75 aiPhone4Super 4

福岡の天神、その道路の真ん中で泣き叫ぶ朝鮮人が一人。
ソンヒだった。
ソンヒは例のふぁびょーんっていう叫び声を上げながら泣いたり怒ったり笑ったり泣いたりした。
空は次第に早朝の闇から明るさを取り戻し初めて青い空の存在を皆に教え始めた。申し訳ないけど俺にはその青いそらがさっきのマンドロイドのブルースクリーンにも見えてしまった。
その時だった。
「キミカ、何してる?」
聞き覚えのある声がする。
振り返るとそこにはメイリンの姿がある。
メイリン?何やってんのここで?」
はるか九州の福岡の天神で同じクラスメートに出会うとは…なんていう偶然なんだ、俺は呪われてるのか?
「バイトだ」
メイリンはクールにそう言い放つ。
「バイトォ?」
「ここに並ぶ、お金貰える」
そう言ってメイリンはまるでそれが自分の仕事かのように、Nappleストアに並んでいる行列にちょこんと収まった。どうやら順番とか全然関係ないようでただ並んでいればいいらしい。
そういえばさっきから俺はNappleストアに並んでいる客層が変だなぁ、って思っていたんだよ。なんか日本語話してる人が居ないし、聞き覚えのある言葉だと思って耳をすませると中国語っぽいし、ひょっとしたらここに並んでいる人達って全員中国人か?
いや、ソンヒは朝鮮人か…。
しかもテレビ局のカメラが来ててそいつらMappleストアで並んでる連中を撮りに来たのかと思ったら全然違うんだよ。Nappleストアに並んでる外国人連中ばっかり撮ってるんだよ。
しかもカメラを流す時に「シィーッ!」と「黙れ」のジェスチャーをして中国人に中国語を話してるシーンをカメラに収めないように指示をだしていたんだ。
そして案の定だ、普通、並んでるシーンでは並んでる人にインタービューとかするじゃん?それ全然やらないのね。で、カメラの近くにいた「並んでない」男が「これからaiinPhone買うんですよね!乗り降りれたらダメだって思いまして!夜から並んでました!」って言ってる。あやしい。
周囲で見てる俺とかは違和感感じまくりだった。
そいつ、インタービューが終わったらそそくさと帰りやがる。お前ついぞさっき「これからaiinPhone買うんですよね!」って元気に言ってたじゃないか。カメラマンから茶封筒(札束が入ってたとしか思えない)を受け取るとニンマリ笑ってさっさと帰りやがった。元気っていうか現金な奴だ…。
とりあえず真相をメイリンに聞いてみようかな。
「なんでここに並ぶとお金が貰えるの?」
「今日はaiPhoneの発売日でaiinPhoneの発売日でもあるから、aiinPhoneのほうが売れてるっていうのをマスコミに見せたい為にエキストラとして集められたって、コイツが言ってるな」
メイリンはコイツ(中国人)を指さして言う。
やっぱりそうか…なんてバカな事考えつくんだろ。
その中国人は中国語で他の並んでいる中国人と話していた。内容はわからないけど財布の中身を見せながらニヤニヤしているから多分前金としていくらか貰ってて競い合ってるのかな?
「バイト代っていくら貰ったの?」
「2500円」
「」
「それからあと2500円貰える」
「うわぁ…」
「ん。そろそろ時間」
「え?」
メイリンは腕時計を見ながら言う。
するとNappleストアに並んでいた連中の後ろのほうから拡声器で中国語のアナウンスが流され始めたのだ。よくはわからないけどそのアナウンスの後、並んでいた連中はゾロゾロと移動を始める。それについていくメイリン…。
「え?え?メイリンどこいくの?」
「ん?市内観光。屋台でご飯食べて帰る」
…うわぁ…。
並んでいた中国人達がバスへと帰っていくと、そこにはポツンとソンヒだけが残された。もしかしてaiinPhoneを買おうとしてたのはソンヒだけだったのか?
なんかフォローしようかと思ったけど止めた。どうせウリナラマンセーがどうとか言い出すんだろ。ウザイ。呆然と立ち尽くすソンヒの肩を俺はポンと叩き、無言でその場を立ち去った。そろそろMappleストアが開店するんだ。
あれだけ道路脇に沢山の人達が行列を作っていたのが半分ぐらい偽行列でそのエキストラさん達もさっさと中洲の屋台へと消えていった今、はっきりいってちょっと寒いぐらいだ。しかし俺は身体が芯から温まるのを自ら感じていた。
待ちに待ったそれが現実となるんだ。
aiPhone4Super…スマートフォンの新時代の幕開けを俺はこの目に刻むことになる。そう、今この瞬間に。
と、その時俺の背後がざわつき始めた。
どうやらさっきとは別のテレビ局が俺達を映像に収めようとしてやってきたらしいのだ。新時代の幕開けをこの日本に在住しているMappleファン達に知らせるために。同士に知らせるために…。
ちょっとよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
俺かよ。まぁいいだろう…。
カメラマンと女性のキャスターが俺にマイクを向けている。
俺もMapple信者の一人。信者は信者らしくカメラの前でも布教活動に余念がないのだ。
「今回のお目当ては?」
「aiPhone4Superですね」
「スティール・ジョブズの遺作となったわけですが、」
「彼は自分ができることを精一杯しました。後は私達がそれを引き継いで、多くの人にaiPhone4Superを使ってもらうまでです。それが天国にいるジョブズへのプレゼントなんです」
もしかしたら彼女もジョブズのファンなのかもしれない。俺には少しだけ彼女の目頭が熱くなっているような気がした。
「さすがですね…では、最後に、テレビの前にいるスティール・ジョブズのファン…いえ、Mappleの信者に一言お願いします」
俺は少し間を置いて、息を深く吸い、ゆっくりと吐き出しながら力強く一言一言を言った。
「乗るしかない。このビッグウェーブに!」