92 突入せよ浅間山ホテル 10

夜。
俺とマコトは露天風呂に浸かっていた。
「いやぁ…やっぱお風呂はいいねぇ…」という俺に、
「うんうん」と答えるマコト。
酔った身体に熱い温泉は気持ちいい。アルコールで吹き飛んでいる水分がさらに汗で外に排出されて喉がカラッカラになりそう。そこで水や麦茶など、温泉の外に配置されている無料飲料マシンから水分を摂取すると身体が生き返るような感覚になるんだよね。
こんな風にお酒と温泉っていうのは高みと損失と回復っていうまるで人生ゲームの1シーンのような波を演出してくれるのだ。
さて、そろそろ麦茶を飲んでくるかなー。
俺は立ち上がって脱衣所へと向かった。
その時…。その時だった。
夜の暗闇の中を「ぶんっ」という風を切るような凄まじい音が聞こえたのだ。次の瞬間。
(ごぉぅんッ!)
露天風呂を囲っている少し高い壁が突然木っ端微塵に吹き飛んで、その中から真っ黒い鉄球が現れたのだ。その鉄球はそのまま俺の身体に直撃…する少し前に俺は本能的にドロイドバスターに変身して辛うじてバリアで身体を守った。しかし俺の身体は衝撃波で吹き飛んで脱衣所の壁をぶち破って男風呂の脱衣所に転げ落ちた。
「な、な、な…なんじゃこりゃぁぁぁぁああ!!!」
俺は松田優作ばりのなんじゃこりゃぁぁぁぁああ!!!を思わず口にしてしまった。
「キミカちゃん!」
と、マコトは俺が突き破った壁の穴から飛び込んできた。
「て、鉄球がァァァ!!」
「…って、鉄球ゥ?!」
そんな事を言って驚いている暇なんて無いぐらいに、露天風呂の吹き飛んだ壁の間から警察らしき突入部隊が入ってくる。
そうか。
今思ったよ。
そういえばこのホテルって警察に包囲されてたんだね、って…。
警察の突入部隊は一斉に銃口を俺やマコトや男子脱衣所に居たテロリストに向ける。
しかし、そこはテロリスト、あの鉄球が壁を粉砕する音がしたと同時に逃げる手段を用意していたのだろう。
女性を人質にとって警察を威嚇する。
警察がすぐに発砲しなかったのはこの為だ。
女性を…ってマコトなにやってんの!!
マコトが人質になってんじゃん!!
全裸の男が全裸の女の子(マコト)を後ろから抱きかかえて、そのマコトの頭にハンドガンを突きつけて人質にとっている。
「よーっし…動くなよ」
と言うテロリスト。
警察は警察で、
「もう諦めろ!逃げ場はないぞ」
とか言ってる。
「キミカちゃん!ボクの事はいいから…早く逃げて!」
とか言ってるのはマコトだ。っていうかそれ、言ってみたいから言ってるだけじゃん!!なんでそんなドラマみたいな事言ってんのよ!
そのまま全裸のテロリストは全裸のマコトを人質にしてゆっくりと脱衣所を出ていった。
「ドロイドバスターキミカ?」
警察官の一人がようやく変身後の俺の姿を見てから言う。
「テロリストから人質を助けるために来たんですか?」
と他の警察官が言う。
「あ、あぁ、はい」
と俺は答えておく。
本当はただ温泉とお酒を楽しんでいただけなんだけど…。
とにかく、マコトを助けないと。っていうかマコト一人だけで逃げれるじゃん。逃げれるどころかテロリストを殲滅する事も出来るじゃん。なにが「逃げて!キミカちゃん!」だよ…。
あのテロリストがどこに行ったのかは知ってる。
多分宴会会場だ。
俺は露天風呂のほうへ向かうとグラビティコントロールで飛び上がった。そして宴会会場のフロアの窓をブレードで斬って飛び込んだ。
そこには相変わらず人質になりきっちゃってる女の子…マコトの姿があった。「は、はなせぇ!」とか言ってるし。
「マコト、マコト」
「ん?あ、キミカちゃん!ボクのことはいいから…」
「じゃなくて…変身」
「あ…あぁ!」
忘れてたのかよ!!
マコトはテロリストの手を振りほどき、変身する体勢になった。手と手を組んで神に祈るような格好になる。テロリストはそんなマコトに銃を向けて撃とうとする、が、マコトの身体(全裸)は真っ赤な炎のようなものに包まれた。その波動でハンドガンを落とすテロリスト。次の瞬間、炎の中から変身後のマコトが現れ、
「破爆掌!!」
拳がテロリストに触れるか触れないかのところで炎に包まれるテロリスト。その身体は一気に粉々になって霧のように吹き飛んだ。
エントロピーコントロールで蒸発させてしまったのだ。
「変身できるの忘れてたよ…」
「まぁ…まだ慣れてないしね」
「警察が突入して来たって事は人質のいるフロアで銃撃戦になる可能性があるね…まずいよキミカちゃん!」
「ここは一気に片付ける必要があるね。マコトは透明になって人質のいるフロアに侵入してきて。あたしは警察と一緒に突入するから、突入と同時になるべく沢山のテロリストを倒して」
「ぼ、ボクは透明だから一緒に撃たれちゃう可能性あるのかな…?」
「だぁぁいじょうぶ、だぁぁいじょうぶ」
「本当?」
「しょうしょう撃たれても大丈夫だって。ほら、バリアあるし」
「う、うん…」
そう頷くとマコトは透明になった。
光学迷彩という奴だ。完全には透明にはなってなくて、目を凝らせば何かいるなぁっていうのは判る。ただ、数メートル離れたらもうまったく風景に溶け込んでしまう。
マコトは人質が囚われてるフロアへと消えていった。そして俺は俺でさっきお風呂へ突入してきた警察がいるほうへと向かう。
すぐに合流できた。
「テロリストは2階の一番広い部屋にいるよ」と俺が言うと、
「あぁ、既に把握済みだ」
と警官(恐らく突入部隊のリーダー)は答えた。続けて、
「突入は正面からと窓側から。同時にフラッシュバンを放つから、目を眩ませている隙に一気に片付ける」
と言う。
俺はオマケ情報として、「人質がテロリストの格好をしている場合もあるから気をつけて。逆もまたしかり」と言った。
「え?」
これはさすがに知らなかったか。
すぐに無線で仲間と連絡している警察官。
「武器を持っていてこちらに向けてきた人間を撃つ。それ以外は人質もテロリストも取り押さえろ」と部下に指示した。
と続ける。
『マコト、突入したらフラッシュバンをするらしいから目を瞑っておいて。窓と正面から警察が突入するからそれを合図に暴れまくって。ぐれぐれも人質を殺さないようにね』
『了解!』
そして2階の同窓会会場フロアのドア前に警察の突入部隊と俺は待機。外から暗闇からまだ警察が拡声器でテロリストに語りかけている。
「(秒読みするぞ)」
ドアごしに静かに言う突入部隊リーダー。そして小さく声と手のひらで秒読みを合図する。
「3…2…1…」