99 クズと底辺と社会不適合者 2

静かだった。
男たちの戦いの終わりはとても静かに訪れた。
さっきから雨が降っていたというのに今になって気付かされた、それぐらいにとたんに静かになったのだ。
その小雨の中で、あの190はあろうかという巨漢のデブのあまりにも弱弱しい声が聞こえたのだ。
「どうしてこんな事になっちまったんだろうな…」
情けない声でそう言った。
しかし、俺はここでは終われない。
まだ俺には仕事があるからだ。
「あんたの女が連れ去られた話はもういい。それがウソか本当か、証拠がないからグレーゾーンだよ。でもあんたパワードスーツは?どこで誰から手に入れたの?これはグレーゾーンにはならないよ」
「情報屋に言われたんだよ。俺はひ弱だから頑張ってもブルーマンティスの本田とはやりあえないって…。だから『強い身体』になればブルーマンティスとも互角にやれるって言われた。俺は…俺は直子を取り戻すために、この身体を手に入れたんだ」
「どこで?」
「これは闇医者から手に入れたのさ…情報屋が紹介してくれた」
「闇医者?それ以外には情報は?」
「さぁな」
「秋村バイオテックスって社名は知ってる?」
「秋村バイオテックス…」
「どんな些細な事でもいいから思い出して。秋村バイオテックス、この社名がその身体を手に入れる間の記憶のどこかに残ってる?」
「そういえば…」
「?」
「闇医者が俺を手術した倉庫の手前にその会社の社用車みたいなのが何台か停まっていたような…それが一体どういう…う…うぅ…」
さっきまで普通に話せていた金田の様子がおかしい。
目を白黒させて、全身から汗を出し、額に血管を浮かべている。何かの発作なのか?しかも次第に目から耳から鼻から口から、真っ赤な血を流し始めたのだ。
「お、おい、金田…ど、どうしたんだ?金田?」
心配そうに金田を見るデブ(本田)
「あ、頭が痛い、頭が…割れそうに痛い、頭が、ううううわぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
(パンッ)
割れた。
金田の頭が割れた。
「「「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
叫ぶ本田達ブルーマンティスのメンバー。
金田のピンク色の脳みそが周囲に飛び散ったのだ。
叫ばないほうがおかしい。
俺はすぐさま狙撃者がいるのかと周囲を警戒したがそんな気配はない。何より、俺に近づくものは虫一匹であっても察知できるのだ。銃の弾なんてのは察知できて当たり前なのだから、これは狙撃ではない。
だったらどうやって?
既に「遺体」となった金田の身体を俺は裏返した。
金田の頭蓋骨からはピンクの脳みその残りが垂れてくる。
「うわぁぁぁぁ!何やってんスかぁ!姐御ぉぉぉぉ!!」
「中から破裂してる…」
「え、ちょっ…!」
俺は金田の頭蓋骨を手でこじ開けて、中から電脳ユニットを取り出した。これは電脳化した人間が首と頭の中間部分に取り付けるユニットだ。電脳化の方法にもよるけども、サイボーグ化した奴は俺が今手に持っているような少し大きめのユニットを装着する。これは衝撃などを緩和する緩衝材の役割もする、らしい。そのユニットを見る限りは、どう考えても発火点はこの電脳化ユニットだった。
「ズラかるよ」
「あ、姐御?!」
「ぼーっと突っ立ってたらサツにしょっぴかれるよ!」
「あ、はい。っていうか、その電脳化ユニットどうするんスか?」
「ジロウに調べさせる」
そう言って俺が立ち去ろうとした時、倒れた金田の手に強く握られている写真を見つけたのだ。喧嘩の最中に写真を持っていたのか?
気になって取り上げてみる。
1人の女性と金田が一緒に写っている写真だ。
これが金田の彼女か…二人ともとても幸せそうだ。
金田はこの幸せを取り戻そうとして誰かを不幸にしたのか。それも叶わなかったから…諦めたのかもしれない。戦うことを。生きることを。
まるで不幸のスライドだな…。
何かを手に入れようとしたら誰かを傷つけなければならない。
きっとどこかで誰かが得をしているんだろう…そう信じたい。
俺達は金田の死体を残してアジトへと退却した。
小一時間してからアジトに到着した。
既にブルーマンティスのメンバーが集合していた。
このアジトを発ったときメンバーは全員意気込んでいた。相手をブチのめしてやろうと意気込んでいた。下手すりゃ殺してやろうとまで思っていた奴が居たかも知れない。
そしてブルーマンティスは勝利を得た。
レッドツェッペリンのボスを殺したという結果を残して。
しかし、アジトの重々しい空気は勝利とは似つかわないものだった。本田はあの後、集合した仲間達に向かって今までの経緯を話した。
なぜレッドツェッペリンとブルーマンティスが対立する事になったのか、それが小競り合いが発端ではなく、レッドツェッペリンのボスの女がブルーマンティスのメンバーにより連れ去られてレイプされアキレス腱を切断されたという「噂」の元に起こっていたという事。
そしてそれは噂以外の何モノでもなかったという事。
レッドツェッペリンのボスが死んだ事。
そして…死ぬ前に、レッドツェッペリンとブルーマンティスの戦争の終了を願った事。
若いということは色々と経験しようとすることだと俺は思った。
しかし何かしらの行動には必ず何かしらの結果が付きまとって、お偉いさんの『大人達』から言えば、それらの経験は自分の糧となり将来に生かされるだろうと。
ここにいる彼らは何を経験したのだろうか。
根拠もない情報で相手を疑うことだろうか?
疑いが疑いを呼んで互いに憎み合うことだろうか?
大切な人を誰かに奪われることだろうか?
そして相手にとっての大切な人を傷つけることだろうか?
拳を交わしてお互いの死に際になって初めて疑念が晴れて、あまりにも無駄で罪深い日々を記憶に深く刻んでしまうことだろうか?
全ての経験が全ての人々にとって素晴らしい大切なモノだとは、とても俺は思えない。なるべくなら楽しい日々を送りたい。
苦しい思いをして手に入れた経験は本当に自分をいい方向へと進めることになるのだろうか?それはひょっとしたら、良い方向どころか逆に悪い方向へと進むことに繋がるのではないだろうか?
わからない。
俺にはわからない。
いや、わかってはいるんだろう…若者である俺が未来を潰す事は、それ自体を若者の本能として拒絶しているんだ。