116 ヲタク・ロックンロール 1

本日は中央首都、東京のアキハバラに来ています。
夏と冬に開催されるというコミックフェスティバル(コミケ)にケイスケが兵士(一般客)として参加するというので、そのついでに俺はアキバに出来たというオトナのカフェ『まだおカフェ』に行く事にした。もちろんMapBookAirを持ってね!!
「後でアキバに立ち寄るにゃん!」
デブ(ケイスケ)はクーラーのある電車内でもその巨体から湯気を出しながら言った。十分冷房は効いてるはずなのにこの湯気…夏のコミケは宇宙空間に全裸で出るようなものだってネットでは揶揄されているぐらいだぞ…大丈夫なのかケイスケは?
そんなこんなで電車は秋葉原に到着。
駅のホームから電光掲示板やらホログラムやらは他の駅とは違ってアニメキャラがそこら中にあって目のやり場に困る。やっぱり東京の秋葉原は本拠居だけあって他の県にあるアキバとは変わってるなぁ。駅のホームから既にアキバ化している。そして駅を出てしばらく歩くと高層ビルの間に網の目のように張り巡らされた遊歩道へと出るがここはここでホログラム映像のアニメキャラが踊っている。もう平日からフェスティバルだよ。ディズニーランドも真っ青だよ。
しばらく歩いたけど俺がMapBookAirを持って気軽に入れそうなオシャレな店がない。フィギュアに電脳部品にネット端末にケータイに漫画にアニメに…Mappleショップもここにはないらしい。ま、あったとしても街の雰囲気には合わないだろうね。
「ふぅ…ここか…」
額の汗を拭いながらようやく辿り着いた目的地。
『まだおカフェ』
まだおカフェは通称で本来の名前は『まるでダメな大人のカフェ』、頭の文字だけとって『ま・だ・おカフェ』となる。
この店は電源も無線通信も可能でカフェと言いつつもお酒なども出す。アキバでは昔からアニヲタとデジモノヲタと電脳工作系ヲタとアイドルヲタがそれぞれ存在しているがまだおカフェはどっちかっていうとデジモノヲタと電脳工作系ヲタ達の集いの場所となっている。ちなみにアニヲタは『りな・かふぇ』、アイドルヲタは『AK48カフェ』(AK48劇場の隣の)のほうに集まる。
隠れ家的場所…というわけだから、そう目立つところにはないと思っていたけど、まさかマンションの1室を改造しているとはねぇ。
店内に入ると薄暗い中でそれぞれのまるで駄目な大人達がお酒はコーヒーなどを嗜みながらも個人用テーブル席やカウンターでデジモノを使ったり、テーブル席では電脳工作談義に華を咲かせている。
素晴らしい。
俺が求めていた男の美学がここにあるんだ。
あ、でもこの店、男しかいないな。ちょっと入りづらい…なぜなら今の俺は中身は男の子だけれど姿は女子高生だから…。
普通なら店内に入れば「いらっしゃいませー」という声が飛んでくるものだけどそれはないようだ。
やっぱりまるで駄目な大人のカフェ、店員もそう簡単には普通の人を雇ってない。とんでもないコミュ障。俺の顔を見て「ウッス」という聞こえるか聞こえないか微妙な小さな声で頭を軽く下げて挨拶している。まるで部室に来た先輩に挨拶するみたいに客に挨拶してる。
席に案内するわけでもなくコップを磨き続ける店員。
俺は適当にカウンター席に座ってメニューを見る。
よし、今日の1杯目はこれにキメた!
「バレンタイン17年。ロックで」
「ッス」
店員は軽く俺に会釈をするとウイスキーグラスと氷を用意して棚からバレンタイン17年を取り出し氷の上から垂れ流す。
「ッス」
軽く会釈をしてから店員は俺の前にウイスキーグラスを置いた。
俺はMapBookAirを広げる。
店内のデジモノが出す明かりの一つにMapBookAirが加わる。
壁紙はスティーブ・ジョブズ…。
これを見るといつも勇気づけられるような気がする。
彼はMapple社を立ち上げた後に一度、『自分が立ち上げた会社に』クビされてるのだ。しかし再び採用されて経営陣に加わって傾いていたMapple社を再び立ち上がらせた。
彼の創りだすデジモノに共通する理念はこうだ。
『自分が欲しいと思うものを創る』
それは日本の企業とは一線を画していた。客が欲しいと思うものを忠実に創りだす日本企業とは異なり、あくまで自分。自分の感性を信じて自分が欲しいと思うものを創りだす。それがたまたま客が望んだものと一致する事もあるが一致しないこともある。
ジョブズは『なぜMappleの商品が売れているのか?』というインタビューでこう答えている。
「自分が創るものを自分がまず好きにならなくて、愛さなくて、誰に好きになってもらえるのか、誰に愛して貰えるのか。世界中の人々に愛して貰える製品を創ろうとすればそれはなんら特徴を持たなくなってしまう。だから私は自分の感性を信じて、世界中の誰からも嫌われたとしても自分だけは好きなものを、愛しているものを創った。そしてたまたまそれが売れただけだ」
このあたりにジョブズの商品に対する愛を感じる。
愛なんだよね、愛。
日本企業みたいに客の顔色を伺って売るものを決めるのは『愛』じゃない。それが商売だというのなら商売だと名乗っても構わないが、それは少なくとも『愛』じゃない。だから売れないんだ。などとバレンタイン17年をチマチマと口の中で注ぎながら、思っていた。
いい雰囲気のお店だ。
たまにはオシャレな喫茶店じゃなくて、こんな感じに都会の風に当てられて疲れた大人達が明日への英気を養うような場所でMBAを広げるのもいいものだな。