だった。
「おい!やめろ!!」
警察官が突然叫んだ。
そこで何が起きてるのかようやくわかったのだ。
警察は俺の横に向かってハンドガンを構えている、何故かって、俺の横にデブが居て、そのデブが俺の頭に今にも突き刺さんと言わんばかりにハンドガンを構えているからだ。
ようやくここで状況が分かった。
デブがキレて警察官からハンドガンを奪った。
そしてもう一人のハンドガンを奪われていないほうの警察官は(当然だが)ハンドガンをデブに向けて構えた。
だから、反射的にデブは人質をとって自分の身を守ったのだ。
つまり、人質とは、俺だった。