79 体育会系忘年会… 5

カラオケの採点はカラオケの機械に搭載されているAIが行なってくれるらしい。その採点の合計で勝っているチームの代表者が最終的に俺のキスを食らうわけですね、フヒヒ。
水泳部の女子も、テニス部の女子も、カラオケのセンスではどちらもほどほどに歌えている。自分の得意とする曲を選んで歌っているんだから当然、声質以外では高得点になる…ぽい。
でもナノカが演歌を歌ったせいで特典は一気に落ちてしまった。という事は俺はナノカとキスをするチャンスを失いつつあるわけですけど、ナノカとはもうキスしたような気がしたからいいや。
「時にキミカ姫、姫はどんな曲を歌われるのですか?」
と突然俺に聞いてくるファンクラブ団員B。
「え?歌?あ、あたしも歌うの?」
俺って最終的なご褒美的な位置にいる賞品みたいなものだから歌う人間ではないと思ってたのに!!
「あら…全員歌うんですよ!姫!」
「えーッ!!」
マジかよ…。
俺は渋々、タッチパネルタイプの選曲コントローラを受け取る。
色々と曲一覧を眺めてみるも、どれも知らない曲ばかりじゃないか…。っていうか俺って邦楽は何を聞いてるんだろ…。やばい。やばいぞ、全然歌を知らないよ、俺は情弱じゃなーい!!
という俺の焦りはよそに、ファンクラブ団員達同士で話を始める。
「姫の美声ならAK47の曲を歌ってもいいんじゃないかな」
AK47?そんなの所詮人間じゃないか」
「人間だからなんだっていうんだよ」
「姫はその人間を凌駕する美しさを持った女性なんだよ?AK47の曲を歌ってもらうなんて姫に失礼じゃないか」
「じゃあ何が良いんだよ?」
「初音ミンク関係の歌でも十分萌えるよ」
「やっぱり人間離れした姫には人間離れした…っていうかヴォーカロイドは人間じゃないから姫にはぴったりじゃないか、なかなか考えたものだな。そういう視点はなかった」
「だろぉ?やっぱり初音ミンクだよね」
おいおい、俺、初音ミンクの歌も知らないよ!
考えろ…俺。考えるんだ。
知ってる曲がないのか?歌える曲がないのか?歌える曲がないだけのはずだ。えーっと…えーっと…。
などと思ってる間にも部員達の歌はどんどん歌われて俺の順番が近づいてくるじゃないか。
ちょうど今はテニス部キャプテンの順番だった。
聞いたことはない曲だけど女子がキャーキャー騒ぐタイプの曲ではあった。俺が一番嫌いなタイプの曲だな…だって男が女みたいな高音張り上げて歌うんだよ?まぁ、そういうのが好きな人もいるけどさぁ、そういうのが好きな人って音楽っていうよりもビジュアルを求めていると思うんだよね、一度PVとかも無しで歌ってどれだけ声と曲だけでファンを増やせるかやってみればいいのに。ビジュアルだけでは勝負出来ない事を示させてあげたいよ。
と、思っていると奴(テニス部キャプテン)は俺のほうを見て、ウインクを飛ばしてくる…きめぇ…。俺を意識してるのかよ!
俺は「うぇーッ」って顔でそのウインクに返す。
寂しい顔になるテニス部キャプテン。
引き続いては我が水泳部キャプテンの水口。
あぁ…。
この曲。聞いたことあるな。うん、あるよ。この曲。
なんだろ…確かに聞いたことはあるんだけど…その記憶と一緒に何か別の記憶も引っ張り出されそうな気がするよ。
あぁ…そうか…そうだ。
俺が中学生の時、文化祭だったかな。
中学の頃の文化祭ではクラスで演し物とか決めてみんなで協力するタイプのが一つ、それともう一つはバンド演奏とか、個人で何をやりたいか決めて皆の前で披露するって奴の二つがあった。
俺の友達(というかクラスメート…)はバンドをやってて、まぁ、中学生なんだからそれほどうまいレベルってわけじゃないけど、それでも今まで身近にバンドとかやってる人がいるわけじゃない年代じゃんか?少し前までは小学生だったんだからさ。
そういうクラスメートが突然ギターやらを使い出すのはやっぱり女子にとっては憧れの的なんだよね。俺もギターとか自分がやってる姿を想像しちゃって、モテてる自分を想像しちゃってたりした。けどもそれはあくまで想像の中だけ。現実は体育館の隅っこで友達と呼べるか呼べないかわからないようなギリギリラインの連中と一緒にバンド演奏やらを傍観者の気持ちで見ていた。
モテる男子とモテない男子の歴然とした差がそこにはあったよ。モテる為にバンドをやるなんざ、真面目に考えてる人に取っては十分に怒れる理由にはなるよ。でも中学生だった俺からすると、音楽っていうのはそういうものでしか無かったんだよごめんなさい。
そんなバンド演奏を…クラスでもモテてる男達がやるもんだから女子はみんなそれに見とれてる。そんな中に俺がちょっと気にかけてる女の子がいたわけだよ。
ショックだったなぁ…。普段は大人びた女子は大人びた男子とで集まっているわけじゃん。そういう中で大人びてない女子、つまり、俺と同じような立場の女の子もバンド演奏見てるわけだよ。
それがなんか嫌だった。
中学生は大人と子供の分かれ目ではある。同じ年代、同じクラスでも大人と子供に明確に別れてしまう瞬間がいくつもあった。特に女は男よりも早く大人になる。そして大人の男に憧れる。
俺は負け組で取り残される子供のグループだった。
あの時に聞いてた曲がそうだった、今、水口が歌ってる曲だ。
あれ…なんだか涙が…。
「き、キミカ姫!ど、ど、どうなされたのですか?」
「な、なんでもない…」
「しかし涙が!…ま、まさか水口キャプテンの曲に感動して…」
などとファンクラブ団員が俺に言うもんだから水口はそれに気付いて、歌が終わった後に俺のもとに駆け寄ってきて、
「ど、どうだ?俺の歌聞いて感動してくれた?ははは、やっぱ俺ってそういう才能があるんだよね(チラチラっとテニス部キャプテンを見ながら満面のドヤ顔)あいつの歌よりも俺の歌が人を感動させるって事だよな、やっぱ選曲が、」
「その歌は、嫌い」
「えええええ!!!」
「悲しい過去を思い出してしまう…」
「す、すまん」
しかしそれにしても、カラオケも意外といいものですね。自分が好きでもない曲を聞かされたり、知らない曲を聞かされたり、そうこうしている時に「あれ?この曲、いいかも?」って思えるチャンスがあるわけだからね。今度ネットで探してみるかな〜…。
「キミカ姫、次はキミカ姫の番ですよ?」
ななななな、なにぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
「ちょっ、ちょとまって!いま超高速で曲を探すから!」
やべぇやべぇやべぇ!!決めてねぇぇぇぇ!何を歌うか決めてねぇぇぇぇ!!どうすりゃいいのよ!どうすりゃいいのよぉぉ!!