90 社畜達の沈黙 7

小森義隆さんは中央軍と思われる兵士達に拘束された。
捕まった場所なら俺は知っている。
以前俺はそこに向かったことがある。
中央軍の基地でもあり防衛省がある場所。そこに俺とマコトは居た。俺は刑事ではなくキミカとして中央軍司令官でもあるジライヤこと東条秀明に面会を申し込んだ。突然の面会だったが、相手が俺だからか奴は何故かアポイントメントを受けた。
マコトは外で待たせておいて、俺は部屋の中に乗り込んでいった。
「何のようだ?」
中央司令官様のお部屋に押しかけた俺は東条を前にして、
「話は聞いてるの?」
と言った。
「話?何のことだ?」
ん?コイツは絡んでないのか?
「軍事情報持ち出しの罪でとある会社の社員が捕まったの。でも本人はそんなつもりなんてないし、軍事情報を持ち出してるって意識も無かった。それで強制連行ってどうなってるの?」
「あぁ、その件か」
「あぁ、じゃないよ!」
「軍事情報を持ちだしたかどうかは今調査中だ。しかし…何故貴様がそれに関わっているのだ?そして何をそんなに興奮している?」
「いや、まぁ、成行きで警察のお手伝いしてた時に…そんな事はどうでもいいんだよ!彼は無実だから」
「彼が軍事情報を持ちだしたかどうかは調べてから決める…そろそろ結果が出ている頃だな」
そう言いながらジライヤは携帯を取り出してどこかと連絡している。それが終わってから、
「残念だったな。彼は社員証の中に兵器の設計図のデータをしまっていた。それを誰に渡そうとしていたのかは今調査中だが」
社員証の中に?
そういえば義隆さんは常に社員証をぶら下げてたな…まるで飼い犬が飼い主を離れても首輪をつけているように。
「彼はそんな自覚はないよ…調査しても誰に渡そうとしていたかなんてわかるはずがない。本人は軍事情報を持ちだしたなんて意識はないんだから!!ただ社員証を首に下げていただけだよ!」
「本人にその意識はなくても、持ちだした事には変わりない」
ジライヤこと東条は冷たく言い放った。
「それが国家反逆罪になるの?」
「そうだな」
「彼は会社が嫌になって抜けだしたんだよ!ただそれだけなんだよ!なんでそれが国家反逆罪になるんだよ?今まで一生懸命、日本の為に兵器の開発をしてきたのに、こんな仕打ちをするの?」
「…」
「あんたは日本を守る立場にあるんだよね?それは外国からの侵略だけなの?この国で働いてる人達が苦しんでるのを黙って見過ごして、それで自分は国を守ってるって言えるの?」
「…」
「それは守ってるって言わない。ただ国の為に動いてるだけ。あんたはただの軍人でしかない。どんなに強い力を持っていても、あんたはただの道具でしかない」
もうこれ以上コイツと話していても解決の道は見えない。
俺は無言で振り返ってから部屋を後にした。
グラビティコントロールで扉を開き、思いっきりグラビティコントロールで扉を強く締めてやった。
…。
それから数日が過ぎた。
あれからどうなったのか。俺もマコトも心のモヤモヤが取れないままにただ時間が過ぎていった。
「キミカちゃん…」
テレビをぼーっと見ていた俺にマコトが話し掛けてくる。
「ん?」
「義隆さんが勤めていた会社に行ってみない?」
「行ってどうするの?」
「今の状況を見てみたいかぁ…とか思ってたりして」
「あれからどうなったのか?」
「うん。もしかしたら釈放されたかもしれないし」
確認してみるか。
このままスルーしても面白くない。話はまだ俺の中では中断されたままになってるんだ。良くも悪くも、オチを知らなければならない。それがこの話に関わった俺とマコトの務め。
俺とマコトは刑事にふんして再び「レイテック」に訪れた。
相変わらずあの社長の怒鳴り声が響いていた。
受付は俺達の顔を見てから既に社長のもとへと駆け込んでいったよ。よほど警察が怖いらしい。そりゃそうか。これだけ違法な労働をさせてるんだ。まともな神経していたら警察が怖くてお天道様の下を歩けないはずだよ。ったくクソッタレだな…。
「はいはい!はいはいはい!なんの御用でしょうか!」
ヘラヘラと笑いながらクソ社長は俺達の元へと駆け寄ってきた。
相変わらず社員に対する態度と俺達に対する態度がガラリと変わるな。ムカつくぐらいに。
「小森義隆さんはあれからどうなったかご存知ですか?」
とマコトが聞くと、「えぇ?」って感じの表情になり、
「え?既に釈放されましたよ」
釈放?
無実の罪を理解してもらえたか…よかった。
社員証の中に兵器の情報が入っていたのですが、あれはやっぱり何かの間違いだったって事ですかね」
警察である俺がそれを言うのも確かに違和感はあるな。この社長からすれば「それはお前らが取り調べでわかってるんじゃないのか?」って感じだからな…本当は軍の連中が取り調べしたんだけど。
「あぁ。あの社員証の中の兵器の情報は既に公開されているものだったんですよ。だから軍事情報持ち出しにはなりませんでした」
「へぇ〜…」
そういう事か。
っていうか、なんでそんなものが社員証の中に入ってるんだ?
「なんでそんなものが社員証の中に入ってたんですかね?」
マコトが俺が聞きたかった事を聞く。
「えええ?!いや、私にはまったく…まぁ彼はそれが高く売れる情報だとか思っていたんじゃないでしょうかねぇ…」
ほんとかよ。
本人はまったく社員証の中にそんなデータが潜んでいるなんて思ってもいない様子だったけどな…。
「今はどこへ?」と俺はオフィスの方をちらちらと見ながら言う。
「あぁ、彼はもう会社を辞めました」
「…そうですか」
そうだよな。辞めたいって言ってたし。
それにしても何かモヤモヤするな。違法な労働を強いられていながら、そのままやめちゃうのか?訴えればいいのに。
「彼の連絡先とかはわかりますか?」
本人にも何か事情的なものを聞いておきたくなった。
なんで訴えなかったのか、とか。
「あぁ、はい。今用意させます」
社長はそこらの社員をひっ捕まえてから一言二言話し、それから俺に小さなメモをよこした。
そこには電話番号が掛かれてある。
俺とマコトはオフィスを出て休憩所へ向かった。
そしてさきほど渡されたメモの電話番号に電話していた。
『はい、小森です』
『あぁ、この前はどうも。釈放されたんだって?聞いたよ』
『あぁ!刑事さん…』
『よかったじゃん』
『はい…。今は再就職先を探しています』
『訴えないの?』
『え?』
『レイテックを訴えればいいのに。あなたに未払いの残業代だとかあるんじゃないの?絞りとってやればいいのに』
『訴えるなんてそんな…自分にはそんな事…』
『そっか』
と俺が小森さんと電話をしていた時だった。
休憩室の隅の長椅子のほうが騒がしい。俺は電話を続けた状態でマコトと一緒に騒ぎの中心へと近づいていった。
社員たちの真ん中で、真っ青になって倒れている男がいる。
それは以前、俺がこのレイテックを訪れていた時、社長に執拗な説教を受けていた男だった。
社員の一人が彼を抱きかかえてから、そして手を彼の口の前に置く。みるみる顔がまっ顔になっていく。
「し、死んでる…」
そう言った。
俺とマコトは駆け寄って倒れた男の手首で脈を測った。死んでる。本当に死んでる。まるで眠るように死んでいる。
『あの…刑事さん?』
『小森さん…あなたの友達が、亡くなくなったよ…今、休憩室で』
『え?ええ?な、何が起きてるんですか?』
『わ、わからない。眠るように死んでる』
「きゅ、救急車を!」
マコトが叫ぶ。
それから数分後には救急隊員がやってきた。
そして小森さんの友達の『死体』を運んでいった。
…。
病院にて。
俺とマコトは医者に死因について聞いた。
医者はこう答えた。
「急性心不全
医者は不摂生な生活が動脈硬化を起こし急性心不全の原因を作り出していた、と俺達に説明した。不摂生な生活…か。
「いやぁ、不摂生な生活をしていたんじゃないですかねぇ。最近は若い人でも食べ過ぎたり飲み過ぎたり、睡眠も十分に取れまいまま遊び呆けているとこうなるケースがありますねぇ」
まるで本人の生活を見てきたかのように言うなよ。
死ねば死んだ人間が悪いのか?
医者は今の状態しか見ないし、見えないし、見ようとしないんだな。原因は動脈硬化…いや、不摂生な生活だろうけど、そんな生活を送らざる得なかった彼の理由こそ原因じゃないのか?
本当の死因は過労死じゃないのか?
過労死って書けよ。診断書に。
何が急性心不全だよ。
イライラしながら俺は廊下に出た。
マコトはイライラを通りすぎて泣きそうになっていた。
「外国人だからこんな扱いなのかな…?」
悲しそうな顔でそう言った。
「違うよ…。違う」
でもそれ以上の事を俺は言えなかった。
酷い扱いだ。理由を説明できないぐらいの酷い扱い。
これが真面目な人間の末路なの?
これが一生懸命働いた人間の末路なの?
レイテックの社長はこんな風に奴隷たちが死んでいる中、その死体の上に自分の王国を築いている…。誰かを騙して、働かせて、過労死させるのが正しい日本の社会のあり方なのか?これが資本主義の本当の姿なの?これが人を幸せにする考え方なの?
誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなら、そんなものはぶっ壊してやりたい。そんなものはぶっ壊して、みんなで幸せになる為に歩みだすのが人間の本当の姿じゃないのか?
あの社長をぶっ殺したい。
わりとマジで。
でも、無関係な俺が奴を殺したところで、それはただ社会のあり方にイラついてる若者の暴走に過ぎないんだ。
安置されている部屋の前を俺達が通りかかった時、中からすすり泣くような声が聞こえた。きっと彼の親が来てるんだろう。
俺は安置室のドアを開けた。
しかし、そこに居たのは親ではなかった。
小森義隆さんだった。
彼の『友達』の遺体に擦り寄るようにして泣いている。
言葉には鳴らない嗚咽にも似た声で泣いている。
小森さんは「逃げたい」と言っていた。
今の会社から。
今の環境から。
それでもやっぱり友達の事はずっと片隅にあったんだろうと思う。だからあの水族館で考えていたんだ。逃げるのか、それとも立ち止まって行動を起こすべきなのか…。
俺に気付いたのか、義隆さんは俺のほうを振り向いた。
頬を大量の涙が伝っていた。
しかしもう、彼は泣き顔では無かった。
何か心に決心を刻んだ顔だった。
そして彼は言った。
「刑事さん…私は、レイテックを訴えます」
そして彼は再び彼の友達の死に顔を見て、そして言った。
「…戦います」