104 母と子 1

住職に言われた言葉をどう受け取ったのか俺にはわからなかったが、コーネリアはさっきからずっと黙り込んでいた。
マコトは幽霊が怖いからという理由で、メイリンは幽霊が馬鹿馬鹿しいからという理由でそれぞれが家に帰った。
俺も帰ろうとは思ったのだがソラに「俺も居るから一緒にいてくれ」と頼まれた。ソラは一度俺の超人的な力を見たからか過信しているふしがあるな…俺は幽霊に対しては何もできないんだが…。
結局、その日はそれぞれが家から着替え(下着とパジャマ)を持って住職の家に泊まることになった。
夜に高倉のオバちゃんの意識が戻ると共に、アレが来るからだ。
住職の奥さんがコンビニで弁当を買ってきてくれて、それをみんなで食べる。しかしコーネリアはさっきからずっと物思いにふけっているようで、ご飯は喉を通るような気配が無かった。
そんなに住職はショッキングな話をしたっけ?
そんなこんなで、食事の後、お風呂に入り、お風呂から上がるとコーネリアは一人縁側に座っていた。
まだ夜は寒い。
縁側も風化が激しくて雨風を何年も受けてきたそこはカサッカサの状態。歩けばスースースーと乾いた音が鳴る。
「そこに座ってると幽霊とでくわすよ」と俺がコーネリアに話しかけるも「Yes…」とうかない言葉を返された。
そのカサッカサの縁側には座りたくはなかったがコーネリアの元気が無いのは気になっていたので俺はそこに腰掛けて話を聞くことにした。
「元気が無いじゃん…まさか幽霊にとりつかれてるとか?」
「No…」
今にも幽霊が出そうな夕闇が近づいてきた。山の後ろに太陽が隠れると一気に暗闇が押し寄せてきて山々は真っ黒な巨大な塊になる。そして同時に突然寒くなる。涼しいを通り越して寒い風が風呂あがりの俺の身体を冷やそうとする。
しばらくの無言。
しかし、その沈黙を破ったのはコーネリアだった。
「ジツハ、私ハ一度ダケ幽霊ヲ見タコトガアルノデス…」
「へぇ?どこで?」
「…ドロイドバスターヲ産ミダス、アノ試験管ノナカデス…」
「…マジで?」
「マジデス」
「そんなの、あたしはみなかったよ?」
「ソレハキット、キミカハ強イカラデス」
強いとか弱いとか関係あるのかな?
確かに俺は強いけどね!
それからコーネリアは俺に話してくれたのだ。
自分が幽霊を見ることになったキッカケ。
それはつまり、ドロイドバスターになるまでの話だ。
…。
コーネリアはハワイで米軍基地に在住していた父と母の子として産まれ育った。
しかし大戦時に父は戦死。
母は軍を除隊しハワイに家をかまえてそこで暮らすようになった。
当然ながら米兵に問わず兵職に就くものの殉職は珍しいことではなく、シングルマザー化も珍しくは無かったためか、コーネリアは同じ片親世代の子供達と友達にもなり、何不自由なく暮らしていた。
しかし、そんな彼女…いや、彼を不幸は容赦なく襲った。
先天性の何か難しい病気。
俺はコーネリアからその重い病気の名前を聞くも彼女は日本語に疎く、訳す事が出来ないので英語名でそのまま話しやがった。よって正式名称は言えないし英語をそのまま載せる事は俺の英語の成績がビリから数えたほうが楽だという事もあり、不可能である。
とにかく、その何か難しい病気を治すにはかなり大掛かりな手術が必要らしいし、もちろん手術の費用も莫大なものとなる。
そしてコーネリアは金持ちのお坊ちゃまではないわけだから当然ながら手術の費用を親が稼ぐか募金に頼る事になるが現実はそれほど甘くは無い。金は集まらず病状はどんどん悪化していった。
母親がどんなに気丈を保っていても家族であるコーネリアの前では見透かされるらしい。同時に、彼女…いや彼には母親の苦痛を理解できるだけの裁量はもうあった。そしてこのまま自分はいずれは早い段階で死ぬだろうという未来も悟っていた。
だから…せめて死ぬ前での間、母親と過ごしたいと願った。
母親もそれを理解し、退院届けを出して自宅療養…つまり、死ぬまでの間を自宅で親しいものと過ごすという選択をした。
そんな時だった。
コーネリアの上司であり、俺も何度か会っているあのオッサン、あの人が家に来て「ドロイドバスターになる手術を受ければ命は助かる」と言ったのだ。
これは俺の推測だが既に米軍はドロイドバスターが「一度死んで、死から生還するだけの気合いがある人間ならうまくいく」という情報を何らかのルートで得ていたのかもしれない。
それがコーネリアだったのだ。
大手術を行わなければ直らない病気、そして手術にはお金が必要だが集まらないという現実、そこでコーネリアは死から生還するに足る理由を持っていると判断したのだろう。しかも母親が元々軍人だったという条件から、軍事情報が一般市民に漏れる事もある程度はカバーできる。
それからコーネリアは軍の病院へと移った。
ドロイドバスターにする為の手術…今、その仕組みを俺もコーネリアもわかっているから語れるが、それはつまり死だ。一度死んで再び復活する。さすがに人道的には反するので強制的な死を与えなかったそうだだ。これはつまり彼女の残り少ない命が尽きるのを病院で待つのだ。
コーネリアと母親にとってはなんら変わりも無い、ただ家ではなく、軍の病院で過ごす日々だった。
しかし、ある日、時間になっても母親は病院には現れなかった。
コーネリアがあのオッサン(コーネリアの上官)に聞いても、わからない、けどきっと大丈夫だ、を繰り返すだけだ。
しかし、現実とは呆気なくて厳しいものだ。
母親は死んだのだ。
コーネリアと同じ病で。