97 便利屋・栗原 3

ヤクザの事務所はオープンテラスのようになっていた。
つまり、俺の蹴りによる衝撃波でヤクザ数名が壁ごと外へと弾き飛ばされて道路に駐車してある車の上に運良くも落下したからだ。
心地良い春の風がタバコ臭い事務所の中へと吹き込んできて朗らかな春の陽気が上から差し込んでくる。そんな中、数名のヤクザがハンドガンを構えて俺に向けている。
それは映画の中にデジャヴを感じる光景だ。
人を撃つ時はカチャカチャと鳴らすのが礼儀なのだろうか、それとも中学生だか高校生だかの小さな美少女の蹴りで窓が吹き飛ばされてオマケに人も吹き飛ばされ、事務所がオープンテラスになってしまった受け入れがたい現実に本能的に恐怖を覚えているか、どちらかだ。
あまりの緊張と恐怖に耐え切れなくなったのかヤクザの1人、派手な刺青だかタトゥーだかがシャツの隙間から顔を覗かせるパンチパーマの男が「ひッ…ひぃぃ!!!」と、まるで女の子のような悲鳴をあげた。
一方で別のヤクザは、
「どこの組のもんじゃワレァ!!」
と俺に向かって怒鳴る。
「組…?えっと…2年B組」
「学校の話しとんじゃないわワレァ!!」
組っていったらそれしかないでしょうに。
すると、さっきの女の子のような悲鳴をあげたパンチパーマのヤクザが俺に銃を向けてそれを震えでカチャカチャと鳴らしながら、
「ば、化け物がッ!」
と叫んだのだ。
しかし他のヤクザから、
「やめろ!」
と怒鳴り散らされる。俺を撃とうとしたおじさんを叱り飛ばしたのは意外にも若いヤクザの男。組長が座っている机のすぐ隣に立っている。
そこで初老の男、この事務所で一番偉そうな位置に座っている「組長」と思しき男が「銃を収めんか」と言う。
さすがは組長だけはある。
こういう修羅場を幾つか潜り抜けてきたのだろうか、それとも既に死ぬ覚悟をしているのだろうか、落ち着いた、それでいて力強い物言いで他の連中を宥める。
「オジキ、例の何でも屋が言っていたお手伝いさんというのが…」
「あぁ」
その組長の隣に立っている側近らしき男が小声でオジキと呼ばれた男に耳打ちしている。おそらくはそのオジキと呼ばれた初老の彼がこの組で一番偉い人なのだろう。
やはりその効果は大きく、オジキの発言の後、ヤクザ達は渋々と持っているそれぞれの武器を収めた。
そして俺を指さしてから、
「オジキ!こんな化け物だなんて聞いてないですよ!」
「こんぐらいの化けモンだから役に立つと寄越したんだろうが」
「しかし…」
まぁそれはそれでいいや。コイツらに化け物だと呼ばれた事も100歩どころか1000歩譲って許してやろうか。
とりあえず俺はここに急いできたのには理由がある。以前はチンタラしてたらスカーレットはさっさと逃げてしまったからね。今回も、今こうしている間にどこかで逃げる準備をしているような気がしてならないよ。あえて騒ぎを大きくしたらアイツも応戦しようとして出てくるかと思ったけどそうでもないらしい。静かだ。
「スカーレットについて知ってる事を話して」
と俺が言う。
「す、スカーレット?」
組長もその横に立っている側近の男も、顔を見合わせた後首を傾げた。ん〜…スカーレットという名前では仕事のやり取りはしてないか…。
「え〜っと…じゃあ『蓮宝議員』とは何か繋がりがある?」
やはりビンゴだった。
さっきとはリアクションが違う。
何か知っている風だ。
「それを知ってどうすると?」
側近が答える。
組長は目を瞑った。なるほど、そういう事か。
そういう『態度』をとるって事ね。
俺はブレードを引っこ抜いて(0.000012秒)組長の首のところで寸止め(0.000032秒)その高速な動きに後からついてくる側近さん。組長の首が飛んでしまうと焦って俺に銃を向けた。しかし、緊張の為か顔は冷や汗でびっしょり状態だ。
「あたしの動きは見たでしょ?…いや、まぁ見れなかったかな。見れなかったでしょ?もう幼稚園生でもわかると思うけど、その距離で銃を仮に私に向けて撃ったとしてもその弾が着弾するまでの間にこの部屋の人間全員を殺せるよ?どうする…?」
「待ってくれませんか…!」
側近の男は俺に銃を向けたまま、そう言った。それから、
「あなたがここでオジキを殺したら蓮宝議員へ繋がる情報も途切れてしまうんですよ…収めてもらえませんか」
「その時は別を当たるまで」
「蓮宝議員の情報は仕事を請けて、終わらせてくれたらその時ゆっくりお話します…この仕事が終わったらまたここに来てください」
「もしハメたら…わかってるよね?」
俺はブレードを収めた。
そして時同じくして側近の男もハンドガンを収めた。
その男は名前を「片桐次郎」と言った。
組長のボディガードのような存在らしい。
俺はオジキと呼ばれるヤクザ事務所の組長の指示により、その片桐次郎ことジロウと2マンセルで東京へ向かうことになった。