99 クズと底辺と社会不適合者 6

それから数日が経過した。
何故か秋村バイオテックスの一件はテレビでは放送されず警察も全く動かなかった。池袋の街中で対立する2大カラーギャングが大暴れした事についても、2大カラーギャングの一方がサイボーグ化していた事についても、一方の誰かが殺された事についても。
しかしネットでは秋村が自分がやった悪事を自供しているレコーダーの音声データが拡散されていた。いくどもいくども消されては復活し、消されては復活した。
テレビではわざとらしく「故人の個人情報がネットに流ている、非常に不謹慎である」とダジャレとも取れるような奇妙な物言いでコメンテーターが偉そうに語っていた。秋村バイオテックスの社長は事故死という扱いになっているだけで、詳細は明かさないままでだ。
だからこの物言いが非常に見苦しい。
ま、どうでもいいけど。
そもそもテレビの情報を正としていない殆どの人達は、悪事の一つが暴露された事でそれに関わった人間をバッシングする運動になりつつある。それは悪事そのものを行なってきた秋村バイオテックスであり、隠蔽してきたマスコミであり、警察でもある。
後は火の粉がなるべく降りかからないように、それでいて日本人を満足させるであろう情報へと警察やマスコミや秋村バイオテックスという悪徳企業が、それぞれを補正するだけだ。
いわゆる「トカゲの尻尾切り」
そして、いつしかネットには秋村バイオテックスの社長である故秋村の最期のシーンがアップロードされていた。
ヘリがビル最上階へと接近してガトリング砲を放ち、それに続いて秋村がヘリに飛び乗ろうとして、あの近さで残念にも失敗して(俺が原因だけどね)地面に叩きつけられる動画である。
ビデオに付けられているタグには以下のようになっていた。
『ヒーロー』
『ブルーマンティス』
『秋村』
『悪徳企業』
『自殺』
『運動神経鈍すぎ』
『秋村のジャンプ力は1メートル以下』
そしてコメント欄には、秋村が死んだ事や、『誰か』がそれに導いた事を賛美する意見が並んでいる。
しかし時々「企業テロを許すな」というコメントが入る。
だがそれに続いて現れるのは「テロではない、これが本物のヒーローだ。アンタには何も解っちゃいねぇ」という書き込みだ。
俺にはそれがあのブルーマンティスのメンバー達が残したメッセージのようにも思えた。もしかしたらそうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。しかし、あのAKIRAに出てきそうな暴走族連中がネット端末の前で書き込んでいると思うと、ちょっと笑ってしまう。
あいつらは元気にしているだろうか。
俺は少しだけだが、あいつらが普段の何気ない生活に戻っていて欲しいと願った。他人の為に何かを願う事は俺の中では珍しい事なのだが…。まぁ、それはいいや。たまには「気が向く」事もある。
そういえば…語って置かなければならない事がある。
あのヤクザの事務所の件だ。
あれから俺は依頼を受けたヤクザ事務所へと向かった。北九州小倉のソープ街が並んでいる中にある事務所だ。
もちろん目的はスカーレットである。
しかし、俺が行った時は蛻(もぬけ)のから。
殆ど大破したような状態だった事務所はお城のようなデザインでピンク色の破廉恥な建物…ソープビルへと変貌していた。場所にもよるがこの辺りではなんら珍しくないデザイン。
どういう事なんだ?と俺は鬼の形相で周囲を散策し、あやうく警察を呼ばれる事態にまでなりそうだった。
逃げたのだろう。事務所ごと。
スカーレットの指示って事か!!
俺はもう一度大暴れをして事務所跡地に建っていた糞ソープビルを破壊し、ついでに九州で最も治安が悪い地域を地図上から消してやろうと思ったけどやめておいた。
それから数日して、俺の口座に金が振り込まれた。
チナツさんに言わせれば「スカーレットのフロント企業っぽいところだとは思うが詳細はわからない」との事だった。そして「給料として扱っておけばいいのではないか?」とも言われた。
振り込まれた金額は壮絶なものだった。
その金額は俺がそれまで銀行に残しておいた俺の貯金が情けなくなるほどの巨額であった。入金されて嬉しいと思う一方で情けない気持ちになったのは言うまでもない。
…。
それから数日後、郵便が届いた。
差出人はジロウだった。
俺の記憶にはあいつと過ごした数日間が蘇ってくる。
堅苦しい字で「そのせつはありがとうございました。無事手術が終わりました」と書かれてあった。
一枚の写真が入っており、そこには病室で息子と一緒に恥ずかしそうに笑っているジロウが写っていた。そしてその手紙には詳細を明かすなという命令なのか、差出人の部分には「ジロウ」とだけ書かれてある。
相変わらず不器用らしい。