103 魂の在り処 5

ソラがキサラとの話で紹介した「専門家」
意外にも地元の寺の住職だった。
住宅街の中に隠れるようにして存在している寺。
寺は車が1台通れるかどうかの細いアスファルトの道を進むと現れ、境内には粗末な石灯籠の風化したような痕跡が残る。6畳あるかないかの小さな畳の部屋に俺達は高倉のオバちゃんを運んだ。
寺と言っても俺がイメージしたものとは程遠く、家と寺が合体していて生活観溢れる風景が俺達が案内された座敷から覗いて見てとれる。こんなところに意識不明とも精神疾患とも思えるような患者を連れてくるのは正気の沙汰ではないようにもとられるが、俺達は今までの話の経緯からは至ってマジであった。
生活観丸出しのハイブリッドな寺で住職ももちろん生活観丸出しの普段着でやってきた。初見では俺はオッサンを近所の誰かかと思ったし「自分が住職だ」と名乗った後でも「本業」を始める前にちょっと様子を見にきただけかとも思った。けれども、そのまま何やらお経を唱えたり拝んだりしたので、あぁ、この普段着でやっちゃうわけね、と俺達は高倉のオバちゃんと出会った時のイカサマ臭を感じざる得なかったのだ。
しばらくして「ふむ、連れ去られとるな」と一言言った。
ソラが住職に聞く。
「連れ去られてるっていうのは、誰にですか?」
「誰にかはよくわからん。たしかわしに連絡を寄越した時、電話越しに『幽霊を見た』とか言っておったが…?」
「ああ、あれはですね、高倉さんがまだ意識があるころに黒い長い髪の幽霊を見たって言ってたんですよ」
さすがは住職。
幽霊というキーワードを聞いてもなんら動揺を見せない。同じような案件を今まで捌いてきたということだろうか?
「ふむ。どのみち『黒い長い髪の幽霊』に聞いてみなければならんな」
さすがは住職。
やっぱり幽霊と対話とかもやっちゃうのか。さっき俺がイカサマ臭いって思ったのは是非訂正させていただきたい。この住職をバカにしたら幽霊が怒って俺に悪さをするかもしれないしな。
「聞けるんですか?」
「いや」
おーい…。
「聞けないが、高倉さんをこっちへ呼べばまたやってくるだろう。その時に誰か霊感がある人が聞けばいい」
そういう事かよ…。
「呼ぶ?呼べるんですか?っていうか、呼べるなら霊に話を聞くとかそういうのはしなくてもいいんじゃないんですか?」
確かにそうだ。このオッサン何を言ってるんだ?
「はっはっはっは!そりゃ呼べるさ。だが呼んだところでまた連れて行かれるんじゃないか?何の解決にもならんよ」
間にコーネリアが興味深そうな顔で話を挟む。
「Oh!耳ナシホウイチデスネー?」
そういえばそんな話があったかな。ある人が幽霊に取り憑かれて、いずれあの世かどっかに連れて行かれるってわかってたから住職に頼んでお経を書いてもらったんだけど、一箇所だけお経を書き忘れて…。
「確カ『ペニス』ニダケオ経ヲ書クノヲ住職ガ躊躇ッタセイデ、女ノ子ニナッチャウ話デスヨネー?」
ちげぇーよ!
「ペニスじゃったかな…?まぁ、どのみちわしはお経は書けんよ。そんな強硬手段をとるより、何で連れて行こうとするのか直接聞いてみて確かめるほうがいいんじゃないか」
「幽霊ガ人ノ話ヲ聞クトハ思エマセン…」
「はっはっは!なかなか面白いことを言うおなごだな!異国の人、お前さんの国にも死んだ人間がどうなるのか、考え方があるだろう?お前さんは死んだら何になるんだ?」
「死ンダラ、天ニ召サレマス」
「それは成仏したらの話だな。もし成仏できなかったら?」
「Ghostニナリマス…」
「では、お前さんはゴーストになったら人の話は聞こうとせんのか?お前さんのいうとおり、人は死んだら極楽浄土、天に召される。それが叶わなんというのは未練があるからだ。その未練が何なのか語れないようなら、獣と同じ、獣と同じなら未練も無い、未練がないなら幽霊としての存在意義も無い、存在意義がないのなら、存在もしない」
「…」
つまり未練を説明できないような幽霊はそもそも存在出来ないっていう事か。いや、存在はしているのだろうけど俺達のような生きている人間が『幽霊』として認識するには、ある程度の未練が必要なのかもしれない。そうでなければ死んだ人間はあらゆるところでいるわけだから、この世は未練のある・ない関わらず俺達が認識できてしまう幽霊でいっぱいになってしまう。
そういう考え方ならこの住職が言ってる事は筋は通ってる。
「わしは霊感なんてもんはないがな、ここで沢山の人を弔ってきたからわかる。寺の裏に墓があるだろう?墓参りに遺族が来てな、ある人は笑顔で、ある人は寂しい顔で、ある人は泣きながら、既にこの世には居ない人との出会いをするんだ。墓地は人と元は人の姿をしていた者との繋がりなんだよ。それは人と人の繋がりとなんら変わりはない」
住職は懐かしむような表情で高倉のオバちゃんを見ながら言う。
「高倉のは霊能者と名乗ってはおるが霊感もゼロ。それでもいろんな人がこやつを頼ってはいたんだが、それもまたこやつの人徳じゃないか。ウソをついても救われるものがあるのなら、そのウソも真になろうて。何かに恨まれるような人間じゃぁない。今から経を唱える。夜にもなれば意識は戻るが、一緒に何者かこの世のものではないものも戻ってくる。その時、高倉のに事情を聞くんだ」
高倉のオバちゃんは今、連れ去られている状態にあるから何かしらの情報が得られるかもしれない、というのが住職の出した作戦だった。それから住職は「ちゃんとした」坊さん用の袈裟を着て再び俺達の前に現れて、お経を唱えた。