90 社畜達の沈黙 11

俺達の本命だったハンニバルさんでは確実に落とせそうに無かった。神林は最後の最後にとっておきを用意していたのだ。
給料の払った払ってないでは仕掛けるパターンも同じだからな…。
チナツさんはさっきからネットにアクセスしてるっぽい。今ハッキングして情報を集めているんだろう…しかし、それほど時間稼ぎが出来るわけでもない。そして俺達が押され気味になっているのを余裕たっぷりの表情で見ている相手側の弁護人、神林。
敏腕だというのは本当だったらしい。1パーセントでも疑う要素があるのならそれは5分5分になるって事を意味している。最初っから向こうは5分5分に持ち込もうとしていたのだ。
この沈黙を破ったのはハンニバルその人だった。
社畜達よ、なぜ貴様らは黙っている?」
投げかけるように傍聴席に座る社畜達…レイテック社長が連れてきた部下に言う。同僚だった人間も数人は居るんだろう。
「今立ち上がらないでいつ立ち上がるのだ!!貴様らよりも何歳も若い一人の男が(そう言って小森さんを指さす)必死に頑張っているというのに、貴様等はただ黙って会社の言いなりか?それで一体誰が得をするのか、考えた事はあるのか?何故、奴の友を救ってやれなかった?!自分の仲間を守れないで、自分を守れるはずがない!次に過労死するのか貴様等ではないのか?!」
「静粛に!」
裁判長が止めに入る。
「資本主義は待っていても何も得られない!!貴様等が必死に守銭奴の屑社長に尽くしても貴様等は使い捨てのコマに過ぎないのだ!ならどうするか?奪い取るのだ!労働の対価を!人としての尊厳を!希望に満ちあふれた明日を!!社畜達よ…貴様等は畜生ではない。人間だ。かつては人間だったのだ…!」
「静粛に!これ以上騒げば法廷侮辱罪で拘束します」
しかし裁判長のその言葉を待たずに刑務所の看守達が駆けつけた。抑えつけられてハンニバルさんは参考人席から引きずり降ろされた。法廷から強制的に退去させられたのだ。
それでも、社畜達は沈黙したままだった。
押し黙って耐えていた。まるで今の時間がすぎれば自分達が楽になれる瞬間が来るものだと信じているかのように。
『チナツさん…今から被告側の弁護人が呼んだ参考人が来るよ…。耐えれる?今のままでも5分5分だけど』
『ふむ…わからんな』
『誰が来る予定なの?』
『軍の人間だ』
ん〜…嫌な予感がするぞ。
っていうか、俺の嫌な予感はあっちゅうまに的中してしまった。俺の心の準備を待つ時間をも与えない感じだな。
完璧にここで抑えこむつもりか?
軍の人間。
つまりそれは、中央軍司令官のジライヤ、いや東条の野郎。
なんでここでコイツが来るんだよ。一体何の参考人なんだよ?
「お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
と軽く会釈をする神林。
それから陪審員席に向かって言う。
「これからは残業代の未払いがどうとか、教育で受けた苦痛がどうとか、そういう次元の話ではありません。小森さんの『人間性』…そして国家安全保障についての重要参考人にお越しいただきました」
そしてドヤ顔で話を続ける神林。
「皆さんは先程もご覧になられたと思いますが…酷く社会的に不適合な人間が法廷を荒らして帰りましたけども、彼のような人間が資本主義社会では甘い蜜を吸っているのです」
甘い蜜をねぇ…じゃあなんで刑務所で不味い飯食ってんだよ?甘い蜜吸ってるんじゃねーのかよ、おい。
被告側クソ弁護人の神林はさらに続ける。
「働かなくても金を手に入れる方法は幾つもあります。例えば強盗をしたり、例えばひったくりをしたり…そんな中の一つ、企業を脅して金をとる輩がいます。わたくしはそういう輩から企業を…いえ、日本の社会を守ってきました。聞けばあのハンニバルという囚人も小森さんも日本人と外国人のハーフという事ではありませんか。彼らが日本という国をそれほど意識せずに金金キンコと騒ぐのはいたしかたないような気もします。そして、彼等が国家機密である兵器に関する情報を他国に売り渡すのも…いたしかたないのかも知れません」
おいおい…。
その話は解決したんじゃなかったのかよ?
兵器の設計図は確か古いバージョンで既に公開されているものだから問題無かったって話になってるはずじゃん。
「東条さん。彼が何故、軍に拘束され取り調べを行われる事になったのか、説明していただけますか?」
まずいな…これは結構不利だぞ。
俺は急いでネットを見てみた。
社畜とか関係ねーじゃん、国家反逆罪だろ>
<これをごまかすために会社を訴えていたんじゃん>
<ふざけんなクソ外国人が!>
うわぁ…やべぇ…。
東条が発言する。
「一部の情報筋から彼がレイテックから軍事機密情報である兵器の設計図を持ちだしたという話を受け、我々中央軍では警察と協力し彼の行方を追っていました」
すかさずここで補足情報を入れる被告側弁護人。
「あとでこの件は兵器の情報が古いために問題ないと思われたのですが…皆様、いかが思われますか?」
だから問題ないじゃん。
ムカツクな…ドヤ顔で陪審員のアンドロイドに向かって説明していやがるぞ、このクソ弁護人。
「いくら生活が苦しいからと言っても、国を売る人間が果たして得をする社会でよろしいのでしょうか?日本国民の安全を犠牲にしてまでも彼等を救わなければならないのでしょうか?」
言うまでもなくネットでは俺達は劣勢に立たされていた。こういう売国奴的な連中に対するネットの目は厳しい。例えそれが事実無根の事だったとしても、証拠がないのだ…。
実際に軍事情報を持ちだしたのは事実だし。
『ふむ…詰んだな』
チナツさんから電脳通信が。
『キミカちゃん…もうネットはスレッド炎上してるよ…』
『クッソぉ〜…ダメかぁぁ!!』
と、その時だった。
「これについては軍部としても独自に調査をした」
その突然の東条の発言に、顔色が曇る被告側弁護人、神林。
「なぜ兵器の設計図が『社員証の中に』格納されていたのか。確かに兵器の設計図は5年も前のバージョンだったが、情報管理としては非常に如何わしい点が多い」
これは…予定していなかった発言じゃないのか?
めっちゃ慌ててるぞ、神林の野郎。
「東条さん、もうお戻りいただいて結構です」とか言うし。
「いえ。国家機密情報に関する事なので」
ときっちり仕切った後に東条は話を続ける。
「軍部で調べた結果わかった事だが…。レイテックでは社員が『逃げ出さないように』する為に社員証の中に旧式の兵器の設計図を入れて…もちろん、それが旧式の兵器の設計図だとも、設計図が入っている事も言わず『逃げ出せば軍事機密情報の持ち出しの罪により拘束される』と、逃げ出して捕まった社員を脅していたという事実が発覚した。このような目的で兵器の設計図を…いや『軍事情報』を使われては、軍としても非常に問題視せざるえない」
おいおいおい!これもしかして逆転くるか?
その時、
『ふむ、やはり詰みだな』とチナツさんから。
『詰みって…もしかして相手側の詰みって意味だったの?』
『うむ。私が調べていたら軍のデータベースからレイテックのマネーロンダリングに関する報告書が出てきた。既に調べてあるようだ』
さらに続けてジライヤは言う。
軍事産業が軍備に関する重要な要(かなめ)になるのは言うまでもない。それが不正を行なっていたとなれば軍が不正を行なっていた事とも受け取られ軍に対する世論にも影響する。つまりレイテックが行なっていたマネーロンダリングについても見過ごす事は出来ない」
既に用意されていたのだろうか、東条がその発言をした瞬間にホログラムにはレイテックのマネーロンダリングについての報告書や証拠がずらりと…。ぱっと見た限りは一つや二つじゃない。他の下請け会社からも研修と称して人を集めて金を搾取していたようなのだ。
屑はとことん屑だな…。
やってる事が酷すぎて何が普通で何がダメなのかすら忘れているんじゃないのか?マネーロンダリングだって悪い事だと思ってなくてバレたんじゃないのか?クソ野郎どもが!
崩れ落ちるレイテック社長。しかし、最後の悪あがきをしようっていうのか?立ち上がって小森さんに向かって怒鳴り散らす。
「小森!貴様は何もわかってないな!何が労働の対価だ!それは会社が存在するから言えるのだ!それがなくなってしまえば貴様等は給料を貰うことすらできない!何故休日出勤をするのか?何故サービス残業をするのか?それは会社を存続させる為だ!貴様は今、この俺を訴えて金を手に入れるだろう!そして俺はこの会社を潰すだろう!それが自分の首を絞めていることに何故気付かない?!貴様等のような人間が次々に会社を訴えて潰せば日本から企業は消える!それは日本という国の存続を危ぶむ行為だという事に何故気付かない?!」
何を体(てい)のいい言い訳を言ってるんだよ。
マネーロンダリングで不正に金を手に入れていたコイツが何を言おうと無駄なんだよ!綺麗事っていうのは綺麗な人が言わなきゃ意味がないんだよバーカ!
裁判は言うまでもなく、圧倒的な票差で俺達の勝利となった。
それだけじゃない。レイテックは国家反逆罪の疑いで警察と軍による調査が行われる事になった。メシウマだぜ!