99 クズと底辺と社会不適合者 4

俺は秋村バイオテックスのビルの前に居る。
池袋の街を見下ろすかのように建てられているビル。
秋村バイオテックスのフロアはこのビルの上。むしろ、見下ろす為にその位置に事務所を構えているようにすら思える。
そこから見えるものはなんだろうか?
俺は…カラーギャングは、ヤクザは、どう映っているのだろうか。
『彼等』はソレを虫けらと呼ぶだろう。
そう、虫けら…。
俺が出会ったヤクザも、カラーギャングもまた虫けらだった。
決して人間としての尊厳を望んでいるわけではない。プライドがあるわけでもなく、地位や名声を手に入れたいという志があるわけでもない。
底辺であり、社会不適合者だ。
飯の種にもならないちっぽけなプライドを必死に支えようとする中間層達が自分達の存在意義を証明できる唯一の存在だ。
「俺達のまだまだ下がいる」と。
しかし、その『下』から這い上がってくるものがいる。
『彼等』が『虫けら』と呼ぶ者達の群れから飛び出した虫一匹がビルの前にいる。これから彼等にとって大変な事をしでかすであろう虫が今ここに悠々と立っている。
例えばそれはゴキブリのように、あっさり叩き殺されるであろうその虫は、殺されても殺されても人間達に恐怖を与え続けた。彼等は人間を見たら逃げるどころか立ち向かうことさえもする。
いつしか人は言ったのだ。
「ゴキブリを1匹見つけたら10匹はいると思え」と。
そのセリフが表すのは恐怖以外の何者でもない。
彼等は自分達のプライドを維持するために底辺という幻想を創りだした。理解できない価値観を持った人間に社会不適合者というレッテルを貼った。しかし彼等はいつしか気付かされるだろう。
弱さや強さはただのベクトルの違いでしかないことを。
ひょっとしたら…もう気づいているのかもしれない。
受付のアンドロイドが俺に気付いた。
既に受付の業務を終わらせる段取りを整えているところだったようだ。
「秋村晴彦社長に会わせて貰えますか?」
俺が話し掛けると、
「ご予定にはないようです」
と答えられた。
さて、大暴れしようか。…などと思ってた時だった。
突然、アンドロイドは俺に、
「ご案内致します」
と言ったのだ。
エレベーターに案内された。どうやらこのビルの最上階は社長室になっていて、その下が秋村バイオテックスの事務所らしい。そして行き先を表すホログラムには『社長室』の文字。
へぇ…監視カメラか何かを見て俺をここへと案内したって事か。
なんとなくは察知しながらも俺は社長室のドアを開いた。
しかし、そこには秋村バイオテックスの社長「秋村晴彦」ではなく、まったく別の顔の、俺の知る人物がいたのだ。
「いやぁ〜!驚きましたねぇ!!」
情報屋の井ノ内。それが、拍手しながら言う。
情報屋さん、勝手に社長室に入っちゃダメだよ」
「あらぁ?まだお気づきじゃないんですかぁ?」
「は?」
「僕が、秋村晴彦なんですよぉ?知ってました?知りませんよねぇ…」
「顔が違うじゃん…」
「プチ整形です」
おいおいおい、プチってレベルじゃないぞ。
別人じゃないか。
「それにしても、遥々田舎からお越しくださったどこの馬の骨ともわからない貴方達があっというまにカラーギャングの頂点に立ったんですからねェ!!驚きましたよォォォ!!そして…鼻もいい」
そう言って情報屋…いや、秋村晴彦は俺を睨む。
「レッドツェッペリンの金田が『情報屋』ってキーワードを出してたからなんとなぁーく胡散臭い感じはしてたけど、これで点と線が全部繋がったよ。秋村バイオテックスの社長が情報屋で金田にパワードスーツ…いや、サイボーグ化を進めたのもアンタだったんだね」
「ご名答!」
「じゃあクリスマスに金田の彼女をレイプして連れ去ったのもアンタって事になるのかな?」
「それはハズレ。それは誘拐罪に問われちゃうし…あ〜婦女暴行罪もかぁ…なによりストーリーとしては陳腐だよねー!」
ストーリー…?
じゃあ、そこに一発逆転的な面白さを追求しているって事か?
「最初っから金田の彼女なんてのは居なかった…って事?」
「ご名答!」
その時、俺の背後の扉が開き、コツコツというパンプスの音が聞こえた。どこの会社にでもいるようなオフィス・レディの格好の、金田の彼女が居たのだ。俺は写真を見ているから知っている。金田と一緒に映っていた女だった。
「金田が『彼女』と過ごしたあま〜い日々はぜ〜んぶ作り物でしたァ!アハハハハハ!びっくりした?ねぇびっくりしたァ?!」
俺はわざとびっくりしたジェスチャーをして秋村とその女を見ながら、棒読みで、
「こりゃぁおったまげたァ」
と言った。
その反応を見て、井ノ内…いや、秋山はあの情報屋のフランクな表情から一変させ鋭い表情へと変わって、
「それにしても解せんなぁ…キミは田舎からやってきてカラーギャングの頂点にまで登りつめた。しかしまるで僕の描いたストーリーをB級映画でも見るように受け止めている。てっきりブルーマンティスのボスとして今回の抗争の裏に隠れている僕を見つけだして、キレてここにきたんだと思ってるんですけどねぇ…キミは何者なんですかァ?…あのカラーギャング達とはひと味ちがうようでもありますねぇ」
なんとなく自己紹介してくれ的な雰囲気だ。
けれども…こいつにベラベラと自己紹介するほど俺は自分語りが好きな暇人じゃないって事ですよ、っと。
「あたしの事はとりあえずはいいよ。それよりもアンタだよ。なんで秋村社長が情報屋に扮して今回の争いを起こさせてるの?部下に任せて自分は社長室で資料にハンコでも押してるもんじゃないのかな、普通」
それを聞いた秋村は肩をピクピクと揺らしながら言う。
「ふふふ…それは僕が人間がだーいすきだからですよォ!愛してるんです!人間を!でも人間個人個人を愛しているのとは違いますよォー!人間全体をです!!僕は小学の頃から歴史が大好きでしてねぇ!人間の歴史とは戦いの歴史ではないですかァ!いつも不思議に思ってたんですよねー…歴史の教科書には『戦い』が行われた事しか書かれてなくて、なぜ人が戦ったかなんてどこにも書かれてない。そりゃ女が理由だったり金や権力が理由だったりするんでしょうけどねー。だから僕は歴史の教科書では満足できなくなっちゃったんですよねー、きっと」
「それで実際の人間を使って争いを起こしたわけか」
「ご名答!彼等は下等で底辺で社会不適合者で、ある意味、人間としてのベースなんですよね。きっとローマ帝国の人達も、フン族の人達も、ナチス統治下のドイツ人も文化的な生活もありながらベースとしてはカラーギャングと同じだと思うんですよォ!僕のように色々な情報を知って社会に偏見を持って構えている人間よりも、純粋に人間としてのサンプルに使えるんですよ!…そしたら案の定、ちょーっと情報を流したらあっという間にそれを火種にして大炎上!池袋で戦争勃発!楽しいじゃないですかァ!わぁくわくするじゃないですかァ!もちろん、会社としての目的は『パワードスーツ』の実用試験ですけどね」
興奮する秋村。
しかし俺はそれと対照的にどんどん冷めていった。
俺にとっては大して重要じゃない話だと脳が感じてるのかも知れない。秋村と俺は真逆の立ち位置にいるのかもしれない。
「たしかにあたしも『アドバンスド大戦略』っていう戦争ゲームで遊んでるけど、戦争は楽しいと思うよ」
「でしょ?!でしょぉ?!」
「でも戦争は開戦してからが楽しいわけで、それがどういう理由によるものなのかはどうでもいいんだよね。だってそれって、ようは人間ドラマなんだよね。あたしは人間ドラマは嫌いなんだよ」
しばらく間を置いてから秋村は、
「そうですかァ…残念ですねー。でも、キミは人間ドラマが嫌いなんじゃなくて『人間』が嫌いなんだと思いますけどねぇ」
と皮肉も交えて言った。
「ま、そうかもね」
事実、俺はどこへ行ってもぼっちだしね。
ただ、自由を求めているのかもしれない。
人と人が繋がることは寂しさを紛らわすこと、そして情報の交換。このふたつが俺の中で自由と天秤にかけられ、もし自由のほうが重きを置かれる結果となるのなら…俺は自由を求めるのかもしれないな。
「でぇ…その人間嫌いの『キミ』が…カラーギャングの頂点に立った『キミ』がどうしてここへ来たのかなぁ?」
秋村はどうしても俺の色を知りたいらしい。俺の属性を。
秋村の中では俺と言う人間が理解できないのだろう。理解できないものは怖いものなのだろう。だから俺を理解しようとする。つまり、今までストーリーを構築してきた秋村にとって自分の予想通りに動かない「コマ」はストーリーを崩壊させるトリガーになりかねないのだ。
「さっきも言ったけど、あたしは人間ドラマが嫌いなんだよ。特にほら、えーっと、なんだっけ…渡る世間は悪魔ばかりだっけ?ああいう愛憎劇って奴?あれテレビでやってるとさっさとアニメにチャンネルを変えたくなるんだよね、あんなのを楽しんでいる奴がいるっていうのも解せないけどさー…一番ムカつくのは、あれを考えた脚本家だよ。もし目の前にその脚本家がいたらぶっ殺してあげたいねー」
ここまで話して、秋村は今までのニッコリとした微笑みから一転して俺が今まで見た人間の中でも最も「邪悪な」微笑みをした。
敵意を相手に見せる人間で「微笑み」がその敵意となっているパターンの人間は俺の中でも初めてだ。だから、じつはただの俺の勘違いで「微笑み」なのかもしれない。しかし、
「で、キミの目の前には脚本家がいるわけですが」
この秋村の一言で俺は悟った。
秋村は俺の色を知った。
脚本家の立てたストーリーに従わない「資質」を持っている人間は、おそらく、同じ脚本家だけなのだ。
だから俺も敵意むき出しで言ったのだ。
「…うん。その脚本家をぶっ殺しにきた」