73 右と左のライアーゲーム 8

あの後、俺と東条だけ包囲されて逃げ切れなかった。
もちろん変身して暴れるっていう方法もあったんだけど、ちょっと事情が違った。それは東条の予測さえ裏切っていたからだ。
警察がスカーレットの手下が変装したもの、というのは予測の範囲内。問題なのは、軍にもスカーレットの手下がいたこと。
少なくとも運転手は手下だった。
そして今俺達は牢屋に入れられている。
あと俺のしゃっくりが止まらない。
「どうやら連中の目的は米国防長官ではなく、私だったようだ」
そう言い出すのは東条だ。
「それだったら…ヒック…こんな牢屋にヒック…入れておくとかヒック…無意味ヒック…なのに…。ヒック!」
「それはスカーレットが私の正体を知っているならの話だな」
「あぁ…なるほど。ヒック」
事情を俺は知ってるからだけど、マヌケだな、スカーレットも。人質として使えるのは弱い人間だよ。幼女とプロレスラーがいたらプロレスラーを人質にするようなものじゃん。
「だが…今はまだ変身するな。スカーレットがこのアジトにいることが確認できてからだ。…しかしそれにしても、私の部下に裏切り者が混じっていたとはな」
「イチ先生のほうは大丈夫なのかな?(もぐもぐ)」
「さきほど通信したが大丈夫という情報を得ている」
「っていう事は、裏切り者はあの運転手だけか(もぐもぐ)」
「そうだな…。それより、貴様、さっきから何を食べている」
なんだよ、俺が何か食べちゃ悪いのかよ。
俺は昼間の料亭で貰ったお土産(おみや)のお弁当を食べていたんだよ。高級弁当を食べていたんだよ。そして、これはお酒。そう、昼間の料亭で出ていたお酒(獺祭)をゴクゴクしているわけだ。
「貴様…この状況で酒を飲み弁当を喰らうとは、非常識にもほどがあるぞ」とまた文句言ってくる。
「非常識っていうなら…ヒック…今、牢屋に入れられてるこの状況がそもそも非常識じゃん。ヒック。まずはそこから見直そうよ」
「非常識ではなく、非日常だな。手錠は外したのか?」
「余裕で外したよ。ヒック…アレ?外せないの?あはは」
「外していないだけだ。普通の人間は手錠は外せない。貴様がそうやって手錠を外して呑気に弁当を食べていると普通の人間だと思われない。つまり我々の作戦がバレるということだ。バカが」
「スカーレットが来るわけないじゃん。ヒックッ!」
「何故そう言い切れる?」
「だって東条の中の人がアレだとは…ヒック…誰も気づいてないわけでしょう。スカーレットがわざわざ来るっていうのはそれなりに強い奴がいるからであって、部下に殺らせて終わりだよ」
「それは貴様の理論だ。スカーレットはむしろ相手に勝てそうにない場合なら逃げる。今回、私がドロイドバスターだと気づかれていないわけだから『勝てそうな場合』になるのだ。バカが」
あ〜!もうさっきから語尾にバカがをつけまくるのを何とかしてよ誰か、クッソォこの野郎ゥ…。
などと俺は弁当をもぐもぐして獺祭をごくごくしながら思っていたらこの牢屋に見回りなのか誰かが来たようだ。あ、あれは運転手役の東条の部下じゃないか。
さっきまで車を運転していた軍服を来た男が鉄格子を間に挟んで向こう側にいるという違和感。これが部下に裏切り喰らった後の素敵なシチュエーションですね。
「左翼どもにいくら貰った?」
東条が言う。
「一生遊んで暮らせるほどですね。このまま軍人でいれば絶対に手にすることはない金額ですよ、東条さん」
と、余裕のまなざしで東条を見ている裏切り者の元部下。何も知らないっていうのは幸せな事だな。東条を繋いでいる手錠も目の前の牢屋も本来の役割はまったく果たせないのに。
「私には理解に苦しむのだが、国を売って得た金で過ごす日々は楽しいものなのか?貴様のせいで苦しむ日本国民がいることに、貴様は何ら罪の意識はないのか?」
「ありませんねぇ…。貴方のように生まれつきなに不自由なく暮らしていた人間には一生かかっても理解できないでしょう。僕のような人間は自分や自分に身近な人間が幸せならそれでいいんですよ。国がどうとか…それはスポーツでどちらのチームに属するかの違いであって、必要であれば勝つ方に属するだけです」
「では何故貴様は数ある職業の中から軍人を選んだ?」
「決まっているでしょう。別に警察官でもよかった。公務員だからですよ。戦時でなければ楽して金が手に入る。でもまさか、こんなチャンスが巡ってくるとは選んだ当時はまったく予想できませんでしたけどね」とヘラヘラと笑う。
そしてその元東条の部下である男は俺の牢屋の前に来て、
「あれ?手錠を抜けるテクニックでも受けていたんですか?」と手錠を解いて弁当を食い酒を飲んでる俺を見て言う。それから「どうやらこのお嬢ちゃんは貴方よりは余裕なのでしょうね」と言う。
俺は逃がしてくれるのかな?
俺の牢屋の鍵を開けようとしてるぞ、こいつ。
男は東条を見ながら、
「スカーレットがマスコミの前で貴方を処刑するらしいですよ。もう上に来ている。貴方の最期は後でテレビで見ることにします」
と、言いながら俺の牢屋を開ける。
「その女をどうするつもりだ?」
その女、ってのは俺の事か。
「どうにでもしていいと言われていますからね。こんな美人さんだし、どうにでもして、死体はあちらで都合をつけて始末してくれるそうです。貴方の部下を『元』貴方の部下である私がレイプする。これも貴方に与える連中からのプレゼントなのでしょうね」
ありゃ…どうにでもってレイプするって事ですか…。
「ヒックッ!」
俺は獺祭の入った瓶を置いて、ちらっと東条の方をみる。もうこれは暴れてもいいって事なのか?俺はレイプされるところまで演じなきゃいけないの?
と思っていた俺の視界に飛び込んできたのは、既に手錠を外した東条があの鬼の面を取り出して自らの顔に装着する瞬間であった。