115 ロード・オブ・シャングリラ 5

魚の腐ったような臭いがする洞窟内を走り回る俺達。
もうそろそろ出口が見えてもいいはずなのに一向に見えてこない。幸いにも行き止まりがない事だけが救いなのだが…こんな状態ならサハギンに囲まれてボコボコにされて全滅するのも時間の問題だ。
もしパーティが全滅した場合、つまりそれは誰も俺達を蘇生する人間がいなくなることなのだが、外に蘇生をする為のNPCが彷徨いていないという最悪なケースが起きてしまうと制限時間切れで最初のログアウトポイントまで飛ばされてしまう。そして、そこから再びこの海蛇の洞窟までテレポートして装備を回収しなければならない。
その間にメイリンやコーネリアなどのプレーヤーの死体あさりを本職とする、いわゆる『ルータージョブ』にケツの毛まで毟り取られて喘ぎ声も出せなくなる。
実にシビアなゲームである。
「ジッタ!こっちが出口じゃなかったの?!」
俺が叫ぶ。
「ごめん、俺様の方向音痴スキルが発動してるっぽい」
「そんなクソスキル学ぶ暇があったら緊急時のテレポートスキルでも体得しててよ!!」
「俺様の方向音痴スキルはピンチの時に発動するからなー」
「そこ、威張るところじゃない!」
なんて言ってる間に俺達は袋小路へといよいよたどり着いてしまった…。もう完全に詰んだ。詰んだ…と思わせておいて、やっぱり詰んだ。泣きそうだ…。ウンコみたいな装備で来たらよかったよ!
幽霊の半透明マコトが俺達のところまでやってきて、泣きそうな顔でオーバーアクションで何かを伝えようとしている。
なになに…。
『あの盗人こーねりあが、』
『ボクの大切な装備を、』
『漁ってる?』
と、ここでオーバーアクションでコクリと頷くマコト。
クッソガァ!!やっぱりルーター野郎だったか!!
まだ俺達に何かを伝えたいらしい。
マコトは襟首掴むような(不良のような)仕草をして腹パンを食らわしている…これってコーネリアを殺せよコラァ!って言ってるのか。
「今それどころじゃないじゃん!」
「キミカの姉御、ここは姉御のアレで」
「え〜!」
「今使わずにいつ使うんだよ?!」
というジッタの呼びかけにマコトも頷く。
ん〜…。
あれは結構疲れるんだよねぇ。
明日も明日で色々とやらなきゃいけないことがあるのに今日ゲームの中でそのパワーを使ってしまっていいのだろうか…。
「ほら、マコトの兄貴もこう言ってるよ(マコトのジェスチャーの隣で)『今ならまだボクの装備を取り返せる』」
ったくしょうがないなぁ…。
俺は印を結んだ。
「多重・影分身の術!!」
俺の幻影が次から次へと作り上がる。
「でた!!キミカの姉御の多重・影分身の術だ!」
2体、4体、8体、16体、32体、64体…。
どんどん分裂を繰り返す俺。
そもそも『多重・影分身の術』という術は存在しない。
単純に影分身がどんどん分裂していくだけであるが、プレーヤーは一人しかいないわけだから、それぞれの分身を『同時に』操作しなければならない。同時に複数のキャラクターを操作する事は『普通の人間なら』せいぜい出来たとしとしても3体ぐらいまでが限界だろう。AIなどが操作するのなら話は別だけど、そんな事は最初からこのゲームでは出来ないし、やったとすればGMゲームマスター)がキャラデータを削除しにやってくる。
この術は普通の人間にはできないのだ…そして、何故俺にだけできるのかはわからない。ドロイドバスターになる前はこんな芸当できなかったのは確かだ。
モンスターよりも数が多くなった影分身は一斉に印を結び、
「火遁・業火滅失!!」
ごぅ!という音と共に瞬時に周囲の空気が熱くなり炎の塊がフロアいっぱいに広がる。逃げ場がない、そんな状態で炎の塊は第一波が正面に並んだサハギンを焼きつくし、もうこねぇーだろー?と構えた後段のサハギンを第二波が焼きつくす。容赦無い攻撃。
「ヒャアアアアァァァァッ!!!ッハーーーーーー!!!」
ジッタが狂ったように喜ぶ。
マコトが幽霊の状態でガッツポーズ。
はつみは口寄せの術で召喚した妖怪みたいなのと一緒にチマチマと端のほうのサハギンを倒している。
と、その時、なんか滅茶苦茶重くなった。全体がスローモーションになっているように業火滅失の炎もスローモーションで敵に振りかかる。重い…重いよ!!!
「な…んか…重く…ね?」
ジッタがスローに言う。
「お…も…い…」
はつみが言う。
ってかサハギンの援軍がやってきてるじゃん(スローで)
「多ァ重ゥゥ・影ェェ分ンン身…の…じゅ…」
俺はスローで印を結びながら、援軍のサハギンに対応する為、さらに影分身を増やそうとした、その時…。
『Connection lost』
…。
…。
おーい…。