90 社畜達の沈黙 6

「急ごう」
俺とマコトは刑務所を出た。
彼の家に今から向かったとして、そこに彼がいるとは限らない。けれど急がなければならない。
彼は死のうとしているのかも知れないからだ。
ドロイドバスターに変身する俺。そしてマコトもグラビティコントロールで一緒に輸送する。
「まだ、生きてるよね…きっと」
マコトが言う。
「わかんない。けど、今は急ぐだけだよ」
それから小一時間で彼の実家…。
彼の両親が住む場所にたどり着いた。
俺の眼下にはボロいトタンで出来ているアパートの集合体が映っていた。普通なら国が住居を与えてくれるからアパートを管理しているのは国のはずなんだ。だけどこんな『ボロい』状態を維持しているって事はつまり…。格安の家賃をとっている個人営業のアパート。そしてそういうのを利用するのは日本へで稼ぎする労働者だけだ。
着地と同時に変身を解く俺。
そしてアパートの小汚い鉄板床を歩いて行く。
今にも錆びて崩れそうだよ。
「『小森』…ここだね」
「うん」
小森義隆(こもりよしたか)が俺達が追っている人間だ。
その両親の住所をサーチしたらここがヒットした。恐らくビンゴだろう。俺はその小汚いアパートの一室のチャイムを押した。
時代錯誤な質の悪いチャイムが部屋の奥へと響いて、しばらくしてからトントントンと足音が聞こえる。
「はい…どちらさまで…?」
ドアが開くと彼の親に相応しいぐらいの年齢の女性が顔を覗かせた。今は夕食の時間だったらしい。部屋の奥には彼のお父さんらしき人も晩酌をしながらちゃぶ台よこに腰をおろしている。
「息子さんはいらっしゃいますか?」
顔色が曇る母親。
「いえ?息子は今は広島で一人暮らしで…息子が何かしたのですか?あ、あなた達はいったいどなたなの?」
このままじゃ調べることも出来ないだろうな…多分、変な顔するだろうけど警察だと言うか。
俺とマコトは警察手帳(偽装)を取り出してから、
「警察です。おたくの息子さんが務めていた会社から逃げました。彼を追っています…軍事情報を持ちだした疑いがあるので」
「え…?えっ?よしたかが…そんな…」
と、その時、ガクンとその母親の身体は力が抜けて倒れそうになる。そこで俺はグラビティコントロールで支える。ゆっくりと床に寝かせると、異常を知った父親が駆け寄ってくる。
「息子は私達の誇りなんです…何もしていない。悪いことなんてなにも!何かの間違いです!」
息子の事を信じてるんだな…。
「…息子さんは今から何かをしようとします。『何か』を。私達の仕事はそれを阻止する事です。協力してくださいませんか?」
貧血かショックのあまり気絶したのか…母親は今気を取り戻して、そして4人はちゃぶ台を囲んだ。
食欲なんて無くなるよな。自分の息子が警察に追われているだなんて知ったら。そして、俺達の目の前にはさっき食べようとしていた彼等の夕食が冷めて置かれている…。
マコトは言う。
「息子さんは会社から逃げ出しました。会社で嫌な事があったんだと思う。だから今は一番危険なんです。ひょっとしたら…その…」
そのキーワードはなかなか出てこない。
『自殺』っていうキーワードは。
またさっきみたいに母親は倒れるかも知れない。
けれど、俺達は決して彼等の息子を容疑者として追っているんじゃないって事を知ってもらわなきゃいけないんだ。
「自殺、するかもしれないので」
言うのを躊躇っているマコトをよそに、俺は強い口調で言った。
「息子が…向かった場所ですか…」
父親のほうがたどたどしい日本語で言う。ハーフという事だから父親のほうが中国人という事か。
「例えば…思い出の場所…とかありますか?昔家族で一緒に行ったところとか」と俺が言う。
そう。
俺も何かに疲れて心を休ませたい時とかはそんな場所に向かう。
会社から逃げ出し行き場を失った彼が逃げれる場所は家じゃないと思う。だけど家にも勝るとも劣らぬ温かい思い出が誰しもあるはずだ。
そして夫婦は顔を見合わせながら何かを決心したかのように言う。
「水族館です…呉にある…。昔、息子を連れて行きました」
「ありがとうございます」
俺とマコトは小森義隆の両親である、小森夫妻が住むボロっちいアパートを出た後、ドロイドバスターに変身した。
冬の夕暮れは早い。冷たい風が空を飛ぶ俺とマコトの肌を刺激する。
僅かな望みに掛けよう。
小一時間してから呉の水族館へと付いた。
俺は着地しながらドロイドバスターの変身を解いた。
水族館のルートは一つしかないのが殆どだ。順路に従って進んで写真に一致する男を見つければいい。それが義隆さんだ。
俺とマコトは順路を進み写真と観客の顔を見比べながら進んだ。
そしてついに見つけた。
やっぱりビンゴだった。
まだ生きてた。
小森義隆さんは巨大な水槽の側にある支柱に背中を支えさせながら、水槽の中を泳ぎ回る魚達を見ていた。
「小森…義隆さんだね」
俺が声を掛ける。
身体をびくつかせて俺の声に反応する。
そして逃げようとしたところをマコトが道を塞いだ。
「どうして逃げる必要があるの?」
と俺が言う。
「どうしてって…会社に言われて僕を追ってきたんでしょう?」
「軍事情報を持ちだしたから、と聞いてるけど…」
「ええぇ?そ、そんな事してない!」
俺とマコトはお互い顔を見合わせた。
どういう事?
軍事情報を持ちだしたわけじゃなかったのか?でも明らかにそういう罪で追い掛け回されていたような…?ミサカさんの手違い?
「持ち出してないなら…もう逃げるのはやめて戻らない?」
と俺が聞いた。
「もう、あそこには戻りたくない」
今にも泣きそうな声で言う義隆。
俺の脳裏には地面に頭をこすりつけられて怒鳴り散らされる彼の同僚の姿が浮かんだ。
「だからと言って逃げても何も解決しないよ…。この水族館にきて、それからどうするの?次は何をするの?」
「それは…」
「あなたは会社で働いていただけ。悪いのは会社のほう。あれは明らかな違法行為だよ。告訴されてもおかしくないよ。まぁ、とりあえず変な気を起こしていないのならよかった」
『変な気』…つまり自殺。それを理解したのか、顔を顰めさせる義隆さん。俺の顔をチラチラと見ながら、
「みんなは…まだ頑張ってるんですか?」
「みんな?」
「今も会社に残って仕事してるんでしょ?」
「あぁ…頑張ってるところは見たよ。頭を踏んづけられてたっけ…。でもあれは『頑張ってる』んじゃない。あんな事をされてお金を貰うのは間違ってる」
「頭を踏んづけられて…?その人は僕の友達です…」
「あぁ…」
「彼はいつも営業成績が悪くて…あなた達は…誰なんですか?会社の人じゃないんですか?」
俺とマコトは警察手帳を出した。
「け、警察…?」
「まぁ、間違い起こしてなくてよかった」とマコト。それに続けて俺が「別にあんな会社に戻る事はないんじゃないの?清くやめて他の仕事につけばいい。けど、その前に訴えればいいよ」
「う…訴えるなんて…」
「訴えられて当然だよ。明らかに違法だし。人を奴隷みたいに扱って。なんで何も言わないの?訴えればいいじゃん」
「訴えるなんて無理です…それから辞めて他の会社を探すなんてのも…。もう自分にはあとが無いんです。だから…」
「だから…どうするの?会社を辞めて何をするの?」
「それは…」
その時だった。
水族館の客達がざわつき始めた。
物音が聞こえる。複数の足音。
それらは明らかに俺達の周囲に集まってた。
「キミカちゃん!」
マコトがそう言った時は既に周囲には軍の人間と思われる連中が俺達を取り囲んでいた。そしてその手には武器が握られている。
俺の横でマコトが戦闘態勢をとる。
「マコト…ここは従って」
ここで暴れると後々面倒な事になりそうだ。
その兵士の中でスーツ姿の偉そうな奴が一歩前に出てきた。
「小森義隆さんですね。軍事情報持ち出しの罪によりあなたを拘束します。捕らえろ!」