90 社畜達の沈黙 2

家に帰ってから部屋にて。
ミサカさんから拝借してきた資料をマコトと二人で目を通す。
ミサカさんはマトメらしきものを作成する途中で疲労の為に中断したらしい。というわけで、マトメが無いので乱雑な情報を頭なの中に突っ込んでそれから時系列にまとめた。
まずレイテックっていう会社は柏田重工の子会社の一つで、そこの社員が軍事情報が入ったデバイスを持ちだしてしまった。そのまま逃げて今は行方不明で…それらがテロリストの手に渡れば悪用される可能性がある…というわけでテロ対策班のミサカさんが追っていたのだ。
その社員がどこへ逃げたのか、心当たりがあるという男がいるんだけど、その男は今は刑務所の中に服役している。
その男に会いに行くところで捜査は中断。
言わずもがなミサカさんは疲労の為に倒れた。
「この男に会いに行けばその社員がテロリストと出会うところで抑える事が出来るんだね!!」とマコトは意気込んでいる。
「仮にテロリストと待ち合わせしているとして、そのテロリストが前にモールに現れた『ヘカーテ』とは限らないよ」
「う、うん…。でもさ、刑務所に服役している人に関係者以外の人間が簡単に会えるのかな?」
「ん〜普通の方法じゃ無理っぽい」
「そういえばケイスケさんって、女になっちゃったボクを学校に入学させてくれたよね…学校のサーバをハッキングして」
「ケイスケは下手にミサカさんと知り合いだからバレたらマズイよ、資料を勝手に拝借した事もそうだし、勝手にミサカさんのお手伝いみたいな事をやってる事にしてもそうだし。こういう時はあの人をよぼうかな?まさにこういう時の為にいるような人」
「あの人?」
関係者しか会えないのなら関係者になればいい。特に、顔も知らないような人を識別コードだけで出入りさせる刑務所ならなおさら…その「あの人」が頼りになるんだ。
俺は電脳通信で「あの人」こと「栗原ちなつ」に連絡した。
『どうした?』
あっさりと繋がった。
この人はいつも暇なのかな?
常にネットに接続しているかのような素早い接続だったよ?
『ちょっとお願いがあるんだけど…』
『ほほぅ?なんだ?色々借りがあるからな。私に出来る事ならなんでもやってやるぞ?』
『チナツさんにしか出来ないことだよ』
そして俺は今までの経緯を話した。
話したって言っても俺が一方的に話したっていうんじゃなくて、チナツさんに急かされて言ったような感じだ。彼女は特にヘカーテが現れるシーンについて知りたくてしょうがないという感じだった。
俺はまるで今さっき見てきた映画を見るような感じで感動的なラストシーンで俺は「それでもこの街の平和は守っていくしかないんだ…例え、負けるような事があったとしても」とか夕日をバックに涙するシーンなんてのも話したりした。
え?そんなシーン無かっただろって?
こまけぇこたぁいいんだよ!
『素晴らしい話だ。次回作に期待しているぞ。では』
『いやいやいや!まだ要件は終わってないよ!』
ったく…少し気を離した隙に…。
『で?要件とはなんだ?』
『ヘカーテの話じゃなくて、そのヘカーテについてあたしは調べてるんだよ。それでね、』と、ここからはヘカーテの話じゃなくて企業の機密情報…軍事情報を持ち逃げしている社員について。
『ふむ。刑務所に入れればいいんだな?』
『そうそう』
『こちらで用意しよう』
『おぉぉ!二人分お願いね!』
『藤崎紀美香と、藤崎真琴だな』
『えぇぇぇ?!なんでもう知ってるの?』
『それを知っていなければ身分偽装は出来ないだろう?』
『いや、まぁ…そうだけどさ…』
ほんと、この人は凄まじいハッキング能力だな…。
もしかして俺の部屋の中に盗聴器でも仕掛けられているのかな?くっそぉ…やっぱりコンセント周りが怪しいな…。
まぁいっか。
「よし、明日のお休みに刑務所に行きましょう」
「エェッ?!どうやって入るの?」
「身分を偽装するよ。多分、既に手は回してあるはず」
「すごい!キミカちゃん凄いよ!」
「うへへへ…(それほどでも…ある!」
というわけで、翌日。
刑務所に向かった。
俺達の前には刑務所への入り口がある。
そしてその脇には刑務所の職員用出入り口がある。実にそれは目立たず出入りする人をよそに見えないように隠しているかのように。例えばビデオ屋さんのエッチなビデオコーナーの出入り口に似ている。まさにあのように誰が入って誰が出たのかがわからない。
俺とマコトは二人してきちんとした服(スーツ)を着て、その出入り口から刑務所へと入り、今は待合室に居た。
案内される時に「警視庁テロ対策課の…藤崎刑事…さんですね?」と言われたのはビビったよ。入れるだけで言いとは言ったけどチナツさん、まさかミサカさんと同じ役職を用意しているとは。
どうどうと待合室を通過した。
そして運動場らしき場所へと案内された。
意外と広い場所。外側を背の高い塀が囲んでいる以外はごくごく普通な運動場がそこに広がっている。そして囚人服を来た受刑者達がスポーツを楽しんでいる。
「今は運動の時間なんです」
と看守は言う。
とはいいつつも異様な姿を俺達の前に表したのは体育館だ。
こんだけ厳重にするのなら最初っから窓なんて付けなければいいのにって思うほどに厳重に、いたるところに鉄格子を取り付けて脱出を妨害していた。
俺が会いたい受刑者はあの中にいるのかな?って思って運動場でサッカーを楽しんでいる受刑者達を眺めていた。
だけど、看守に案内されたのは体育館の中だった。
薄暗いフロアだった。
体育館の周囲には鉄網のケーブルが吊るされていて、そこから伸びているケーブルの一つがバスケットを楽しんでいる男の足に繋がって逃げれないようにしている。そして、2階のテラス部分には銃を持った看守が見張っている。…という特殊な環境だった。
そうにも関わらず気にもせずにバスケットを楽しんでいる囚人。それがミサカさん捜査の手がかりを得る為に会う予定だった男…。
「藩丹原陸斗(はんにばる・れくと)」だった。
ハンニバルさんは俺達がフロアに入ってきてる事は音で知っていたようだが、それでも無視してバスケットを続けている。よほど貴重な時間なんだろう、この運動の時間って奴は。
時間が勿体ないのでさっさと話し掛けようと息を吸い込んだ時、
「警視庁からお越しいただいたお若いお嬢さん達…この私に何の用事だね?えぇと…ミス…」と、言葉を詰まらせるので、「キミカです」と俺が答える。それに続いて「マコトです」とマコトが答えた。
「ミス・キミカ…美しい名前だ」
ハンニバルさんは年齢は50ぐらいに見えて、髪はパサパサの白髪に染まりつつある黒の髪でそれを染める気はないようだ。その為、実年齢は予想していたよりも若い。資料によれば38らしい。
「そしてミス・マコト…同じく美しい名前だ。何故こんな美しいお嬢さんがこんな小汚い刑務所に来なければならない?」
「実はとある事件を追っていて…」
「『社畜』か…」
突然そんなキーワードが出たから俺は耳を疑った。社畜って俺の事?まだ俺学生だけど…。それとも警視庁で働いている人達を指してそう言ったのかな?俺はどういう意図でそのキーワードが出てきたのかわからず、とりあえず「え?」と聞き返した。
「『社畜』が逃げ出したのだろう?」
そこで初めて『社畜』が何を示すのかわかった。
マコトが俺に替わって質問する。
社畜っていうのは…逃げた社員の事ですよね?どうして知ってるんですか?」と言うマコトに、ドヤ顔でハンニバルさんが答える。
「『社畜』なら逃げ出す事もある。何から逃げ出すのかは社畜それぞれだ。ある者は会社から逃げ出し、ある者は世間から逃げ出し、そしてある者は人生から逃げ出す」
あぁもう、こういう見当違いの答えを待っていたんじゃないんだよ。もっと現実的な解答が欲しかっただけなのに。
そこで俺が言う。
「私たちは彼がどこに逃げたのかを追っているんです」
「この私にどういう答えを望む?『彼は今頃どこかの公園で首でも吊って冷たくなっているだろう』とでも言わせたいのかな?…お嬢さん」そう言ってドヤ顔をするハンニバルさん。
どうやら…。
さっきこのハンニバルさんが言っていた数パターンしか解答は無いような気がする。つまり、まだこの街にいるのか、それともどこか人里離れた場所にいるのか…それとも、死んでいるのか。
そんな解答なら俺だって出来る。
「ここにいても答えはえられそうに無いよ…」
マコトがそう言う。
そうだな…ここにいてもしょうがない。バスケットを続けるハンニバルさんを後にして、俺は体育館を出…ようとしたその時、
「逃げた社畜を追いたいのだろう?だったら社畜が今までどうしていたのか、それを知ることだ。社畜小屋にでも行ってみればいい」
社畜小屋?
彼が務めていた会社の事か…。