104 母と子 2

コーネリアの口調はとてもゆっくりと、そして重々しかった。
一言一言を発するたびにその頃の記憶が蘇ってくるのだろうか、原稿をそのまま読むような感覚をなんとか厳守しようとした彼女だったが、人というものはそれほどに上手く出来てはいないものだ。彼女がドロイドバスターになった今でも感情という制御装置はちゃんと働いていてそして苦しめ続けている。
コーネリアの母親は何年も前から重い病を患っていた。
いつか彼女…いや、彼を一人だけにしてしまうと、それが早く来ないようにと、息子の成長を見届けてから死ぬようにと、精神だけでなんとか生きながらえていたのだろうと、医者はそう言っていたらしい。
こんなに感情的になっているコーネリアは俺は初めてみた。
「母ガ死ンデカラ、私ノ世界ハ色褪セテイキマシタ…私ガドロイドバスターニナッテ、生キ永ラエタトシテモ何ノ価値ガアルノカト…」
コーネリアはそう言って出始めたばかりの三日月を見上げた。
母親の死からコーネリアは体調を崩し倒れた。
精神的なものが引き金になったのだろうというのは本人の感想。
しかしそれはあくまでも生きようとする前提で、その前に立ちはだかる障害を指す感想なのだろう。本当は違うのは俺にはわかる。コーネリアは母親の後を追いたかったのだ。
彼女の上官は、おそらくはもう最期であろうコーネリアの腕を握って「絶対に戻ってこい!」と叫んでいた。
そしてコーネリアは死んだ。
コーネリアの「死体」は手術室であるドロイドバスター生成の研究所へと運ばれたのだろう。
俺がドロイドバスターになったとき、試験管の中から見た景色は研究施設のような、まぁつまりはケイスケの家の地下なわけだが、コーネリアが見たものはそれとは異なるものだったらしい。
まずとても寒くて寂しくて真っ暗なところがあったという。
そして、暫くするとそれが暗いトンネルの中だと気付く。身体は宙を浮いているようでもあり歩いているようでもある。
トンネルを奥へ進めば進むほど寂しく悲しくなる。
しかし自分の後ろは真っ暗で遙か先に光が見えていて、そこが出口だと言わんばかりにトンネルが続いているのだから自然と歩いて行ってしまう。歩き進んでいくことが正しい事だと思ってしまう。
「あの世へ続くトンネル?」
「タブンソウダト思イマス…私ハソレガ分カッテイナガラモ、前ニ進ム事ヲヤメナカッタ…モシ『ドロイドバスター』トシテ復活シテモ、コノ世ニハ私ガ欲シイモノハ何モナイノデスカラ…。ソシテ理(ことわり)ニ納得シテ、奥ヘ進モウトスル私ノ手ヲ誰カガ引ッ張ルノデス…」
「手?」
「ヨクワカリマセン…デモ、トテモ懐カシイ感ジガシマシタ。ズット昔、私ト手ヲ繋イダ母親ノヨウナ…」
「お母さんが助けてくれたのかもね」
「母ガ居ナイコノ世界ニ戻ッテキテモ、私ニハ辛イダケナノニ…」
懐かしい感じがしながらもその手が死んだ母親であると解ったのだろう。だから彼女は『幽霊』を見たと最初に俺に言ったのだ。
この世のすべてが絶望で満たされて一人ぼっちになる事を願ったコーネリア、そして一方では母親と過ごした思い出…繋がりをもう一度取り戻したいと願ったコーネリア…目の色が青でありながらも物質変換の能力を手に入れ、グラビティコントロールまで使えるようになった経緯はそもそもはコーネリアの二律背反の心の状態から来ていたのか。
でも、それでも親は子供の気持ちを無視するんだろう。
それでも幸せになって貰いたいと願うのだろう。
「『親孝行は子が生きてるだけでいい』っていう親もいるぐらいだからなー。母親ならなおさら子供には生きていて貰いたいもんじゃないのかな。それはきっと理屈じゃない世界の話だと思うよ」
と俺は言った。
親不孝者は親よりも先に死ぬ、の真逆の話だけどね。
「子供ニハ、生キテイテモライタイ…理屈ジャナイ話…」
「そうそう」
「Yes!!ソウデス!!ワカリマシタァ!!!」
なんか突然大声をあげるコーネリア。
しかもその大声で高倉のおばちゃんも目を覚ました。
「わかったって?何が?」
「幽霊ガ何ヲシタイノカデス!」
「え?」
「子供ヲ助ケタイノデスヨ!!」
「え?ちょっ…今回の幽霊が母親って決まったわけじゃ…」
その時だった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!やめてぇぇぇぇぇ!!こないでぇぇぇぇ!!!」
色気のないオバちゃんの声だ。
俺には見えないが高倉のオバちゃんには何かが近づいてきてるのが見えているのだ。ちょうど俺とコーネリアがその話題をしていたところである、母親らしき幽霊が今しがたそこに出現したのだろう。
騒ぎを聞きつけた住職もその奥さんも部屋にやってくる。
しかし俺達にはなんら反応しない高倉のオバちゃん。
さっきから部屋の何もない空間を見つめてガクガクと震えている。そこに幽霊がいるのだろうか。だが俺達がその「何もない」空間を見つめたところで幽霊が姿を現すわけでもなかった。
コーネリアは縁側から離れて庭に出て、そして住職に見えない位置まで移動するとドロイドバスターに変身した。
住職は高倉のオバちゃんと幽霊(がいるであろう場所)の間に立って念仏を唱えている。しかし、そこにコーネリアが割って入ったのだ。
セクシーなドレスを着たツインテールの美少女が突然部屋に入ってきて何だろうと慌てる住職。
それに構わず「Hey、Stop」と英語でコーネリアは彼を止める。
コーネリアは空虚なその暗闇をじっと見つめた。しかしその目は怯えでもなく、怒りに燃えているわけでもない。
まるで子供が新しいオモチャでも貰った時のように純粋な『好奇心』だけが眼の奥に光っていた。