90 社畜達の沈黙 1

駅前のナクドナルドに俺とマコトは居た。
ナクドナルドは大阪ではナクドと呼ばれて東京ではナックと呼ばれているらしい。大阪の人からすればナックというのは「ナクドナルド」のどの部分を抽出したのか解らないから東京の人、いや、トンキン人はわけがわかんないよ、っていう話で論争になったりもする。
ちなみにナクドナルドは英語読みだとナチョナルドなのでどちらにしてもナックというのがどこから出たのかよくわからない。ハンバーガーの中にナックなんとかって名前のものがあったからではないかというのが有力な説だった。
それはどうでもいいや。
俺が言いたいのは、以前俺が男だった時にこの店に入った時とは雰囲気がガラリと変わったね、っていう事だ。
俺が男だった時のナクドナルドは社会不適合者…もうクズと境界線上か右か左かの瀬戸際の人間達の溜まり場だった。
とにかく、まず不良達が大挙して現れては店内で一番大きなテーブルを占拠する。それからDSSっていうケータイゲームを持った連中だとかアニメのカードを持った連中だとかがフヒフヒ言いながら残ったテーブルを占拠。最後に残業帰りで終電も逃して朝までただ時間を潰すような社会人が隅のほうで寝てるっていう構図があったのだ。
後は沢山ガキを連れたお母ちゃんやら、アニメグッズを買ってその帰りにお互い自慢しあってるアニオタ連中だとか。
とにかく、店に居るのを見るだけでちょっと不快な気分になるけど、よくよく考えると自分も同じようにナクドナルドを利用しているんだから不快な連中の一人じゃないかって疑心暗鬼になるような、そういう雰囲気があったんだ。
しかし今はどうだろうか…。
女子高生やら女子中学生やら、ちょっとイケメンな男子高校生などが現れてお互いの品定めをしている、まさにそういう大人と子供の中間にある連中の社交場的なものになっている。
声を大にして言いたいが、こうなったのは紛れも無く俺が女の子になってからこの店で食事をしたりするようになってからだ。まぁ、最近は俺もそれを察知して「リア充の巣窟」であるナクドナルドへは足を踏み入れなかったけどね。
このたび、マコトと一緒に登下校するうちに、そういうお店にも行ってみたい的な事をマコトが言い出したので俺がしぶしぶ付き合うようにしてるだけだ。
「よーし!!ボクはテリヤキバーガーにするよ!」
と意気込むマコト。
「んじゃあたしは月見バーガーにしよっかなぁ…」
などと返す俺。
はたからみたら可愛らしい女子高生2名がハンバーグなんぞを学校帰りに買って帰っている最中のほのぼのとした光景に映るだろう。実は二人とも中身は男の子でしたァ…(白目
そして二人が注文したハンバーガーの用意が1分足らずで終わり、俺とマコトはトレーを持って席についた。と、その時、ちらちらと俺達のほうを見ている視線に気付いたのだ。
あぁ、そういう事か。そういう事なのだ。
「ん?何がそういう事なの?」
とマコトが言う。あ、やばい。またモノローグを口に出してた。テヘペロォォォォ〜ん、ペロペロ。
「いや、昔はこのナクドナルドはもっと殺伐としてて社会の掃き溜めみたいな連中が常に占拠してたんだけどね、今はみんな雑誌の読者モデルみたいな人達ばっかりになってるんだよ。なんでかなぁ〜って思ってたら、あたしがこのお店に着始めたからみたい。それはなんでかなぁって今わかったの」
「へぇ〜…どういう理由なの?」
「張り合ってるんだよ!」
「あぁ、な、なるほど…。キミカちゃんの可愛さに憧れて女子高生とか女子中学生がやってきて、そういう人を目当てに男子もこの店に顔を覗かせるようになったって事だね」
「そうそう」
「それにしても、このお店ってそんなに社会不適合者がいっぱいいたの?全然そんなイメージはないけどなぁ…」
「まぁ、今でもたまーに見かけるけどね、ほら、あそこ。あのテーブルに寝転がっている髪がボサボサの女の人とかさ、あれは仕事に疲れてここで休憩してる人だね」
「疲れて寝込んでしまうほど忙しいって…悲惨な仕事をしてるのかなぁ…なんだか可哀想だね」
俺が指さした先にはボサボサ頭の女性がテーブルに突っ伏して寝ている。よく見たらその人、テリヤキバーガーを食べようとしていたっぽい。それを両手で握りながら齧りついて、そのまま意識を失って前のめりに倒れたって感じかな。
ん?
どっかで見たことがあるような…。
「ちょっ…と、見てみる。知ってる人かもしれない」
「え??そうなの?」
俺はその突っ伏してる女性に近づいた。それに続いてマコトも。最初は死んでるのかと思ったけど微かに呼吸の為に背中が動いてるから死んでるか生きてるかと言われれば生きてるっぽい。ただ、社会的には死んでる可能性はあるよね。この事態は。
「げ」
思わず俺は「げ」って言ってしまったよ。
知ってる人だ。
ボサボサの髪の毛、シワシワのスーツ…電線が入ってるストッキング。どれもミサカさんの特徴そのまんまじゃないか。
「ミサカさぁ〜ん…」
俺はミサカさんの背中を揺すってみる。
「ん…んんん…。まだ、終わっていません、すいません。もうすぐ捕まえますから…もうすぐに…」
夢の中で犯人を追いかけているのだろうか。
ちなみにミサカさんは警察のテロ対策班で働いている女性。南軍の副司令官の「ミサトさん」の双子の妹に当たる。
「んん…あ!寝てた!!」
突然大声を出すミサカさん。
口の周りにはテリヤキバーガーのタレとマヨネーズがべっとりとついている。それから「寝てた!」「寝てた!」と事実を繰り返す辺りからもう既に精神病の域に達してそうで俺はその場から逃げ出して無関係な人間を装いたくなっていた…。
そこには疲れ果てたミサカさんの姿があった。
髪はボサボサ、服はしわくちゃ、目の下にはクマ。
疲れ果てた人間の特徴を網羅している。
そのミサカさんは俺達が起こした時に「寝てた!」「寝てた!」と何度も言ってその後、今度は静かに「くちゃくちゃ」と音を立てながらまるで砂でも噛むかのような顔でナクドナルドのテリヤキバーガーをモグモグしていた。
「ミサカさん、めっちゃ疲れてるね?」
と俺が聞くと、
「そうなのよ…最近眠れてないの」
と言う。
「事件が解決しないの?」
「小さな事件がいくつもあってねぇ…解決してはまた次の事件が起きて、解決してはまた次の事件が起きて、解決してはまた次の事件が起きて、解決してはまたt」
「ストーップ…ストップ。わかったわかった…」
そうとう精神を病んでおられますね。
「休暇とか貰えばいいじゃん?」
「そりゃ休暇も欲しいけどねぇ…。無理なのよ、人出が足りなくて…本当は休暇も欲しいのだけどねぇ」
またループになりそうだ。
マコトが慌てて間に入ってミサカさんに言う。
「寝る暇もないって滅茶苦茶ハードですよね。それは労働基準法に反してるんじゃないんですか?」
ごもっとも。
「労ぅ働ぅ基ぃ準ぅん法ぅぅ?なにそれ…美味しいの?」
うわぁ…。こりゃ労働基準法を無視するタイプの職場だね。
軽く返しておくか。
「うんうん、おいしいおいしい。おいしいよぉ?テリヤキバーガーの味がするらしいよ?」
「あたし、これ嫌い…」
とテリヤキバーガーをくちゃくちゃと噛みながら言うミサカさん。まぁ、冷めたテリヤキバーガーほど不味いものはないね。覚めたらハンバーガーはなんでも美味しくない。
そうだった。
俺も月見バーガーを食べてる最中だったんだ。
自分達のテーブルからトレーごと持ってミサカさんのテーブルへと移動。そして腰をかけて、覚めないうちに全部食べてしまおう。んまんま…んまーい。
「今はどんな事件を追ってるんですか?」
とマコトが聞く。
「ある犯罪者を追ってるのよ、国家の危機にあるのよ」
それにしてはナクドナルドでのんびり休憩してるな。
「どんな犯罪を犯した人間なんですか?」
「軍事情報を持ちだして逃げまわってる、らしいわ。詳しい話は聞いてないけどとにかく追いかけて捕まえて事情を詳しくきかないといけないのよ。ふぅ…ごちそうさま」
ぱっぱと食べ終わって席を後にするミサカさん。
そのままトレーをぽいっとゴミ箱にトレーごと放り込んで店員に「ちょっとお客さん!」って呼び止められそうになるも、全然それに気づいてないミサカさんはそのままの勢いでナクドナルド正面玄関の扉が絞まっているのにそこに突っ込んだ。
俺は目でそれを追っていたから「おおおおおお!!おいおいおい!」って思わず心の中で叫んでしまった。
(がしゃーーーん!)
という音。
それから「きゃー!」っていう店員や女子高生の叫び声。
俺とマコトは立ち上がって正面玄関の扉まで駆け寄ると、そこには気持ちよさそうに眠っているミサカさんの姿があった。しかも手に傷を追っててそこから血がどくどく出てるのに。
「あわわわわわ!!」
と叫ぶマコト。
「きゅ、救急車!!」
と俺は店員に言う。
…。
救急車で運ばれていくミサカさんの後を俺とマコトは知り合いだからっていう理由で同行させられてしまった。成り行きとは言うものの…面倒臭い人だなぁ。
それから俺とマコトは病院にて医者に事情を話した。
警察の上司らしき人も来ていた。
ただ、俺とマコトは素直に「仕事で疲れていたみたいですよ」と医者にはこっそりと教えたのだ。そこはちゃんと理解していたらしく「でしょうね…そうとう疲れていた様です。怪我をしてるのに寝てるなんて危険にも程がありますよ」
と言った。
その女性の医者は後から来たミサカさんの上司にも色々と事情を聞いていたようだ。焦る上司さん。医者は労働基準法に違反しているんじゃないかとでも言いたげに攻めるからね。
そんなミサカ上司と医者の様子を横目で見ながら、俺とマコトはミサカさんが寝てる病室へと向かった。もう起きてるのかと思ったら爆睡状態だ。こりゃ仕事はできそうにはない。でも、ここは寝るに限ると思う。
過労死でもしたら意味が無いからね。
「うわ…なんだろ、これ…うわぁぁ…バッグが血まみれだ」
マコトが驚いている。
ミサカさんがガラスドアに突っ込んで怪我をした時に彼女から流れでた血がバッグやら中に入っている資料についたものだろう。俺はその血にまみれた資料らしきクリアファイルをグラビティコントロールで引っ張り出して、悪いとは思いつつも中身を拝借してみた。
「ふむふむ…ミサカさんが今追ってる事件だね」
「この人が犯人?顔は割れてるんだね」
グラビティコントロールで宙に浮いているクリアファイルにうっすらと浮き上がっている顔。それはどこにでも居るような普通に会社に務めている普通の社会人。作業着っていうのを来てて、本当に仕事中に写真を撮ったった感じだ。
とても悪そうには見えないな。
「ねぇ、キミカちゃん」
「ん?」
「国家に係わる事件だって言ってたよね」
「あぁ、うん…」
「テロ関係じゃないかな?この人がもしかしたら…」
もしかしたら。
もしかしたらヘカーテの中の人かもしれない。
ふむ…。
ミサカさんには悪いけど俺も少しお手伝いしてみるかな?ミサカさんの復帰はまだまだ先のようだし。
と、俺とマコトはすやすやと気持ちよさそうに寝てるミサカさんの寝顔を見て、資料を拝借してから病室を後にした。