94 Dの食卓 5

翌日の朝。
俺はさっそく自分の部屋でMapProの電源を外したりしていた。
「キミカちゃん、何してるの?」
マコトが聞いてくる。
「ちょっと…このMapProを持っていくの」
「え?故障したの?」
「ん…いや、スタバにね」
「す、スタバァ?!ちょ、ちょっと待ってよ、スタバって『スターバッカス・カフェ』の事?…喫茶店だよね?…え、ちょっ、えぇ?!…喫茶店にデスクトップパソコンを持っていくの?」
「う、うん。…だって、これじゃなきゃ…勝てない」
「か、勝てない?!」
そして俺はそのMapProをキミカの部屋(異次元空間)へと吸い込んだ。中からタチコマの声で「うわぁ!!MapProが出てきたァ!」って声が聞こえたから「触っちゃダメだからね!」と言っておいた。
「か、勝てない…って、い、いったいスタバで何が起こっているのォォォ?!」っていうマコトの声が聞こえたけど、その声には反応せずただただ背中に感じながら俺はスタバへ向けて歩き出したのだ。
そして。
ドヤ場…いや、スタバへ到着した。
いつもの奴を注文した。
そして客席のほうへ。
いる。
あの金髪美少女はこれでもか、っていうぐらいの満面のドヤ顔で王座の隣、たぶん彼女が定めたのであろう、彼女の特等席にじっくりと腰を下ろし、MapBookAirを触っている。
店内の人間は新型MapBookAirを持っているのが俺とその美少女である事は知っているのだろう。今までは俺しか持っていなかったものをあの金髪美少女が持っている。だからか、俺のほうを見て「あぁ、もう1人のMapBookAir持ちが来たな。今までは彼女(キミカ)独占だったけど、もう今は違うな、クク…」という顔で俺を見ている。
スタバにバッグを持ってこないで入ってくるのは、スタバの客としては『ありえない』状態なのだ。そして俺は今、その『ありえない』状態になっている。それを見た客達は驚きを隠せない様子だった。
庶民客も王座近辺に座る常連客も、その俺のとんでもない行為に驚き「気でも狂ったのか…」とでも言いたそうな顔をしている。しかし、あの美少女だけは「あらあら、どうなさったの?ご乱心?まぁしょうがないわねぇ…私に負けたのだから、ショックを受けてそんな風になってしまってもしょうがないわ」とでも言わんばかりの素晴らしいドヤ顔で俺を見ているのだ。
その顔を悲壮感漂う顔に変えてやろう…。
『何も持ってない』俺が半2階(王座やその側近席)がある場所へと登ろうとすると、その入口付近で「はぁ?てめぇみたいな何も持ってない奴がそこに座る権利はねぇんだよ」とでも言いたそうな顔で側近席に座っている男が俺を見てきやがる。
まぁ、そこで黙って見てろよ…今からはじめるからさ。
『 パ ー テ ィ 』を!!
…俺は満面のドヤ顔で特等席に座ると、キミカ部屋(異次元空間)からMapProを引っ張りだした。
(ごぅん)
響き渡る音。
(ミシッ)
軋む机。
どんなに余裕をブッこいている奴でも俺を見る。
正確には店内の誰もが俺のほうを見た。そしてそこには…ここにあるはずのないもの、あるべきではないもの、あって欲しくはないもの(彼等にとって)がある。
MapProが。
「な…」
王座を挟んで反対側の側近席、金髪美少女の座っている側近席から小さな声が聞こえた。その美少女の声だった。
驚いてる…驚いてるぞ!!
勝った!!
俺はMapProを電源ジャックに接続した。そして電源を入れる、と、ウィーンという起動音の後「じゃーん!」というMappleのデスクトップ機が起動された時の心地良い音が聞こえたのだ。
満面のドヤ顔を俺は放ちながら、悠々と椅子に深く腰掛けた。
常連達も相変わらずスタバに入ってきたが、彼等は注文した品をトレーで運びながら客席の入り口付近で立ち止まり、ある者は俺のほうをみてぼーっとして、ある者は驚きのあまりトレーをひっくり返してコップを割ってしまい、ある者は「え?ここはスタバ…だよな?」と店の外に出て店名を確認したりもした。そうだよ!スタバだよ!
そして暫くすると『ゲンさん』と俺が勝手に脳内で名付けている常連中の常連のオッサン(スタバでMapBookAir歴10年ぐらいはありそう)が俺のほうを見て立ち上がり、ぱちぱち…ぱちぱちぱち…と拍手をした。これが噂に聞くスタンディング・オベーションだ。
彼を合図に客席のMapBookAir持ちが次から次へと立ち上がって俺のほうを見ながらぱちぱちぱち!と拍手をしていく。
Mapple信者によるスタンディング・オベーション
最初は礼儀に従ってドヤ顔だった俺も、彼等の拍手の中、どうしてもドヤ顔でいる事は出来なかった。だって人間だもの。
感動のあまり俺は涙を零していた。
ジョブズ…あなたの信者は、かくも紳士であり、そしてよきライバルだ。男たちの熱い拍手の中、女である美少女は悔しそうな顔を浮かべてスタバを後にした。その時は何故かさらに拍手が強くなったような気がする。まるで俺の勝利を称える拍手かのように。
俺はディスプレイに表示されていたいつもの萌壁紙をジョブズの遺影コレクションに変えて、1秒間隔でそれを変更するように設定した。そして、スタンディング・オベーションをするMapple教徒達にそれを見せたのだ。これが俺に出来るせめてもの礼儀だ。
みんな泣いていた。
ここにもジョブズの魂を引き継いだ奴等が、熱い奴等がいる。