99 クズと底辺と社会不適合者 1

繁華街から離れたマンションやら住宅街がひしめき合う一画。そこにブルーマンティスのメンバーのバイクやら車やらが止まっていた。
「ここらあたりに飛んできたはずだ!探せ!」
叫ぶのは本田。
あの時、俺が蹴り飛ばした金田の身体を捜しているのだ。
そして本田は息を荒くしながら言う。
「キミカの姐御の超スーパーウルトラアルティミットキックを喰らってまだ生きてるとは思ぇねぇが…草の根わけてでも探せ!奴の死を確認するまで俺達の戦争は終わらねぇぞ!」
「普通の人間じゃないからあの程度では死なないかもしれない」
と俺は言う。
そこへジロウが現れた。
ぼろぼろの服で顔には殴られた痕。
腕を痛そうに押さえている。
それを見た本田はニヤっと笑いながら「へっ!さすがのヤクザもカラーギャングの戦争じゃ手傷を負うか!」と笑っている。
「…たいしたことありませんゼ」
苦笑いをするジロウ。
しかし震える手にはケータイが握られていた。あのジロウの子供の画像が納められていたケータイはヒビが入って壊れている。
「ジロウ、アンタは休んでな」
と俺は指示。
「すいません…」
と謝ってジロウは車の傍に座った。
そんな時だった。
奥の路地からブルーマンティスのメンバーが大慌てで走ってきた。
「キミカの姐御!この奥に奴が!まだ生きてます!」
そうとうビビっているのだろう。
そりゃそうだ。
あの金田はパワードスーツを使用している。それがどういうものか兵器の専門家じゃない俺にはわからないが、少なくとも通常の人間じゃ太刀打ちは出来ないだろう。
そして奴は路地の奥でゴミまみれになって転がっていた。周囲にはゴミ箱が並んでいるからゴミ捨て場に落下した後、張って出てきたのだ。
パワードスーツがどういうものなのか、俺は初めてわかった。
人間のように見える外観とは別に身体の中は白い繊維的なものが筋肉の変わりに動いている。これはカーボンファイバーって呼ばれてて強くしなやかな素材で、宇宙ステーションと地上を結ぶ軌道エレベーターの素材にも使われている。
サイボーグの身体を構成する筋肉の素材としても使われることがある、って前にテレビでやってた。つまりパワードスーツは身体に着用するんじゃなくて身体を改造するのだ。どちらかというと武器というより肉体改造…サイボーグの部類に入るだろう。しかし俺の蹴りは本気を出せばドロイドはバリアごと木っ端微塵に粉砕するし、そうなればサイボーグなんてのはドロイドよりも脆いものだ。
本気じゃなかったにしろ、目の前で腰から下が行方不明になっている金田のような状態になってしまうのは納得できる。
「殺してやる…殺してやる…殺してやる…」
唸るように腕だけで這いずって本田に近づいてくる金田。
不気味だ。
テケテケみたいに腕だけで這いずって近づいてくる金田の頭を、2トンはあるんじゃないかっていうぐらいの重量級の足で本田は踏んで、
「何が『殺してやる』だコラ!先にてめェ等のメンバーが俺達ブルーマンティスのメンバー殺したんだろうが!あぁ?!」
とキレてる。
「お前が最初に直子をさらってレイプしたんだろうが!それから病院にいる直子をさらって、そして殺したんだろうが!」
「はぁ?!何言ってんだてめェ?」
そういえば最初にこの池袋に来た時に情報屋の野郎から聞いた話ではそうだったような気がする。っていうと女をさらってレイプしたりしてアキレス腱斬って病院送りにしたのはこのブルーマンティスの元ボス「本田」が絡んでることになる。
俺はジト目でデブ(本田)を睨んだ。
「ちょっ、違いますよ!姐御!信じてくださいよ!」
「でもあたしが情報屋から聞いた話だと相手のカラーギャングの女を連れさらって車でレイプして逃げれないようにアキレス腱斬ったっていう話だったよ?どうなってんの?」
「だから本当にやってないんですってば!(周囲のメンバーに)お前ら、誰かこの金田の女を連れ去ったのか?あぁ?!もしそうならぶっ殺すぞ!今からすぐにぶっ殺す!俺らブルーマンティスは男はボコるが女には暴力は振るわない、そういう主義だ!」
他のメンバーも俺がジト目で睨むと首を横に振る。
「マジで何にもしてないっス」「したか?するわけねーよな?」「ブルーマンティスが立ち上がった時からのルールなんですよ、女には暴力振るわないって」
どうやら本当に誰もしてないっぽい。
「おい、金田!俺達がやったっていう証拠あるのかよ?!」
本田は金田の髪をひっつかんで言う。
「な、直子が、直子が言ってたんだ…去年のクリスマスイブに、お前らが乗ったワゴンに連れ去られて…それで、ブルーマンティスのボスや幹部連中が乗ってて」
「クリスマスイブだぁ?!」
すると話を聞いていたブルーマンティスのメンバーが、
「本田さん…去年のクリスマスイブって…」
「あぁ!そうだよ!思い出したくもねぇ!レッドツェッペリンの連中と喧嘩してサツにしょっぴかれて留置所のなかで糞みたいな飯食わせられてハッピー・メリークリスマスだコラ!」
そう叫んで本田は金田の頭をアスファルトに叩きつけた。
「そんな…何かの間違いだ…そんな…直子がウソを…?」
動揺している金田。
俺の聞いた話とも違う。
その直子っていう女の人は確かにブルーマンティスの幹部連中、及び本田の乗ったワゴンに連れ去られてレイプされてって事を話している。しかし本田にはアリバイがある。では誰が直子を連れ去ったのか?それとも虚言なのか?
「じゃ、てめェはウソかほんとかわからねェ情報屋の情報を頼りにして俺達の仲間殺したって事かオイィ?!間違ってましたスイマセンじゃすまねェぞコラ!!どう落とし前つけんだアァッ?!」
「情報は…確かにあったんだ…ネットでも流れてたし情報屋からもそう聞いた。俺達のメンバーでもあの日、あのクリスマスイブの夜、直子をさらっていく青い布切れを纏った男たちを見たって言ってんだ…」
「キミカの姐御!このヤロウの言ってる事は何一つ証拠がねェ!でたらめだ!こんな奴の言う事信じることァありませんゼ!ボッコボコにしてもいいっスよね?」
本田が俺に向かってそう言い、今にも金田をボコろうとしている。
だが、
「やめろ」
俺は止めた。
「な、なんでですかァ!!」
本田が金田の頭を掴んでいた。その金田はさっきまでの威勢はどこに行ったのかぽろぽろと涙をこぼして泣いていたのだ。
「この野郎ゥ、泣けば許してもらえるとでも、」
「直子は居なくなっちまった、仲間は沢山傷ついて、俺も人を殺してしまった…どうすりゃいいんだ?一体どうすりゃいいんだよ…どうすりゃ元に戻るんだよ…どうすりゃ昔みたいに…俺は、俺は…」
「金田…お前…」
泣いている男を前に、男は戦意を喪失する。
もう本田には金田をボコるだけの意欲がなかったのだろう。奴の身体をアスファルトの上に置いた。
もう金田は這いずってでも逃げ出そうとは思わないようだ。
そして、かすれた声で金田は言う。
「終わりにしよう、なぁ、本田…」
「んだと…てめぇ…」
しかし本田ももう疲れていた。
金田は続ける。
「レッドツェッペリンとブルーマンティスの闘いは今日で終わりだ。もう俺は疲れちまった。俺はどうなってもいい、でも、レッドツェッペリンとブルーマンティスの闘いは今日で終わりだ」
それは事実上、レッドツェッペリンの戦闘終了宣言だった。