97 便利屋・栗原 4

さすがにヤクザは金を持っている。
組長の指示により、組長の側近「ジロウ」と行動を共にする事になった俺だったが、その日のうちに博多から羽田へと飛行機で飛んだのだ。ファーストクラスっていう奴じゃないかコレ。
よほど急ぎの用事なのかな?
しかし、それにはそれでちゃんとした理由があるらしい。
今から羽田につくまでの間に仕事の説明をするらしい。そしてそれがビジネスクラスやエコノミーにしない理由だった。やっぱり他の人間に聞かれてはマズイ内容の話か。
ファーストクラスにて既に空へと上昇してシートベルト解除のアナウンスが行われてから俺は周囲に客室乗務員がいないのを確認して言う。
「あの蓮宝議員の指示だからねぇ…どうせテロのお手伝いの仕事とかでしょ?それか泥棒のお手伝い?」
少しため息をついてからジロウは言う。
「貴方と議員の間にどういう過去があったのか詮索はしませんが、議員は悪い人じゃないですよ。俺も組の者も何度かお世話になった」
「ヤクザの『お世話』する人を世間では『悪い人』って言うんだよ」
ジロウは首を左右にわずかに揺らした。これは口には出さないけど「わかってないなぁ」ってジェスチャーか。
「確かに世間一般ではそうでしょう…しかし、世間一般が正義とは限らない。正義にはそれぞれ方向があって、ある人にとっては」
「ある人にとっては正義でも、ある人にとっては悪…だっけ」
このキーワードはチナツさんから聞いたばっかりだな。
チナツさんは何かを意図して俺にこのキーワードを教えたのか。何かに気づいてほしくて?いや、あの人の事だから俺が何かに気づくのもあの人にとっての娯楽って気がするぞ。
「そうです。そしてそういうのを作り出すのはレッテル張りや偏見です。今の貴方が無条件にヤクザを嫌うように、世間にはレッテルそのものを嫌っている人がいる。中身がどうなのかは見ようとしない。ヤクザだから、外国人だから、女だから…その人にとって都合のいい理由、建前を全面に出して無条件に嫌う」
そりゃ人権が云々といつも高らかに叫んでるヤクザさんだったら、そういう考え方をしなきゃダメだろうね。今更「演技でした!」なら色々な人から怒られる。貫き通す為にレッテル張りだとか偏見野郎を攻撃するのはいたしかたない事だけども…もう気付いてると思うけど、
「でもね、良いか悪いか別にして世の中そうなってるんだからしょうがないじゃん。この前ヤクザがテレビのインタビューで『生活保護を受けれないのは差別だ!ヤクザに人権はないのか?』って吠えてたけど、ネットじゃ『ヤクザに人権はないでしょ』って結論だったよ」
「確かに…人権というキーワードは過剰に反応してしまう人が多いでしょう。でもアナタはどうなんですか?ネットの意見は別にして、アナタは本気でヤクザは死ねばいいと思ってるんですか?」
「あたしはヤクザとスカーレットがつるんでるから攻撃してるだけ。スカーレットはテロの実行犯だし、南軍も警察も指名手配してるよ。それを手伝っているのなら十分に攻撃する理由にはなるね」
「蓮宝議員ですか?」
「そうそう」
「蓮宝議員は確かに保守派からは嫌われてはいますが、別の方向から日本をいい方向へと導こうと考えている人ですよ」
ありえない…町中で戦車を走らせる奴のどこに愛国心が…。
「テロ行為で?」
首を横に振るジロウ。
そりゃジロウのなかではスカーレットは蓮宝議員ではないんだから、首を横に振っても不思議じゃない。騙されてるんだな、コイツも。
「あの人は生粋の左翼で流動性をとても大事にする資本主義者です」
「はぁ…?泥棒をするのと左翼と資本主義が…う〜ん…。意味がわからないよ。あのスカーレットのしている事が結果的に日本にとってプラスになるって事なの?」
意味がわからない。全くもって。
「スカーレットという者についてはよくわかりませんが…」
「今回の依頼だってそのスカーレットから出てるの。泥棒とかだったらあたしは受けないよ?」
「泥棒ではありません。暗殺依頼です」
「ほほぅ…」
ジロウはとある一枚の写真を取り出した。大きさ的には8インチだかそこらはある白黒の写真。そこには一人のハンサムなイケメンが写っていた。イケメンを殺せという事か。きっと依頼主はイケメンに何か深い怒りを覚えているブサメンであろう…。っていうか、依頼主はスカーレットこと蓮宝議員だっけかな。
「秋村晴彦(あきむらはるひこ)秋村バイオテックスの代表取締役社長です。父親の秋村大鉄(あきむらだいてつ)から会社の経営を譲り受けている金持ちのボンボン息子です」
「この人を殺すの?」
「殺すだけなら我々でも出来ます。重要なのはコイツが裏でやってる事業について表沙汰にし、そして殺すという事です。以前から池袋の住民達がパワードスーツにより殺害されているという噂が飛び交っている。そのパワードスーツの開発を手がけているうちの1社が『秋村バイオテックス』メイン事業は『パワードスーツ』の開発です」
「あぁ〜…え〜っと…ちょっと待って」
「はい」
「池袋の住民がパワードスーツに殺されてるって、そんなのニュースには出てなかったよ?」
「噂ですよ、噂」
「…」
「警察にも根回しをして、マスコミも事件自体を隠蔽。企業ぐるみで死体の処理もしている…という話で。自分、生まれも育ちも九州なもので東京の事情にはあまり詳しくありませんが、なんでも池袋の路上に屯っている不良だか暴走族だか同士での抗争がエスカレートするうちにパワードスーツが使用されたという事です」
ここまで聞いて俺はまた余計な一言を言いそうになったけどもこらえた。何を言いたかったというと、「不良同士で喧嘩するのもパワードスーツでの殺し合いも、ヤクザ同士の抗争での撃ち合いも同じようなものなのに、なんで今回だけははるばる九州から来たヤクザさんはさも正義ヅラで止めに入ってるのか」という事。
ほっとけば街の悪い連中同士が自然淘汰されていいのになぁ。
でもそれを言ったらまたしてもイヤーな顔をしそうなのでぐっと、ぐっとこらえておいた。