91 ガード・ユア・アヌス 10

にぃぁの行為も虚しく、俺達から吸い取ったチョコは少しも吸い取る事は叶わずにどんどんテニスコートの中へと染みこんでいった。
それを前にしてポロポロと涙を零すにぃぁ。
最初はゲロを吐くぐらい気持ち悪かったからと思っていた。
だけれど、にぃぁの涙はバレンタイン当日にチョコの原料がなくなってしまうというパプニングに対する涙だったのだと、染み込んだチョコを手で掘り起こして吸おうとするコイツの姿を見て気付かされた。
にぃぁも別に俺達に悪意があってやってるわけじゃない。
ケイスケにチョコをプレゼントしたいからやってたのだ。
それを思うとなんだか可哀想になってきた。
それは俺以外の連中も同様だったらしい。いつのまにかマコトは意識を取り戻し、俺達の側へとやってきた。そして言う。
「にぃぁは先生にチョコをプレゼントしたいから、集めてたんだよね…。チョコの原料はボク達の…その…お尻の穴から出てくるウンチじゃなくてもいいんだよね?」
「たぶん…」
「じゃあ今からにぃぁがチョコを作るのを手伝ってあげようよ!」
そうか…。
その手があったか!
にぃぁはきっと、欲しい物を手に入れる手段がわからなかったから奪い取っていたんだ!手に入れ方さえ教えれば、そしてその原料を使って自分が欲しい物を作り出す方法がわかれば、誰かから何かを奪わなくてもいいって思うはずだ。
俺はにぃぁの手を引いた。
「にぃぁ、今からチョコの作り方を教えてあげるよ!」
みんなは俺のその決定に同意してくれた。
俺はにぃぁの手を引っ張って学校の近くにあるコンビニに連れていった。そこにチョコの原料である板チョコが売っているはずだ。
「まずいな、チョコが売り切れだ」
さきにお菓子の棚に辿り着いていたメイリンが言う。
「えええ〜…」
板チョコ全部売り切れかよ…まぁ、女子がチョコを作る材料として使うからなぁ…仕方ない、この大量に売れ残ってる「きのこの山」を溶かして使うか。そもそもあんまり売れてないきのこの山を取り扱っているコンビニっていうのも珍しいね。
俺は「きのこの山」をにぃぁに数箱手渡して、お金を手渡して、そしてレジに行かせる。
レジのアンドロイドは驚いている。
ボロボロのアンダルシア高校の学生服を来た女子高生であるにぃぁ(猫耳付き)が薄汚れた顔できのこの山とお金を手渡すのだから。どこの乞食ですか、って目で見てる。
「633円になります…。1000円お預かりします」
と言った後、袋に入れてきのこの山を手渡す。
お釣りときのこの山を手に入れるにぃぁ。
「さ、次は家庭科室へ行くよ」
さらに手を引いて俺達は学校へと戻り、家庭科の先生に事情を話して道具を貸してもらう。
俺はにぃぁに手本を見せる。
「まずは熱でチョコを溶かして…こうやって網を使ってきのこの山のビスケット部分とチョコ部分を分離して…ちょっと味見をしてみよう。ふむふむ。なるほど、チョコの部分ってたけのこの里と同じものを使ってるのだと思ってたけど微妙に味が違うんだね。やっぱりたけのこの里はチョコの部分も優秀だったという事かァ…」
それは置いといて…。
にぃぁにも作り方を真似させる。
一つ一つ、確実に。
昔、ある活動家が飢餓に苦しむとある国の人々の為にと募金を企業から集めて渡した。しかし、それらの募金を使い果たしたその国の人々はまた金をくれとせがんできた。活動家は再び募金を集めて彼らに渡した。それを幾度か繰り返した後、その活動家は募金がどのように使われていたのか調べることにした。
それらの募金は、一部の人間に奪い取られ、本当に飢餓に苦しんでいる人達には行き渡らないばかりか、武器を買う金になってしまっていた。そしてテロリスト達は募金の金を使って買った武器で、近隣を通過する企業の貨物を狙って海賊行為をし始めたのだ。
「恩を仇で返される」という言葉は都市伝説でもなんでもなく、実在する出来事の一つを表している、まさにその一例だ。
「誰かに何かをあげる」という行為は活動家や企業達の自己満足にすぎなかった。そして貰う側にはそれによって「貰う」事や「奪う」という考えのみが浸透してしまった。
俺はにぃぁに今日習ったばっかりのチョコの作り方を教える中で、ふと、そんな話を思い出していた。
とある偉人が言った。
「チョコをあげれば、人は貰ったチョコを喰らい尽くしてしまう。しかし、チョコの作り方を教えてあげれば、人は自らチョコを作り、永遠にチョコを食べて続ける事ができる」
これでにぃぁも一人前だ。もう俺達から原料を得なくてもにぃぁ自身でチョコを作れる。そしてケイスケにプレゼントする事ができる。
俺達は職員室にいるケイスケの席まで来ていた。
「なんですかォ?」
「にぃぁがチョコをあげたいんだって、ケイスケに」
「フヒィ…もうお腹いっぱいニィ…」
「あ゛ぁ゛?」
「はい!はいはい!欲しいですォ!チョコは別腹!女の子ごとに別腹が存在するのでクラスの女子分は既にそれぞれの別腹に格納されて、これからにぃぁが作ったチョコが本来の胃に入るにゃん!」
「よしよし」
ケイスケの前にチョコンと現れたにぃぁは「にゃん!」と言いながら小さな箱に入っているチョコを渡す。
「ありがとうにゃん〜!」
ケイスケはその梱包を解いて、さっそくにぃぁのチョコを食べる。
「もぐもぐもぐ…美味しいですォ!!このチョコは…きのこの山の味がしますにぃ…美味しい美味しい…」
気に入ってもらえたらしい。
にぃぁも大喜びのようだ。
ケイスケとお揃いにしてチョコを食べたいのだろう。
自分用にと、きのこの山を溶かした「ハート型」チョコ(にぃぁ作)を口に放り込んでモグモグしている。
そしてニコニコしながらにぃぁは白目を剥いてブッ倒れた。…どうやらにぃぁが作ったチョコも俺と同じ攻撃力を持っているらしい。