99 クズと底辺と社会不適合者 3

待っていた俺の元にジロウがやってきた。
そして耳打ちする。
「やはり秋村バイオテックスの製品ですね、実用化されるまえのものです。これが表ざたになれば…」
「表ざたにはならない。警察も裏で糸引いてるからね」
「しかし…」
「シメがいるんだよ。飲み会でも最後はシメるでしょう。シメがね」
「キミカさん…」
俺とジロウの会話を本田もブルーマンティスのメンバーも聞き耳を立てていた。きっと納得できないのだ。レッドツェッペリンとの抗争に始まって仲間の死、そしてレッドツェッペリンのボスの死。全てが。
しかし俺とジロウの僅かだが重要な会話は、彼らにとって疑念を晴らすのに十分だったのだろうか…。
元ボスである本田が俺に話し掛けてくる。
「キミカの姐御、行くんですね」
…なんだよ、コイツ。
急にカンが鋭くなりやがって。
俺は言った。
「レッドツェッペリンとの闘いにも勝てた。レッドツェッペリンのボスも倒したし、疑念も晴れた。これで池袋の街を闊歩できるじゃん。敵がどこかに潜んでいるかとか気にしなくてもいいし。(パンパンと手を叩いて)War is over!戦争は終わったんだよ!ほら、もっとニコニコしないとね。あんた達カラーギャングはいつもそんなシケたツラしてるような連中じゃないでしょ?昔の不良じゃないだからさ」
「姐御!」
「なんだよ、聞こえてるよ」
「…手伝わせてください。俺達も戦います」
「はぁ?戦うって?戦争は終わったんだよ。誰と戦うの?」
「秋村バイオテックスですよね…」
俺はジロウを睨んだ。
ジロウは「すいません」と謝ったあと「自分の通話、聞かれてたみたいで」と言った。どうやらさっきジロウが電脳化モジュールを調べる際に通話を連中(ブルーマンティス)のメンバーに聞かれたらしい。
俺は深いため息をついた。そして、
「ダメだ」
そう言い放った。
「な、なぜですか!今まで一緒に戦ってきたじゃないですか!」
本田が叫ぶ。
「あたしは今日でブルーマンティスを抜けるよ。今日からアンタがリーダーだよ、本田」
その言葉に動揺しながらも、本田は、
「な、なら俺が、ブルーマンティスのリーダーとしてアンタと一緒に戦う!お前ら!キミカの姐御の為なら死ねるよな!!」という掛け声のあと、なんら躊躇なくブルーマンティスのメンバーは頷いた。
「あんた達が来ても足手まといだ」
「俺達は秋村バイオテックスの連中にハメられてたんスよ?!俺達だけじゃねェ、レッドツェッペリンの連中だってそうだ!あの変なパワードスーツだかサイボーグだかわけのわかんねェもんのテストだかで俺達が利用されたんスよ?!どう落とし前つけてくれんスか?俺達は、俺達の戦争は、まだ終わっちゃいないんスよ!!!」
「もうこれ以上アンタ達の手を汚すなっツッてんの!」
俺の一喝で静まり返った。
俺はそれに続けて、
「アンタ達は底辺でクズで万年ニートで社会不適合者でどうしようもないカスだよ!そのカスどもがカス同士で傷つけあって殺しあって、そこで初めてわかったでしょ?仲間達ののんびり一緒に暮らす時間の大切さってやつをさ!普通に生まれて普通に育った人間には到底理解できないぐらいに、平凡なものを大切に思える心を手に入れたんだよ!またその心を傷つけるの?」
「そ、それは…」
「…これからあたしが行くところは『正真正銘』の屑がいるところだ。あんた達なんて本当の屑からすれば、赤ちゃんみたいなもんだよ。そんな屑とは係わり合いにならないほうがいい。人は簡単に色に染まるんだから。この池袋で警察が機能してないでしょ?あんたたちの仲間が殺された時、警察の誰がマトモに捜査してくれたの?誰もしてない。警察も染まってるから」
ざわめくフロア。思い当たるフシがあるのか、ヒソヒソと「警察が…?」「やっぱりそうなのかよ」という声が聞こえる。
「わかったら家に帰ってテレビを見てな。あたしが人暴れする様が放送されたら『あれが本当のヒーローなんだよ』って見てる人みんなに教えてあげるんだよ」
それから、俺とジロウはブルーマンティスのアジトを出た。
「姐御!」「姐御!」と呼びかけられながら。
最後、俺が振り返ると、ブルーマンティスメンバーが全員が俺に向かって深々と頭を下げ「ありがとうございました!」と叫んでいた。
それからしばらくしてもジロウだけは俺に着いてきた。
もう繁華街である。
「ジロウ、アンタは九州に帰りな」
俺はそう言った。
「じ、自分は帰りません。自分はコレが仕事なんですよ?」
「帰りなよ。足手まといだから」
「これからはガキ同士の喧嘩じゃない。だから、」
「だからだよ。これからはガキ同士の喧嘩じゃない。戦争だよ。相手は理性も常識の欠片もない。いくら街の屑とは言え、同じ人間同士に殺し合いをさせて、そのテストデータを兵器開発にあててる、狡猾でしたたかなクソ野郎だよ。ジロウは警察官だったんでしょ?ジロウは正義感が強そうだし、そういう人間をクズ野郎は利用してくるんだよ」
「キミカさん!あなただってそうでしょう?!」
「あはははは!それ面白いね。本気で言ってるの?」
「本気です…自分、不器用ですから」
「ありがと。でも、周りの人間が思ってるほど、あたしは正義感丸出しじゃないんだよね。最初、チーマーだか暴走族だかカラーギャングだか知らないけど、そんな社会の底辺なんて殺し合いでもして淘汰されればいいって思ってたし、ヤクザの依頼なんだから適当にやって適当に失敗して途中で放り投げようとも思ってたし、こんな事いったらアレだけど、トンキンとか本気でどうでもよかったりするし」
繁華街の喧騒が嘘のように静かになった、ような気がした。
俯いてジロウは言う。
「キミカさん…自分、ヤクザです。キミカさんにとって、社会の底辺で、人間の屑で、社会不適合者じゃないんですか?。…自分がどうなろうが、知ったこっちゃないんじゃないですか?」
「…」
「ついて行かせてください…」
「そうだね…アンタは確かに、社会の底辺で、人間の屑で、社会不適合者だよ。オマケに警察官からヤクザに堕ちた、堕天使みたいなもんだよ。でもね、アンタの子供にとってはアンタは世界でたった一人のお父さんなんだよ」
ジロウは思い出したように、ケータイを見た。
壊れて何も映らなくなっているケータイにはそれまでジロウの子供の画像が表示されていた。俺は最初から気付いていたのかもしれない。ジロウが暇さえあれば子供の顔を見ていたという事を。
「親より先に死ぬ子供を『親不孝』って言う文化があるけどね、子供の成長を見届けないで死ぬ親を呼ぶ文化があってもいいと思う。『子不幸』とか。あたしの親はテロに巻き込まれて二人とも死んだ。だからアンタを殉職させたらアンタの子供があたしと同じ気持ちになるんだろうなって思って、嫌なんだよ。単純に。だから今からすぐに家に帰るんだ。アンタの身体はアンタだけのものじゃない」
そう言い放って、なんとなくまだ引きとめようとするんだろうな、と感じ取った俺はそそくさと人ごみの中へと消えようとしていた。その時、
「キミカさん!」
ジロウの声だ。
ジロウが何かを投げた。
俺はそれが何か、すでに投げる手前でわかっていた。動体視力がいいのでね…。それはデジタルレコーダーだった。
「ありがとう」
俺はそう言って、デジタルレコーダーのスイッチを入れた。
意味はもうわかってる。
相手は狡猾だから奥の手を使ってくるだろう。例え倒れても、別の人間が秋村バイオテックスの跡を継ぐだろうと。だから、相手と戦うのは自分やジロウだけじゃない。世間だと。俺に向かって「キミカが一人で戦ってるんじゃない」というメッセージなのだ。
メッセージはちゃんと受け取ったよ。
さて。
最後のひと暴れを楽しみますかね。
戦争を始めましょう。