90 社畜達の沈黙 4

あのクソ社長は結局逃げた社員の場所はわからないとのたまった。
本人も探しだしてやりたいなどと言う始末だ。
あんな教育してたなら逃げ出してもしようがないじゃないか。
当初ミサカさんがテロリストの陰謀云々の話で捜査をしていた件もあったけども、今の俺にはそれすらも疑問だった。もっと別のところに問題があるんだよ。絶対に。
などと考えながら廊下に出た俺とマコト。
廊下の隅には自販機コーナーが設置してあって、さっき俺が助けたあの社員が自動販売機の前にいるのが目に止まった。栄養ドリンクをグビグビと飲んでいる。
「あぁ、刑事さん」
俺を見て疲れきった声で言う。刑事さんの「さん」の部分が既に空気が抜けるように言うから発音が微妙だ。
さっきは本気だったのかな?
真意は知っておきたい。
「さっきは自殺しようと思ったの?」
「…いえ、ちょっと疲れていただけです」
なんだか思い当たるフシがあるような顔をしているな。
「今日だって本当はお休みの日のはずじゃん、どうして会社に出てきてるの?あの社長に出てこいって言われてるの?」
「いえ…そういうわけでは…直接『出てこい』と言われる事はないんです。ただ、仕事の成果があげれないのなら、それ相応の事をしなきゃならないって…。みんなも残業時間を競いあったりしてます。残業代は出ないんですけどね」
それは残業しろって言ってるようなもんじゃん。しかも残業で給料がでないのが事実ならそれは違法じゃん。
マコトも納得がいってないようだった。
「こんな人を人として扱わない会社、でていけばいいじゃないですか?潰れてしまえばいいんですよ」
と強気な事を言う。
しかし、そんなマコトのインパクトがある言葉も右から左へと耳の穴を通り抜けて行くようにその社畜…じゃなかった自殺しそうになってた彼の頭の中には届かなかった。
「もしこの会社を出ていく選択をしたら次が無いんです」
「つ、次がないって…他の会社もあるでしょ?」
「いえ…無いんですよ」
「働かないっていう選択肢もあるよ?」
「いえ…その選択肢は…」
働かないっていう選択肢は実際にはある。
昔の日本では働く事が当たり前として行われていたらしいけど、今は制度が整っているので生きていく最低限度の権利と義務はある。もし自由に使えるお金を得たいのなら働く、という事になっているのだ。
だから頭を靴で踏んづけられてまで働かなくてもいいはず…。
しかし、どういうわけかその人には働かない選択肢は無いようだった。頭の中では働きたくないって思っているのはわかる。だけど、その選択肢を選ぶという事は死ぬようなものだといった感じだ。
しかしそれにしても、機密情報を持ちだしたと言われてる『彼』がどこに向かったのか判るような奴はいなさそうだな。もし居たら既に社長に伝えていそうな気もするし。
これで完全に途切れてしまった。
会社の機密情報を持って逃げたと言われる男の行く先。
「結局、フリダシに戻っちゃったね」
とマコト。
「はぁ…またハンニバルさんに聞いてみる?」
と俺が言うと、それを聞いていた社畜の人…じゃなくて、社員の人が俺を見て驚いているのだ。
「ん?」
ハンニバル…?藩丹原(はんにばる)さんの事ですか?」
「んん?あぁ、うん。そうだよ…ってなんで知ってるの?」
「珍しい名前だから覚えていて…元々彼はここの社員なんです」
「ええええ?!」
「えっと…何をしたの?なんで今、刑務所に居るの?」
「私が聞いているのは、彼が今の社長と喧嘩をして、社長の耳を噛み千切ろうとしたので傷害で捕まって刑務所に入れられたとか」
「えええええええ?!」
まぁ、確かに機密情報を持って逃げた社員の行方などを知っていると紹介されたからこの会社とは近い位置にいる人だとは思ってたけど。まさか元社員とは…しかもあのクソ社長の耳を噛み千切ろうと?
…。
…。
…やるじゃん。
噛み千切ってしまえばよかったのに!
余計なところで邪魔が入ったわけだね!
「んじゃ、ハンニバルさんにもう一回会いにいこっか」と俺。
「そうしよっか。彼は何か知ってそうだよ」とマコト。
ハンニバルさんは何か知ってる。ハンニバルさんと逃亡している『彼』は場所は刑務所と逃亡中と違えどほぼ同じだ。
嫌な事があって会社から逃げた。
そして嫌な事があって会社から逃げて刑務所に入った。
彼の気持ちが判るハンニバルさんなら彼がどこへ逃げたかも判る。
俺達は再びタクシーをコールして刑務所へと向かった。
と、その前に。
「ちょっと立ち寄りたいところがあるんだ」
俺はタクシーの運転手にある場所へ向かうよう指示する。
「どこにいくの?」
とマコトに聞かれたので、
労働基準監督署
と答える。
労働基準監督署?何それ?」
「日本では法を無視するような過酷な労働を強いる場合は厳しく罰せられるっていうルールがあるんだ。それを監視しているのが労働基準監督署。本当にそこが機能しているのか確認しにいく…」
「…さっきの様子だと機能していないっぽいね」
労働基準監督署が機能していないのだとしたら、彼等もまた同罪だ。俺はどれだけ連中がクソなのかをこの目で確かめたい。
そして労働基準監督署の前にタクシーは到着。
さて、おっぱじめるか!!
俺とマコトは労働基準監督署のドアを思いっきりぶち開けた。強烈なグラビティコントロールの衝撃でドアは全開になってそれだけでは我慢ならずにビタンッ!と壁に叩きつけられた。
「出てこいクソッたれ監督官ども!」
あれ?受付は?
受付がいないぞ?
これだけ凄まじい音を立てたら普通驚いて出てくるはずだぞ?
「い、いないのかな?休み?」とマコト。
「休みだったら玄関閉めてるよ!さっさと出てこいコラァァ!」
「キミカちゃん…何か音が聞こえない?」
ん?
そういえば…奥のほうから笑い声が…。
「あ、テレビの音だ」
「そういえばそうだ…これタモさんの声じゃない?」
「あぁ。『笑ってもいいです』やってるんだ…そういえば」
俺達はゆっくりと受け付け奥の事務所のほうへと入っていく。
「あっはっはっは!マジウケル!!」と手をパンパン叩きながら20代ぐらいの若い女がテレビを見てる。今の時間は15時…いくらなんでもお昼休み長すぎじゃん…。
ってか、仕事中でしょ?何やってんのコイツ?
俺は茶髪髪のビッチ事務職女の頭に拳銃を突きつけて、
「仕事中でしょ…何やってんのあんた?」
「は、はは、はい?なななな、なんですか?」
両手を頭の上にあげながら俺のほうを振り向くクソビッチ事務職女。顔は引き攣って真っ青。冷や汗を額からにじませてる。
「いやその、あの、休憩…」
「休憩は12時30分から13時30分まででしょ?」
「えっと、その、労働基準監督署の場合は、」
「公務員はどこも同じだよ」
「あのその、えっと」
「他の職員は?」
クソカスビッチ事務職女は震える手で建物の外を指差す。
「はぁぁぁぁ?」
俺の目に飛び込んできたのは元気に野球をする中年の姿だ。
ちょっと休憩中に外に出て野球をやってみました、的なものじゃない。どう考えても直ぐに仕事に戻れる格好じゃない。何故なら、全員野球のユニフォーム着てる。これは本気で野球やってる。
労働基準監督署のクソカス職員は仕事中に一生懸命だ。
一生懸命、「野球」をやってる。
「な、なに考えてるんだよ…」
ワナワナと震えながらマコトが言う。
「多分、何も考えてないんじゃないかな…」
「機能してないね。全然」
さすがに雰囲気を察したのか、クソビッチダメ女は急いで外の連中に客(俺達)が来たことを伝えようとする。
俺は一瞬でドロイドバスターに変身して指先を外に駐車してあるベンツだのフェラーリだの、ここの職員のものと思われるクソ高級車に向ける。そしてキミカインパクトを放つ。
数秒の時間差の後、上空から凄まじい重力波がクソ高級車を1ミリの厚さになるまで叩き潰した。
変身を解きながら俺は外に出る。マコトもそれに続く。
「うわあああああ!!!俺のフェラーリが!!」「おいおいおいおい!まだローン残ってるんだぞおい!」「なな、なにが起きたんだぁぁぁぁぁ!!!」と口々に叫ぶ職員ども。
「うるさいッ!」
そう叫んで、俺は銃を構えながら連中に近づいて、「全員両手を後ろに!地面に伏せろ!!」と叫ぶ。マコトもそれに追従する。
警察手帳を連中の顔面に叩きつけながら、
「仕事は?!」
「は、はい?」
「はい、じゃない。仕事は?しぃごぉとぉ!アンタ達の仕事はいつから外で野球のユニフォーム着て野球することになったの?」
「し、試合が近いもので…」
プチッ。
俺は思いっきりハイヒールでクソ職員の頭を踏みつけた。