72 自殺とデートとクラッカー 8

観覧車のゴンドラは地面に向かってゆっくりと下降する。
それは登る時よりも早く感じた。
到着すると係員が早く降りて、という感じで急かすので俺とフォックスは急ぎ足でそこから降りる。次の人を乗せるためなのかな?
降りてからフォックスが言う。
「あの、キミカさん…俺…」
「ん?」
と、その時だった。
ゴンドラの搭乗口の鉄筋が何かの重さでグラグラと揺れた。俺が横目でその揺れの中心を見るとそこには工事用のドロイドがいる。勝手に工事用ドロイドが動いているという事態に客は叫びながらその場を離れ、係員は電話で誰かに連絡をしている。
俺はこのドロイドがなぜここにいるのかを知っている。
…狙いはフォックスか。
「隠れてて!」
俺はそう言って目の前の奴をどうやって始末するか考えていた。一撃でも食らえば終わりだ。変身してれば別だけども。
やっぱりドロイドは工事用のAIではなく、何か別のドロイド用に作られてる格闘AIを搭載されてるらしい。抜け目ないな、フォックスは。そのドロイドはフォックスを見つけると俺をよそにそちらに移動するのだ。これはチャンスだ。
俺はドロイドに向かってダッシュした。
フォックスを狙っている時に俺が斬ればいいはず…。だが、刀を抜き掛けた時、奴は何故かそれに反応して一旦足を止めた。やばい…こりゃヤバイぞ。
反射速度マックスのドロイドのフルスイングが俺に向かって発動しようとしていた。ドロイドに駆け寄っていた俺はギリギリでスライディングの格好をとる。そしてドロイドの足元をそのままスライディングで駆け抜けて起き際にグラビティコントロールで身体を動かす、と同時に、ブレードでドロイドの足を切断した。
バランスを崩して身体がよろめくドロイド。
そこへトドメの一撃。
「え…ちょっ…」
フォックスの方を振り返った時、俺は事態はもっと悪い方向に進展している事を知ってしまった。
…他にもドロイドがいる。
しかも今度は実弾を搭載してる警察のドロイドじゃないか。こいつさっき倒したはずなのにもう補充されてきてるぞ。
「あー、もう、次から次へと!」
…って、え、ちょっ、何これ?
警察のドロイドは何故かフォックスじゃなく俺のほうを狙ってるぞ。って、これは邪魔なほうを始末してから本体を始末するっていう思考回路に基づいてか…。まさかそういう思考パターンにも変化するとは。まずい、まずいよ。
バルカン砲が俺に狙いを定める。
レールガンではないから発射速度は辛うじて見抜ける。けれども俺に実弾が命中するのは時間の問題だ。そう長い間弾を弾き飛ばせれない。変身すれば話は別だけどこれだけ人の目があると…。
10発程度、連射で放ったところでそれらを俺はすべてグラビティブレードで弾き飛ばす。そして十字切りで奴をガラクタ化させる。
その時、俺の足元が揺れを検知した。
まだいるぞ!!
俺が振り向いた時は既に別の警察のドロイドの銃身が俺に向いてる時だった。反射的に身体を逸らす。
銃弾が俺の足元の鉄骨やら鉄板を弾く。こいつ…俺がブレードで弾くだろうと想定して、破片を飛び散らせやがった。俺は銃弾よりも破片を優先してブレードで弾く。そうしなきゃならない。弾道よりも動きが読みづらいからだ。
そして本格的にバルカン砲の銃口は俺を狙う。
クソ…間に合わない!!
その時だった。
俺の目の前に誰かが飛び込んでいた。
『誰』かじゃない、それは俺が一日、見ていた人だった。
朝から一緒にいた人だった。
それは…フォックスだった。
俺に当たるはずの弾はフォックスの背中に当たった。
弾を防がれたドロイドは俺の次の攻撃で4つの鉄塊に分断された。
「フォックス!」
倒れたフォックスの身体を俺は起こす。しかし彼はその俺の腕を持って「いいんだ。もう。いいんだ」と苦しそうに言った。
「誰か、早く救急車を」
俺が助けを求めると係員はすぐに電話を始めた。
「どうして隠れてなかったの?!」
「キミが助かればいい。キミはまだ死ぬべきじゃないよ」
「とにかく血を、血を止めないと」
もう俺は自分が何をしたらいいのかもわからなくなってくる。
みるみるフォックスの血の気が引いていく。
人の身体が大半が水分でできているんだって実感できる。
そこに穴が開いたらまるで風船に穴が開いたみたいに、どんどん身体から大切なものが抜け出ていくんだと実感できる。
体温がどんどん気温と同じになっていくのがわかる。
「あんたに自殺したいって思わせない為にデートしてあげたんだからね!!」と言いながら、俺は自身のブラウスの一片を引き千切ってそれで彼の身体をしばろうと考えた…。
どこを縛ればいいんだ…。
身体に大きな穴が空いてるじゃないか。
「大丈夫…俺は、自殺じゃないよ…」
「はぁ!?」
「俺は、好きな人を守って死ぬんだ。自殺じゃない」
…。
フォックスはその言葉を最期に、俺の手を強く握って深く息を吐いて、それから動かなくなった。
それから10分ぐらいして救急車が到着した。
もう彼を助けるためでもなかった。
彼の死体を運ぶために来たようなものだった。
俺はさっきまで半分パニックになっていたから気づかなかったけども電脳通信の着信が着ている事に気づいた。
それはチナツからだった。
約束は守れなかった。
俺はその電脳通信に返答するのが嫌で全部の履歴を消したい気分にかられたよ。でも、再び電脳通信で着信しやがる。
『なに?』
そっけない態度になってしまった。
本当に何も出来なかった自分にイライラしてくる。
『すまないな』
意外な言葉がチナツから聞こえた。いや、意外でもないか…。俺の気持ちを察してのことかも知れない。
『いえ…こっちこそ。…助けれなかったし』
『私のほうでもいくつかドロイドをハッキングして止めたんだが…まだ残っていたようだ。…フォックスは何か言っていたか?』
俺はとても嫌だったが過去を思い出した。
フォックスが最後に言い残した言葉を。
『自分は自殺じゃないって…好きな人を守って…死ぬって』
しばらくの無言。
なんて言葉をかければいいのか迷っているのか…。
そしてチナツは言ったんだ。
『いや、貴様は彼を助けたよ』
『…』
『…救ってくれた。ありがとう』