104 母と子 3

何もない空間に向かって話すコーネリア。
「アナタノ子供ハドコニイルノデスカ?」
学校のバッグの中から授業用のノートをグラビティコントロールで取り出し、コーネリアはそれらを一つ一つ写真に物質変換していく。
その写真には2から3歳ぐらいの子供の写真が写っていた。
「コノ子デスネ」
また写真が作られる。
どこかの遊園地で男と子供が写っている写真だ。
「ドコニイルノデスカ?アナタノ助ケタイ人ハ?」
どんどん写真が生成されていく。
その大量に生成される写真を一つ一つ拾っては見ているのは霊能者の高倉だった。口に手を当てて驚きを隠せない様子で
「こ、これ、私の夢の中に出てきた…これも、これも…!」
と言う。
ある写真には男と子供が食事をしている、ある写真には男と子供が一緒にお風呂に入っている、ある写真には子供が遊ぶ姿をカメラで撮影する男がいる。それはまるでどこにでもあるような家族の楽しい時間を収めた写真集の1ページ1ページをスライドショーしているようだ。
いや…違う。
これは写真として撮られたものじゃない。
これは視点だ。
ある一人の人間からみた記憶の瞬間1つ1つが写真のように物質変換の能力によってアウトプットされているだけだ。創り出す写真の中の男も、子供も、どんどん成長していく。
しかし…ある写真を最後にして写真生成は終わった。
病室での写真だった。
心配そうに見つめている男、そして子供。
これが最後の記憶なのか。
部屋に散らかった写真、家族との思い出の記憶、それらの上にどこからか雨のようにポツポツと水が落ちていく。
俺には見えないが、泣いているのかもしれない。
髪の長い女の幽霊はこの写真達の視点、つまり、母親。そして写真の中の男は彼女の夫であり、この子供は彼女の子供だったのだ。
「アタナガ守リタイ人ハ何処デスカ?」
そして、追加でもう一つコーネリアは写真を生成した。
その1枚の写真は今までの「幽霊」が生前に見た視点とは異なるものに見えた。何故なら家族の誰も写っていないのだ。
何故かその視点は横になっており、ベランダのような場所で視点の主は横たわっている風景が想像できる。
さっきの病室のような写真、あれがこの幽霊の生前の最後の記憶だとするのなら…この写真は?なんだか凄い嫌な予感がするぞ。
この写真からは生気が感じられないのだ。
「貸して!」と言い、高倉のオバちゃんはその写真を奪い取った。そして震えながらそれをじっと睨んで、
「あぁ…そんな…」
と言うのだ。
「どうしたの?」と俺が聞くと、
「これは彼女の視点じゃないわ、彼女の子供の視点よ…!ベランダで横たわっているのよ、尋常な事じゃないわ!」
俺の脳裏に色々な不安要素が沸きあがってくる。
あの写真の中の子供が時間軸に沿って成長していれば3歳か4歳。それぐらいの年齢の子供が親元から離れてベランダに寝ている事は普通はありえない、だとしたら事故か…虐待。
しかし、俺の脳裏には何故か虐待されている子供のイメージしか沸いてこなかった。どうして負のイメージで埋め尽くされるのか?いや…このイメージは俺が考えている事じゃない。
何者かに伝送されてる。
「ちょっと待ってね!ちょっと待ってよぉー!今考えるから、ここ、どこなのか考えるから…見たことあるのよねー!」
そう言って写真を持ってガン見する高倉のオバちゃん。
しばらく唸った後、
「あ!そうよ!精鑞工場の煙突よ!えっとね、島根のね…」
住所さえわかれば後は俺の神器が唸るはずだ。そうaiPadならね!
ある程度の場所の目星が立てば写真がどの位置で撮られたものかを分析、判定してくれるのだ。
これが噂の最新技術「ストリートビューアナライザー」だ!
取り出した俺のaiPadはホログラム表示でどの位置から精鑞工場の煙突を見ていたのか、僅か1メートルズレ程度の精度で座標を導き出した。住所だけでなくマンションの何号室かまで。
「すぐに警察に通報するわ!」
そして、高倉のオバちゃんが迅速に警察に連絡したお陰であと一歩のところで死んでいたかもしれない子供が助かった。
未だに信じられない事だったが、高倉のオバちゃんは幽霊が本当にあの子の母親だったのかどうかまで、その情報収集能力によって調べあげた。そして、事実であることが確定されたのだ。
霊となって高倉のオバちゃんの前に現れた女は、闘病の末、病死していた。その夫は再婚して自らの子供と新しい母親との間で普通の家族として過ごしている。
…予定だった。
動物の世界においても人間の世界においても血の繋がっていない子供を育てるという事に違和感を覚える親はいるのは避けられない事実のようで、夫の見ていない時に新妻は虐待を繰り返していたそうだ。
あの日、虐待を受けてベランダに放置されていた子供は、虐待の時に受けた蹴りが内臓まで達しておりそのまま放置すればいずれ死ぬのは時間の問題だった。
夫が知らないのは勿論のこと、新しい母親もまさか自分の軽い蹴りで内臓が破裂するとは思ってもおらず、唯一知っていたのは既に亡くなった本当の血の繋がりのある母親…つまり幽霊だけだった。
事の顛末として虐待をしていた新妻は警察に捕まり然るべき罰を受ける事となった。それは虐待を知らなかったという父親も同様に。
子供については児童養護施設へ預けられた。
それらの顛末を教えてくれたのも高倉のオバちゃんだった。
「私も養護施設育ちなのよ、同じ養護施設だわ」
そう言って高倉は笑った。